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紅き瞳は夜に溶ける  作者: かな
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23/30

21章【幸せを護る魔女と幸せを壊す悪魔 ~偽りの終焉~】



“幸せ”とはなんだろうか


何が“幸せ”なのか誰にも分からない


なぜ“幸せ”を感じるのかもわからない


“幸せ”の定義は、人によって違う


それでも、キミは“幸せ”なんだろうね


大切な人に護られて


名前を呼んでくれる人がいて


孤独を知らないキミは


——本当に幸せそうに笑っている




■□■□


帝国が激しい炎に包まれている。

遠くから響く悲鳴と怒号を聞きながら、ディアは隣に立つヴァルへ、静かに視線を向けた。


「ヴァル……私は“嘘吐きな魔女”だよ」


本当は魔女でもなんでもない、ただの少女。


ここには大好きな人たちがいて、誰もが帰るべき場所がある。


「みんなのこと、助けてくれる?」


ヴァルは燃える帝都を見下ろし、呆れたように鼻で笑った。


「お前を傷付けてきた奴らを助けたいのか?

『化け物』だと追い出し、虐げてきた奴らだぞ」


ディアは否定せず、ただ静かに微笑む。


「みんなと違うことは——怖いよ」


魔女でもない。

人間でもない。

けれど、だからこそ、自分にしかできないやり方で、大好きな人たちを救うと決めた。


ディアの澄んだ紅い瞳が、真っ直ぐにヴァルを見つめる。


「――ねぇ、ヴァル

私のこと、本物の“魔女”にしてくれる?」


ヴァルはしばらくディアを見つめていたが、やがて諦めたように薄く笑うと、ディアの腰に手を回して、身体を抱き上げた。



魔獣が暴れ狂う戦場の中央。


その遥か上空で、ヴァルはディアを抱えたまま静かに宙へと浮き上がった。

空に人が浮いている――その異常な光景に、地上の人々は誰もが息を呑み、言葉を失う。


炎に照らされる暗闇の中で、ディアの白い髪は、嫌でも美しく目立っていた。


「――おい、あれ……“終焉の白”だ」


誰かが恐怖を孕んだ声を上げれば、その名は波紋のように広がり、瞬く間に大きなざわめきへと変わっていく。


ディアは怯える民衆を見下ろし、まるで冷酷な魔女を演じるかのように、大袈裟に手を天へと伸ばした。

ヴァルが放つ黒い霧が空へ集まり、無数の剣へと姿を変えていく。


「……ごめんね」


今もまだ聞こえている声に、ディアは小さく謝る。


“痛い”


“苦しい”


“暗い”


“怖い”



魔獣の叫びを掻き消すように、ディアは手を振り下ろした。


——私は、この子たちを助けてあげられない


——だから、せめて苦しまないように眠らせてあげたい


激しい爆音と共に、天から無数の刃が帝都へと降り注ぐ。


「いやあああああッ!!」


民衆が悲鳴を上げて目を瞑る。


――だが、地響きと共に突き刺さった漆黒の刃は、逃げ惑う人々の髪一筋さえ傷つけることなくすり抜け、彼らを襲おうとしていた魔獣と影憑きだけを、正確に消滅させていった。


「な……んだ、これ……?」


「……なにが……」


「……生きて、る?」


恐る恐る目を開けた人々が、無傷の我が身と、黒い霧となって消えていく魔獣たちを見つめ、呆然と空を仰ぐ。

そこには、白い髪をした赤い瞳の“魔女”が静かに佇んでいた。


■□■□



レオンは、剣を握りしめたまま、空を見上げて息を呑んだ。

激しい炎に照らされ、天に浮かぶその白い髪の少女。


「……ディア様」


その名を零した瞬間、胸の奥から押し寄せる感情に視界が歪みそうになる。


——怪我をしていないか


——どうして、何も言わずに出て行ってしまったのか


——何をしようとしているのか


聞きたいこと、確かめたいこと、色んな感情が一気に溢れ出して、思考の処理が追いつかない。

それでも、ただ一目その姿を見ただけで、胸を支配していた暗い不安が、嘘のようにすうっと消えていくのを感じていた。



「——ッ」


天から無数の刃が降り注いだ瞬間、“救われた”と理解できた。



「――また……救われてしまった」


赤い瞳を細め、レオンは愛おしさと、それ以上の強い決意を胸に、空の少女を真っ直ぐに見据えた。

この手を伸ばして、今度こそ、その背中を支えるために。





■□■□


「楽に壊してあげようと思ったのに」


降り注ぐ漆黒の刃を、アルベールは感情の籠もらない冷たい瞳で見つめていた。


「ッ、はぁ……」


その瞬間、頭の奥を刺すような酷い耳鳴りが走り、アルベールは一瞬ふらりと身体を揺らした。

だが、すぐに体勢を立て直すと、不気味なほど穏やかな笑みを浮かべる。


「――懐かしい香りだね」


その瞳が、じわじわとうっすらと“深紅”に染まっていく。

アルベールは静かに喉を鳴らして笑うと、ゆっくり歩き出した。






中心部から離れた、人気の少ない路地裏。

ヴァルは抱えていたディアを、地面へとそっと下ろした。


「満足か?」


「……ありがとう、ヴァル」


そう言って微笑むディアの頭を、ヴァルが呆れながらも優しく撫でる。

その温かな光景を見つめ、アルベールは腹の底からこみ上げるような吐き気を覚えた。


歩みを進め、ディアの元へ近づこうとした、その時――。


「探しましたよ、アルベール様」


背後から、静かだが恐ろしいほど低い声が聞こえた。

アルベールはゆっくりと振り返り、記憶の糸を辿るようにその人物を捉える。


「ああ、テオか……どうしたの?」


いつものように優しく微笑んで見せた、その刹那。

一瞬の風と共に、テオが忍ばせていた鋭い短剣が、寸分の狂いもなくアルベールの喉元へと突きつけられた。


殺気を孕んだ刃を突きつけられてもなお、アルベールは首を傾げ、困ったような笑みを崩さない。


「……皇族に手を出すなんて、気でも狂ったのかな?」


だが、テオの瞳には一切の迷いも揺らぎもなかった。

白手袋を嵌めた手で短剣を握り直し、仮面を剥ぎ取った冷徹な声で宣告する。


「――――アルベール様ではありませんね

貴方は、誰ですか?」


アルベールは一瞬だけ驚いたように目を見張ると、すぐに喉を鳴らして愉快そうに笑い出した。


「“人間”の中にも、面白いモノがいたんだね」


完璧に『アルベール』を演じていたはずだった。

どこで正体に気がついたのか。

それとも、最初からこの主を殺すつもりだったのか――。


「ふふ、どっちでもいいけど……さよなら、テオ」


アルベールが静かに一歩を踏み出した、その瞬間。

衝撃と共に、テオの身体が激しく刃物で切り裂かれた。


目にも留まらぬ無音の斬撃。


何が起きたのかさえ視認できないまま、テオの胸元から鮮血が溢れ出し、止まらなくなる。


「ぐっ……、は……っ」


激痛と失血により、一瞬で視界が斑に歪んでいく。

倒れ込むテオを見下ろし、アルベールはつまらなさそうに背を向けて歩き去っていった。



■□■□



不穏な物音を聞きつけて来た、ディアの視界に飛び込んできたのは、血溜まりの中で一人倒れているテオの姿だった。


「……テオ……?」


信じられない光景に声を震わせ、ディアは駆け寄ると、血に染まるテオの傍らに膝をついた。


「諦めろ、ソレはもう助からない」


背後でヴァルが冷たく言い放つ。

そんなことは、ディアにだって分かっていた。命の終わりを見るのは、これが初めてではないのだから。

それでもディアは、冷たくなり始めていくテオの手を、祈るように強く握りしめた。


「やだ……っ、やだよ……!

だって、私、まだテオと話したいことがたくさんあるの!」


「……デ、ァ……さ……」


喉まで血がせり上がり、テオは声を出すことすら困難だった。視界もすでに暗闇に呑まれかけている。


「フィオナちゃんも、シーナちゃんも待ってるよ」


「……」


「レオンだって、テオが居なくなったら、すごく寂しがるよっ!」


「……」


涙で視界が滲む。

徐々に冷たくなっていくテオの指先が、容赦なく“死”の終わりを告げているようで、ディアの目からポロポロと涙が溢れ落ちた。


「……相変わらず、情けない

弱いんだから大人しく隠れてばいいのよ」


その時、静寂を破って凛とした声が響いた。

ハッと顔を上げれば、そこには息を切らしたシーナとフィオナが立っていた。


「テオ様ッ……!!」


フィオナは迷わずテオの傍らに膝を折ると、不安を打ち消すように優しく、穏やかに微笑んだ。

そして深々と息を吸い込むと、静かにその美しい声を響かせて“歌”を口ずさみ始める。



『フィオナは、“水”以外は扱えないんですか?』



魔女の生態について調べていたテオに、そう尋ねられたことがあった。



『“液体”なら、原理は同じですよね?

意識の問題ですか?

“水”だと思えばいいんですよ』



そう言って、テオはフィオナの前に様々な液体が入った瓶を並べてみせたのだ。

あの時は、妹に力を使わせようとしたテオに激怒したシーナが、『フィオナに力を使わせたら殺す』と瓶を全て破壊してしまったけれど――。



——テオ様……貴方が教えてくれたのですよ


――血が足りないのなら、溢れた血を集め、体内へと戻せばいい



フィオナが両手をかざすと、柔らかな魔力がテオの身体を包み込む。

床に広がっていた鮮血が、まるで時が巻き戻るかのように水流となって宙へと浮かび上がり、テオの傷口へと吸い込まれるように戻っていった。


「っ…ああッ!?」


激しい痛みにテオの身体が跳ね起きる。

止まっていた心臓が、力強い鼓動を打ち鳴らし始めた。



しかし、溢れ出た血を体内に戻すことはできても、切り裂かれた肉体そのものの傷口まで塞げるわけではない。

このままでは再び血が噴き出し、死に至るだけだった。


「私が氷で傷口を塞ぐ……!でも、加減を間違えれば凍傷で血管が死ぬわ」


シーナが唇を噛み締める。

成功率は決して高くはない。けれど、他にテオを救う手段がないのならと、シーナが覚悟を決めて手をかざそうとした――その時。


「退け」


背後から短く、冷徹な声が響いた。

ヴァルが静かに歩み出ると、シーナを押し退け、その手に漆黒の炎を燃え上がらせる。


「ヴァル……っ!?」


ディアが息を呑む間もなく、ヴァルは躊躇うことなく、テオの開いた傷口へと直接その黒炎を押し当てた。


「っあ、が……ッ、ぁあ!!!」


ジュウウッ、と肉の焼ける不吉な音が路地裏に響き渡る。

黒炎による凄まじい熱と痛みがテオの全身を突き抜けた。……だが、絶命するほどの威力はない。

気絶することすら許さず、意識をハッキリと保たせたまま傷口を焼け焦がしている。


「……っ、ふ……っ」


冷や汗を全身から吹き出し、激痛に耐えながら、テオは歪む視界で目の前ヴァルを見上げた。

荒い呼吸の合間に、血の混ざった薄い笑みを浮かべて囁く。


「……ディア様を、無断で連れ出したこと……相当、怒っていますね」


その挑発的な言葉を肯定するかのように、一瞬だけ傷口を焼く火力が強くなった気がした。


「ッ――」


あまりの激痛に、今度こそテオの意識がプツリと断ち切られた。

それと同時に、ヴァルの手から黒い炎も綺麗に消え去った。



■□■□


テオの呼吸は落ち着き、あんなに酷かった出血もすっかり止まっていた。


「よかった……」


安堵した途端、全魔力を使い果たしたフィオナの意識がふっと途切れる。

がくぐりと倒れ込む妹の身体を、シーナは優しく受け止めると、愛おしそうに微笑んだ。


「フィオナ、頑張ったわね……ゆっくり休んで」



■□■□



路地裏に響いたテオの悲鳴を聞きつけて、遅れて駆けつけてきたレオンとセオドール。

目の前で繰り広げられた光景(血まみれのテオ、倒れたフィオナ)に状況が飲み込めず固まっていると、ヴァルは心底面倒くさそうに吐き捨てた。


「……暇ならコレを運べ」


事切れるように眠るテオとフィオナを運び出し、二人の意識が戻るまで、一旦屋敷へと戻ることにした。


帝都の残党狩りや復興の指揮は、テオが集めた優秀な騎士たちに任せれば、問題なく片付けられるはずだ。






屋敷へと戻り、テオを部屋へ運び終えた後。

レオンは静かにディアへと歩み寄ると、その顔を覗き込んだ。


「ディア様、怪我はありませんか?」


「私は大丈夫……それよりレオン、目、どうしたの?」


ディアは心配そうに、レオンの『魔獣の赤』に染まったままの瞳を見つめ返す。

けれどレオンは、どこか切なげに眼差しを伏せた。


「……私のことなど、どうでもいいのです

――何故、お独りで行動されたのですか?」


「独りじゃないよ? テオも一緒に――」


「っ、私では……不甲斐なくて、信用が足りませんか」


痛々しいほど不安を滲ませるレオンの姿に、ディアの胸がキュッと痛む。

不器用な彼の気持ちを包み込むように、ディアがそっと手を伸ばした――その時。


(ディアーーーーッ!!!)


「っ!?」


クロが、耐えかねたようにディアの胸元へ飛び付いてきた。

その瞬間、クロの魔力を肩代わりしていたレオンの身体から一気に緊張が抜け、猛烈な疲労感と共に体温が奪われていく。


「っ……」


ガクリと膝をついたレオンを、ディアはクロを抱きかかえたまま、支えるように優しく寄り添った。


「レオン!?」


「っ……申し訳、ありません

……少し……疲れてしまったようです」


レオンの部屋まで付き添い、彼をベッドへ横たえさせると、ディアはそのままベッドの横の椅子に腰掛けた。

顔色の悪いレオンは、申し訳なさそうに視線を彷徨わせる。


「ディア様、もう大丈夫ですので……ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」


「レオン」


ディアが優しく名前を呼ぶと、レオンはどこか緊張した面持ちで「はい」と短く返事をした。


「勝手に出ていっちゃって、ごめんなさい」


「……っ」


「次は、ちゃんと話すね――だから今は、ゆっくり休んで」


立ち上がり、ディアは静かに部屋を出ようとする。

そして、扉が閉まるその直前。思い出しかのように、扉の隙間からディアが柔らかく告げた。


「――レオンのこと、ちゃんと信じてるよ」


たった一言。


パタン、と静かに扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。

薄暗い部屋の中、ベッドの上でレオンは横たわったまま、呆然と天井を見つめていた。


……信じてる、か


胸の奥が熱く満たされていく。

身体を苛んでいた激しい疲労も、魔獣の瘴気による冷たさも、そのたった一つの言葉で全て溶けていくようだった。

レオンは静かに瞳を閉じ、深く、穏やかな眠り落ちていった。



■□■□


ただの人間の女に、これほど執着する理由は分からない。


それでも


あの女が苦しみ、絶望に打ちひしがれて泣き叫べば


―——―お前は、一体どんな顔をするのだろう?



「――よし、コレでいいかな」



静寂の中で、アルベールは足元に転がっている無残な死体へ、そっと手をかざした。

不気味な黒い魔力が死体を包み込み、弾け飛んだ瞬間――そこには、胸を貫かれて息絶えた『第1皇子アルベール』の姿が、作り上げられていた。


アルベールは、その偽物の死体を見下ろし、邪悪な喜びを孕んだ笑みを深める。


「待っててね、ディア」



遠くの瓦礫の陰から、捜索に駆けつけた騎士たちが「アルベール様!」と悲痛に叫ぶ声が響いてくる。


アルベールは一度だけ皇城の方角を振り返り、甘く、冷たい毒のような声を残して夜の闇へと消えていった。


「――君の幸せは、僕が全部、壊してあげる」


21章まで読んでくださり、ありがとうございます!

今回はディアを中心に、それぞれの「幸せ」について考えました。


次章も楽しんでいただけたら嬉しいです!

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