13 ダンスシーン
ヴァイオレットが制作した王妃リリアーヌには、普通の演劇と同じように特徴的な場面がいくつか用意されている。
禁断の愛に目覚めたリリアーヌとヒューゴのダンスシーンはその一つとなっている。
「ヴァイオレット……ダンスのシーンはまだ先のはずじゃ……」
「そうね、でもここのシーンは名場面だから先にやっておきたいのよ」
まだまだ先だと思っていたシーンが、こんなにも早く訪れるとは。
覚悟の決まっていなかったリディアは、ヘンリーの方をチラリと見た。
すると、その視線に気付いた彼と目が合って何だか気まずくなる。
「ヴァイオレット……私たち今日初めて出会ったばかりだし……もうちょっと時間が経ってからの方が……」
ヴァイオレットはリディアの言葉が耳に届いていないのか、すぐ傍にあった収納ケースの中をまさぐっていた。
その中から彼女が手に取ったのは、大きなリボンの付いたスカートだった。
「リディア、リディアの分のお稽古スカートを用意したの。サイズが合うか確認したいから着てみて」
「え、ええ……」
ヴァイオレットは裾の部分にフリルのついた可愛らしい赤色のスカートをリディアに渡した。
お稽古スカートというのは本番で着る衣装と同じ長さ、同じ形の稽古用スカートである。
実際の衣装を毎回着るわけにはいかないので、稽古のときはそれで代用することとなる。
リディアは室内にある更衣室に入り、スカートのみを着替えた。
ウエストの部分はゴムが付いていて伸びるようになっているし、裾の長さも彼女が着るドレスとちょうど一致していた。
スカートを履いたまま、リディアはヴァイオレットたちの前に出た。
その姿を見たレベッカやソフィアたちがよく似合っているわね、と微笑んだ。
「ピッタリだわ!とっても可愛いスカートね、ヴァイオレット」
「それはよかった。じゃあせっかく着たことだし、ダンスのシーンをやってみましょう」
「…………え」
呆然とするリディアを気にも留めず、ヴァイオレットは別の本を取り出し、二人に手渡した。
「このシーンは二人がお互いを愛していることに気付いたときのダンスよ。インパクトのあるシーンだから、早いうちからやっておかないとね!」
リディアは本を開き、ヴァイオレットの説明を聞きながら一ページ一ページ確認した。
どうやら今回は歌いながらダンスをするシーンのようで、ベースは舞踏会でよくある社交ダンスだった。
(歌って踊るなんて初めてだわ、上手にできるかしら)
ダンスをしながら歌を歌うというところもそうだが、普通の社交ダンスと違う箇所はもう一つあった。
「そう、ここで二人は手を取り合うの!愛しそうにお互いを見つめ合って笑顔で踊るのよ」
「……」
「中盤のこのシーンでは目を閉じて額を合わせるの!まぁ、何てロマンチックなのかしら?」
「……」
ヴァイオレットは熱が入り、興奮した様子で説明を始めた。
そんな彼女に、リディアとヘンリーは完全について行けなくなっていた。
ヴァイオレットはそんなこと気にも留めず、話し続けた。
「そして、いよいよクライマックスのシーン……駆け寄るリリアーヌをヒューゴが――」
その言葉に合わせて、リディアは最後のページをめくった。
文字とイラストでハッキリ描かれていたそのシーンに、彼女は思考が停止した。
「――お姫様抱っこするのよ」
「ちょ、ちょっと待ってヴァイオレット!」
さすがに黙っていられなくなったリディアは、ヴァイオレットの腕を引いて部室の外へと連れ出した。
彼女はきょとんと首をかしげながら、リディアによって連行されていった。
「どうしたのよ、リディア。せっかくいいところだったのに」
「ヴァイオレット、いくら何でもお姫様抱っことかおでこを合わせるとかはマズいって。あっちは婚約者がいないからいいけど……私には……」
ヘンリーは麗しい見た目に反して婚約者どころか恋人すらいなかったが、リディアは違う。
彼女にはエリオット・ローレンスという立派すぎる婚約者がいるのだ。
ローレンス公爵家の権力や地位を考えれば、かなりマズいことになるのは避けられない。
「そうねぇ……たしかにちょっと問題があるかしら」
「そうそう、だからもうちょっとだけ緩和してくれたら……」
「――じゃあ、ローレンス公子に許可取りに行きましょうか」
「……………って、ええ!?」
ヴァイオレットは一度部室に戻り、部員たちに席を外すと告げた。
どうしてそんな風に話が進んでいくのか。
彼女はリディアを連れて学園内を歩き始めた。
「それで、ローレンス公子はどこにいるのかしら?」
「部活やクラブに入ってない人だから……きっともう学園にはいないはずよ」
エリオットは放課後、いつもエミリーたち三人と王都に遊びに行っている。
そのため、今日もあの三人と一緒にいる可能性が高いだろう。しかし、王都のどこにいるかはまでは見当がつかない。王都と言っても幅広く、学生が放課後遊びに行くような場所はたくさんあるのだ。
「きっと王都のどこかで……遊んでると思うわ」
「なら、一度王都まで行ってみましょう」
リディアはヴァイオレットを連れてアカデミーを出ると、そのまま王都の街へ出た。
彼女たちの通う王立アカデミーは王都に位置するため、少し歩けばすぐに店が多く立ち並ぶ街へ出られる。
「わぁ、やっぱりみんな結構遊んでいるのね……」
街へ出ると、王立アカデミーの制服を着た学生たちが目に入った。
恋人同士で散歩している者、食べ歩きをしている男子生徒、ブティックに寄る女子二人組などなど。
平日でも賑わっているこの中から、エリオットを見つけるのは一筋縄ではいかないだろう。
「あら?あれ、ローレンス公子じゃない?」
「そんな簡単に見つかるわけが……」
「絶対ローレンス公子よあれ!」
リディアが彼女の指差す先に視線を向けると、可愛らしい女子三人に囲まれて両手に花状態の男子がいた。
「――エリオット様、次はあのお店に入りましょうよ!」
間違いない、エリオットとエミリーたち三人だ。
――本当にいた。
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