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私のことを一度も見なかった婚約者様へ  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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12/17

12 お稽古

ヘンリー・カールトンと名乗った彼は、身長百八十を超える長身で、普段から鍛えているのかなかなかの筋肉質だ。

短く切り揃えられた銀色の髪を右寄りで分けており、鮮やかな深紅の瞳を持ち合わせている、眉目秀麗な青年だった。



そんな彼が、今回のミュージカルで騎士役を演じるのだ。

――騎士、騎士、騎士役。

王妃リリアーヌと恋に落ちることとなる騎士の役。



そこでリディアは、ようやく正気に戻った。



「ってことは……」



私が、この美少年とあんなことやこんなことをするということ―――!?

彼女の真っ白い肌が、みるみるうちに真っ赤になった。



王妃リリアーヌの恋の相手となる、騎士ヒューゴ。

夫から冷遇されているリリアーヌは、気分転換に訪れた夜の庭園で、王家に忠誠を誓う平民の青年騎士ヒューゴと出会う。



ヒューゴは優秀な騎士ではあったものの、平民であることを理由に他の騎士たちからは疎まれていた。

政略結婚した夫に相手にされないリリアーナと、騎士団に馴染めなくて孤立しているヒューゴ。似たような境遇に置かれており、それぞれ居場所が無かった。



そのことがきっかけで、二人の距離はグッと縮まるのだ。

いつからかリリアーナとヒューゴは、お互いを唯一の心の拠り所にするようになる。

それから夫に隠れてもう色んなことを……



考えるだけでも、恥ずか死にそうである。

それを彼が演じるということは、当然彼とのラブシーンをしなければならないというわけで。



リディアはヴァイオレットの制服の裾をツンツンと引っ張って小声で尋ねた。



「ヴァ、ヴァイオレット……大丈夫なんでしょうか」

「何がですか?」

「私、婚約者がいるのであまり過激なラブシーンは……」

「ああ、平気平気。激しいところは上手い具合にぼかしてやるので、安心してください」



心配するリディアに、ヴァイオレットは軽い感じで答えた。

たしかに、王都の有名劇団だと既婚者でもラブシーンを演じている人はよくいるし、そのことを考えれば問題は無いのかもしれない。



「それでは、主役のリディアも来たことだし、早速練習と行きましょう!」



ヴァイオレットのその一言で、本番に向けての稽古が始まった――





「リディア、そこはもうちょっと大人っぽい笑みで!そう、そう!いい感じです」



ヴァイオレットは母親のように有名演出家になるという夢を抱いているため、演技の指導には自然と熱が入る。

そんな彼女のことを、部員は全員慕っている。



彼女の熱血さが、稽古全体の雰囲気を明るくしているのだ。

一時間ほど序盤のシーンの練習をし、休憩に入っていたリディアたちに、ヴァイオレットが声をかけた。



「リディアは歌もダンスも上手いから、教えることが何も無いわ」

「そう言ってもらえて嬉しいです」



リディアは幼い頃からエリオットに相応しい妻になるため勉学に励んできた。そのおかげか、貴族令嬢として必要なスキルは全て一級品である。

社交の場で踊るダンスなどはその代表例である。彼はダンスを褒めてくれたことなんてもちろん無かったが、今になってそのことが生かされたようだ。



「それにしてもさっきの歌声は本当に女神様みたいだったわ!柔らかくて、でも力強い……あんな歌声が自然に出せるリディアが羨ましい」

「そ、そんなに……!?」



流石にそこまで褒められたのは初めてだ。学校の授業で習った程度だけど、私って実は歌の才能があったんだろうか。

その言葉に、部員たちがクスクス笑い始めた。



「ヴァイオレットはダンス上手いけど歌は下手だものね」

「そうそう、例えるなら首絞められたニワトリって感じの歌声」

「ちょ、ちょっと何よそれ!いくら何でも言い過ぎよ!」



部屋中にどっと笑いが起きた。

こんなにも穏やかな空間で過ごすのは、久しぶりだった。最近はエリオットとエミリーたちのことで悩んでばかりいたから。



休憩用として出された紅茶を飲んで一息ついていたリディアに、レベッカが話しかけた。



「リディア、クッキーを作ってきたんですが、よかったらいかがですか?」

「あら、いいのですか?」



彼女の手には大きな皿が乗せられていて、その上には数種類のクッキーが並べられていた。

四分割されたアイスボックスクッキー、アーモンドが入ったものや花型のものなど種類は様々だ。



リディアはその中でチョコチップの入ったクッキーを一つ手に取り、口に運んだ。

焼きたての良い香り、サクサクの食感、口に広がるチョコレートの甘さ。甘い物に目が無いリディアからしても、お世辞無しで美味しいと言える一品だった。



「とっても美味しいです!」

「リディアにそう言って頂けるなんてとっても嬉しいわ」



レベッカはかなり手先が器用で、家ではお菓子作りを趣味としているそうだ。

部員の全員がレベッカの作ったクッキーを堪能し、あっという間に皿は空っぽになった。



十分に休息を取った後、部長のヴァイオレットが意気揚々と声を張り上げた。



「よし、休憩も終わったことだし―――次は、リディアとヘンリーのダンスシーンね!」

「「!?」」



その一言で、リディアとヘンリーが同時に反応した。




読んでくださってありがとうございます!


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