11 ヒーローとの対面
次の日、アカデミーに登校したリディアはヴァイオレットにミュージカルの主演を引き受けることを伝えた。
彼女の返事を聞いたヴァイオレットは、嬉しそうに顔を輝かせた。
「やっぱり、リディアならきっとそう言ってくださると思っていましたわ!」
「ずいぶん悩みましたけど……一度チャレンジしてみたいと思ったんです」
「あら、そうだったんですね。何はともあれ、主役が決まってよかったですわ」
ヴァイオレットによると、他のキャストたちは既に決まっており、主演の王妃の座だけが空席だったという。
他でもないヴァイオレット自身が、リディアが良いと言って聞かなかったそうだ。
(彼女がそこまで私を望んでくれていたとは驚きだわ……)
――誰かに必要とされるのは、こんなにも嬉しいのか。
リディアの口元に、僅かに笑みが浮かんだ。
「――では、今日の放課後、北棟の演劇部の部室に来てください。待っていますね」
「ええ、是非行かせていただきます」
こうして、リディアの初ミュージカルに向けての特訓が始まった。
***
六限が終わる学園のチャイムが鳴った。
放課後になり、リディアはヴァイオレットに言われた通り北棟にある演劇部の部室へと訪れていた。
王立アカデミーは、敷地内にそれぞれ東西南北で棟が分かれている。
部活やクラブの部室があるのが、リディアが今いる北棟だ。
リディアは深く深呼吸をすると、ゆっくりとスライド式の扉を開けて中へ入った。
「し、失礼します……」
「あら、リディア!」
中にはヴァイオレットと、数人の部員たちが稽古をしているところだった。
突如現れたリディアに、彼らは驚いたように目を見開いた。
ヴァイオレットはリディアが今日来ることを伝えていなかったようだ。
部室へと足を踏み入れた彼女は、初めて会う生徒たちの前でお辞儀をした。
「初めまして、リディア・フロイトと言います」
突然の出来事に困惑しているのか、部屋がシンと静まり返った。
そんな中で、一人の女生徒が一歩前に出た。
「初めまして、私はレベッカ・グレイスです」
「これからよろしくお願いしますね」
リディアはレベッカと名乗った生徒と挨拶をし、握手を交わした。
黒い髪を編み込みして後ろでまとめており、蜂蜜色のつり上がった目が特徴的だ。
おそらくリディアより一つ上の第三学年だろう。グレイス家はそこそこに名のある伯爵家だったはずだ。
「リディア嬢、部長からお話は聞いています。近くで見ると本当に綺麗ですね」
「あら、私のことをご存知だったのですか?」
「もちろんです、リディア嬢のことを知らないわけがありません」
レベッカは口元を手で押さえてフフッと笑った。
彼女の言う通り、リディアは学園内でかなり有名だった。エリオットとエミリーのことが話題になっている今は余計に。彼女を知らない人の方が少ないだろう。
「レベッカ嬢は……」
「レベッカとお呼びください。ウチの部はフランクな方が多いですから。その方が自然なんです」
「……では、そうさせていただきます。私のことはリディアを」
レベッカは嬉しそうに頷き、照れ臭そうに”リディア”と口にした。
頬を染めるその姿は、年頃の女の子のようで、とても愛らしいとリディアは感じた。
穏やかな空気が流れる二人に、ヴァイオレットは安心したように声をかけた。
「リディア、レベッカは王妃リリアーヌと敵対することになる悪女の役をするのよ」
「あ、悪女……!?」
悪女ということは、リリアーヌの夫の愛人役をするのだろう。
チラッと台本を読んだが、王妃リリアーヌの中に出てくる悪女はとんでもない性格だ。行動はハッキリ言って下衆、発言ですら聞くに堪えないものばかりである。
お淑やかな彼女があのような下劣な言葉を口にするだなんて、想像がつかない。
「彼女は演技派で、どんな役でも完璧にこなすのよ。きっと教わることも多いはずよ」
「そ、それは頼もしいですね……」
信じられないというリディアの視線を受けたレベッカは、よろしくとニコッと笑った。
それからリディアは彼女の後ろに控えていた数人の女子生徒とも挨拶をした。
「私はビクトリア・ジョーンズです。ミュージカル内では王妃リリアーヌの専属侍女を演じることになっています」
「よろしくお願いします」
一人、また一人と新たな出会いを重ねて行く。
「私はソフィア・ヴィッカー。悪女の手足となる女の役を演じるわ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
最初は受け入れてくれるか心配だったが、演劇部のメンバーたちはリディアを温かく迎え入れた。
誰一人として、彼女を拒絶する者はいない。全員がヴァイオレットのように、快く彼女を受け入れた。
――ここには、私の噂を真に受けて差別する人なんて誰もいないんだ。
彼女はそのことを実感して、胸が熱くなった。
最後の一人となったのは、唯一の男子生徒だった。
名前は知らないが顔は見たことがあるため、きっとリディアと同じ学年だろう。
「初めまして、リディア・フロイトです」
もしかしたらどこかで会ったことがあるかもと思いながらも、挨拶をした。
彼はリディアを見てしばらく固まったあと、横にいたヴァイオレットにつつかれて我に返って口を開いた。
「……ヘンリー・カールトンです」
「よろしくお願いします」
「……」
再び部屋に流れる沈黙。何故か彼は言葉を返すこと無く、お互いに一言も喋らない。視線を合わせたままなのが余計に気まずい。リディアは誰か助けて、と心の中で叫んだ。
そのことに焦ったのか、ヴァイオレットが慌てて間に入った。
「――リディアったら、とっても運が良いわ!」
「……運が良い?」
彼女はヘンリーの肩をガシッと掴むと、そのまま前面に押し出した。
「――彼はね、何を隠そうヒーローの騎士役なのよ!」
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