追憶の欠片【託された約束】
誰にも理解されなくていい。
それでも、私は――求め続けた。
アルケミストの家系は、帝国の歴史の陰で常に「魔女」を解剖し、記録し続けてきた一族だった。
言葉も話せない赤子の頃から、子守唄の代わりに魔女について聞かされ続ける。
先代から受け継がれた膨大な情報を一文の狂いなく暗唱し、完璧に再現して、ようやく“人”として認められ、外に出ることを許される。
テオは、歴代の家系の中でも飛び抜けて優秀だった。
誰もが数年かかる古文書を、彼は数ヶ月で血肉に変えた。
しかし、アルケミストの家系は、遺伝的に短命だった。長く生きても三十歳。それまでに、すべての知識を次代へ引き継がねばならない。
テオは幼い頃から気づいていた。
一族が魔女に執着するのは、自分たちの“呪われた血”を浄化するためだということを。
「……人は最後には死ぬのに、何をそんなに足掻いているのでしょうね」
父が、母が、祖父が、祖母が、延命のために魔女の肉を、血を、研究する姿を、テオは冷めた瞳で眺めていた。
そんな醜い執着はどうでもよかった。
ただ、純粋に。
魔女という、理不尽なまでに美しく、残酷な“存在”そのものに、テオは惹かれていたのだ。
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第三皇子【レオニス】に興味を抱いたのは、必然だった。
魔女から生まれた彼の瞳は、薄らと淡金色を宿している。だが、彼には何の力もない。
帝国において、力のない魔女の血筋は「不純物」でしかない。
それでも、私の内なる声は叫んでいた。
――その少年から、決して目を離すな、と。
運命が動いたのは、皇帝が致命的な怪我を負ったあの日だ。
誰の目にも死は明らかだった。だが、家臣たちは一人の女に目を向けた。
レオニスの母だった。
“癒しの魔女”と呼ばれる彼女の魔法は、奇跡などではない。
対象の傷を、すべて自分の肉体へと引き受ける――残酷な“身代わり”の等価交換だ。
誰かが、幼いレオニスの首にナイフを突き立て、『治せ』と女を脅した。
私はその光景を、ただ呆然と眺めていた。
人の欲が、一人の魔女の命を、文字通り“削り取ろう”としている。
魔女は、泣き叫ぶ息子に静かに微笑むと、連れていかれた。
しばらくして、私は人目を忍ぶようにして、ある一室に呼ばれた。
そこには、皇帝の傷をすべて引き受け、死の淵に立つレオニスの母がいた。
なぜ、私のような子供が呼ばれたのか、テオには理解できなかった。
「……私では、貴女様を逃がすことはできませんよ?」
私が冷淡に告げると、彼女は驚いたように、そして愛おしそうに笑った。
「そんなこと、頼んだら……テオも殺されてしまうでしょ?」
自分の死を、当然の結末として受け入れている。
その強さが、幼い私には何よりも恐ろしかった。
「では、なぜ私を呼んだのですか?
最期ならば……レオニス殿下と話をすべきです」
「――そうね」
彼女は悲しげに、けれど優しく呟くと、私の手を取り、額に柔らかな感触を落とした。
「テオ……貴方の呪い、私が引き受けるわ」
瞬間、私の体を蝕んでいたはずの、特有の“重み”がふっと消えた。
魔女は、死にゆく自らの体に、私の「短命の呪い」さえも積み増したのだ。
私は震える声で、その代償を問うた。
「……望みは、なんですか?
私に、何をさせたいのですか」
彼女は、静かに私の目を覗き込んで言った。
「レオと、これからも仲良くしてね」
それが、彼女が遺した唯一の契約だった。
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珍しい「片目の魔女」がいる。
その情報は、アルケミストの末裔であるテオの元にも、当然のように届けられた。
だが、現場の状況は悲惨だった。
姉のシーナは優れた魔法を持っているが、妹のフィオナは全く魔法を制御できない。
帝国において「無能」は不要であり、姉妹を引き剥がそうとした騎士たちは、逆上したシーナによって数名が大怪我を負わされていた。
「これ以上暴れるなら、二人まとめて『処分』だ……無能な妹の方だけでも、先に消せ」
騎士たちの冷酷な判断が下されようとしたその時、テオは数秒だけ思考し、静かに彼女たちの前に足を踏み入れた。
「はじめまして……私の実験台になりませんか?」
その場にそぐわない、あまりに場違いな勧誘。
ボロボロになりながら妹を背後に隠していたシーナは、血走った目でテオを睨みつけ、地を這うような声で言い放った。
「……失せろ、変態野郎
これ以上近づけば、次はお前の喉を穿く」
背後では、フィオナが震えながらシーナの服を握りしめている。
テオは、向けられた殺意を心地よさそうに受け流すと、手の中で弄んでいた奇妙な輝きを放つ石――研究を始めたばかりの“魔石”を彼女たちに見せた。
「魔石です
上手く扱えれば、魔女の魔法に新しい可能性をもたらすでしょう!
興味はありませんか?」
テオは、絶望に染まった姉妹の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「このままでは、貴女たちはゴミのように捨てられるだけです
ですが、私の管理下に入れば……二人の面倒をまとめて見て差し上げると言っているんですよ?」
「……フィオナも、一緒に?」
「ええ、実験には比較対象が必要ですから
無能も有能も、私にとっては等しく価値のあるデータです」
テオの言葉は冷たく、どこまでも打算的だった。
だが、それは「愛しているから助ける」という甘い言葉よりも、ずっと確実に、行き場のない彼女たちの生存を保証する契約だった。
シーナはしばらくテオを睨んでいたが、やがて握りしめていた拳を、力なく解いた。
「フィオナに変なことしたら殺す」
テオは楽しそうに微笑み、「よろしくお願いします」と挨拶を交わした。
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魔女に救われた命。
魔女によって引き伸ばされた時間。
それをすべて使い果たしてでも、彼は「レオニス」と呼ばれていた頃のレオンを、そして彼が守ろうとするディアを、見届ける義務がある。
「テオ……お前、何を考えている」
レオンが不審そうに睨みつけるが、テオは眼鏡を指で押し上げ、いつも通りの不気味な笑みを浮かべるだけだ。
「何でもありませんよ、レオン様……ただ、貴方のお母様は、本当に欲張りな人だったと思い出しただけです」
彼は今も、魔女と、彼女が愛した“大切な息子”に、喜んで命を捧げ続けている。




