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紅き瞳は夜に溶ける  作者: かな
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追憶の欠片【託された約束】


誰にも理解されなくていい。

それでも、私は――求め続けた。



アルケミストの家系は、帝国の歴史の陰で常に「魔女」を解剖し、記録し続けてきた一族だった。

言葉も話せない赤子の頃から、子守唄の代わりに魔女について聞かされ続ける。

先代から受け継がれた膨大な情報を一文の狂いなく暗唱し、完璧に再現して、ようやく“人”として認められ、外に出ることを許される。


テオは、歴代の家系の中でも飛び抜けて優秀だった。


誰もが数年かかる古文書を、彼は数ヶ月で血肉に変えた。

しかし、アルケミストの家系は、遺伝的に短命だった。長く生きても三十歳。それまでに、すべての知識を次代へ引き継がねばならない。


テオは幼い頃から気づいていた。

一族が魔女に執着するのは、自分たちの“呪われた血”を浄化するためだということを。


「……人は最後には死ぬのに、何をそんなに足掻いているのでしょうね」


父が、母が、祖父が、祖母が、延命のために魔女の肉を、血を、研究する姿を、テオは冷めた瞳で眺めていた。


そんな醜い執着はどうでもよかった。

ただ、純粋に。

魔女という、理不尽なまでに美しく、残酷な“存在”そのものに、テオは惹かれていたのだ。


■□■□


第三皇子【レオニス】に興味を抱いたのは、必然だった。

魔女から生まれた彼の瞳は、薄らと淡金色を宿している。だが、彼には何の力もない。

帝国において、力のない魔女の血筋は「不純物」でしかない。


それでも、私の内なる声は叫んでいた。


――その少年から、決して目を離すな、と。


運命が動いたのは、皇帝が致命的な怪我を負ったあの日だ。

誰の目にも死は明らかだった。だが、家臣たちは一人の女に目を向けた。

レオニスの母だった。

“癒しの魔女”と呼ばれる彼女の魔法は、奇跡などではない。

対象の傷を、すべて自分の肉体へと引き受ける――残酷な“身代わり”の等価交換だ。

誰かが、幼いレオニスの首にナイフを突き立て、『治せ』と女を脅した。

私はその光景を、ただ呆然と眺めていた。

人の欲が、一人の魔女の命を、文字通り“削り取ろう”としている。


魔女は、泣き叫ぶ息子に静かに微笑むと、連れていかれた。

しばらくして、私は人目を忍ぶようにして、ある一室に呼ばれた。


そこには、皇帝の傷をすべて引き受け、死の淵に立つレオニスの母がいた。

なぜ、私のような子供が呼ばれたのか、テオには理解できなかった。


「……私では、貴女様を逃がすことはできませんよ?」


私が冷淡に告げると、彼女は驚いたように、そして愛おしそうに笑った。


「そんなこと、頼んだら……テオも殺されてしまうでしょ?」


自分の死を、当然の結末として受け入れている。

その強さが、幼い私には何よりも恐ろしかった。


「では、なぜ私を呼んだのですか?

最期ならば……レオニス殿下と話をすべきです」


「――そうね」


彼女は悲しげに、けれど優しく呟くと、私の手を取り、額に柔らかな感触を落とした。


「テオ……貴方の呪い、私が引き受けるわ」


瞬間、私の体を蝕んでいたはずの、特有の“重み”がふっと消えた。

魔女は、死にゆく自らの体に、私の「短命の呪い」さえも積み増したのだ。



私は震える声で、その代償を問うた。


「……望みは、なんですか?

私に、何をさせたいのですか」


彼女は、静かに私の目を覗き込んで言った。


「レオと、これからも仲良くしてね」


それが、彼女が遺した唯一の契約だった。


■□■□


珍しい「片目の魔女」がいる。

その情報は、アルケミストの末裔であるテオの元にも、当然のように届けられた。


だが、現場の状況は悲惨だった。

姉のシーナは優れた魔法を持っているが、妹のフィオナは全く魔法を制御できない。

帝国において「無能」は不要であり、姉妹を引き剥がそうとした騎士たちは、逆上したシーナによって数名が大怪我を負わされていた。


「これ以上暴れるなら、二人まとめて『処分』だ……無能な妹の方だけでも、先に消せ」


騎士たちの冷酷な判断が下されようとしたその時、テオは数秒だけ思考し、静かに彼女たちの前に足を踏み入れた。


「はじめまして……私の実験台になりませんか?」


その場にそぐわない、あまりに場違いな勧誘。

ボロボロになりながら妹を背後に隠していたシーナは、血走った目でテオを睨みつけ、地を這うような声で言い放った。


「……失せろ、変態野郎

これ以上近づけば、次はお前の喉を穿く」


背後では、フィオナが震えながらシーナの服を握りしめている。

テオは、向けられた殺意を心地よさそうに受け流すと、手の中で弄んでいた奇妙な輝きを放つ石――研究を始めたばかりの“魔石”を彼女たちに見せた。


「魔石です

上手く扱えれば、魔女の魔法に新しい可能性をもたらすでしょう!

興味はありませんか?」


テオは、絶望に染まった姉妹の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「このままでは、貴女たちはゴミのように捨てられるだけです

ですが、私の管理下に入れば……二人の面倒をまとめて見て差し上げると言っているんですよ?」


「……フィオナも、一緒に?」


「ええ、実験には比較対象が必要ですから

無能も有能も、私にとっては等しく価値のあるデータです」


テオの言葉は冷たく、どこまでも打算的だった。

だが、それは「愛しているから助ける」という甘い言葉よりも、ずっと確実に、行き場のない彼女たちの生存を保証する契約だった。


シーナはしばらくテオを睨んでいたが、やがて握りしめていた拳を、力なく解いた。


「フィオナに変なことしたら殺す」


テオは楽しそうに微笑み、「よろしくお願いします」と挨拶を交わした。



■□■□





魔女に救われた命。

魔女によって引き伸ばされた時間。



それをすべて使い果たしてでも、彼は「レオニス」と呼ばれていた頃のレオンを、そして彼が守ろうとするディアを、見届ける義務がある。


「テオ……お前、何を考えている」


レオンが不審そうに睨みつけるが、テオは眼鏡を指で押し上げ、いつも通りの不気味な笑みを浮かべるだけだ。


「何でもありませんよ、レオン様……ただ、貴方のお母様は、本当に欲張りな人だったと思い出しただけです」


彼は今も、魔女と、彼女が愛した“大切な息子”に、喜んで命を捧げ続けている。

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