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紅き瞳は夜に溶ける  作者: かな
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22/30

20章【認められなかった皇子と嘘吐きの軍師 ~悪魔の囁き~】



あの人は最後まで僕を認めてはくれなかった。



「……あはは、」


楽しくも無いのに、乾いた笑い声が上がる。


奪っても、まだ、届かない。


欲しいモノは目の前にあるのに、触れることさえ叶わない。


床に広がる赤い色を見つめて、アルベールは静かに溜め息を吐いた。


「血の色だけは、皆同じだね」


□■□■



咆哮と共に現れた魔獣の突進を、セオドールが大剣で受け止める。


「っうぉ!!」


「力任せに受け止めるな!!」



――だが、金属の悲鳴と共に、頑丈なはずのブレードが真っ二つに弾け飛んだ。


「っ……!?」


武器を失ったセオドールに魔獣の突進が迫る。

レオンは迷いなくセオドールの前に立つと、魔獣の軌道を逸らすように剣を横へ流す。


「そんな細い剣なんて、すぐに折れるだろ!!」


「引くにしても、このままでは立て直せない

……っ!いいから——その辺に落ちている剣でも拾ってこい!!」



その瞬間、背後から凛とした声が響いた。


「セオドール様、数秒だけ……時間を下さい!!」


フィオナが両手を掲げると、広場の中央にある噴水から大量の水流が蛇のように這い上がり、セオドールの手元で巨大な大剣の形へと凝縮される。


「フィオナ!!なんで力を使って!!」


何もない空間に、水を生み出す事は得意では無い。

でも、“水”さえあれば形は自由に変えられる。


「姉様、ごめんなさい——でも、私にもできることがあるのなら……力になりたい!!」


水が形を成した刹那、シーナが鋭く叫んだ。


「っ、ああ!!もう!!——凍れッ!!」


猛烈な冷気が吹き荒れ、水の大剣は一瞬にして、魔獣の牙をも叩き折るほどの硬度を持つ、美しく凶悪な『氷の剣』へと姿を変えた。


「ッ、ありがとな」


セオドールは新調された氷の柄を掴み、魔獣の脳天へと叩きつけた。



□■□■




騎士団の誘導に従い、命からがら逃げ惑う民衆の間で、ある噂がゆっくりと広がっていた。


「――おい、見たか!? 」


「ああ、避難路の先頭で魔獣を叩き斬ってる、あの凄腕の男だろ?」


「あれ……レオニス皇子だって」


「嘘、まさか……殿下だって言うのか……!?」


「バカ言え! 式典にも滅多に顔を出さない『引きこもり』だろ!? なんで顔が分かるんだよ」


「手配書だよ! 先代皇帝陛下が亡くなられた時、首謀者として似顔絵が配られたじゃない! 」


民衆の間に動揺が走る。



国を脅かす存在だと教えられていた。

貴族を贔屓して、下民を馬鹿にしている。

第1皇子、第2皇子と違って出来損ないの引きこもり。


だから、皇帝を殺したと言われた時も——誰もがその言葉を疑う事は無かった。


「……あの噂はデマだって言うのかよ」


否定しようにも見てしまった人は大勢いた。

自分たちを逃がすため、血を流しながら最前線で剣を振るっている姿を。


「なぁ、聞いたことないか……?」


「皇子殿下は、僕らを嘲笑っていたんじゃない

ずっと『魔の森』の最前線で、魔獣が帝都に入り込まないように一人で戦ってたって……」


「殿下は、ずっと俺たちを護ってくれていたんだ!」


悲鳴と怒号に塗れた帝都で、蔑まれた皇子の名が、確かな“希望”として民の口から紡がれ始めていた。


□■□■


「っ……!」


背後の民を護るため、強引に刃を受け止めたレオンの死角から、もう一体の影憑きが鋭い爪を振り下ろす。

防げない――そう覚悟した刹那、視界を漆黒の影が過った。


「……ク…ロ?」


クロの口が大きく開き腕ごと爪を噛み砕くと、尻尾で影憑きを弾き飛ばす。


「ありがとう——助かった」


クロは、レオンの肩へと飛び乗ると、不機嫌そうに、レオンを見つめた。


(弱い癖に、前に出るからだ!!大人しく寝てろ!!)


鋭く低い声で唸るクロに、レオンは何故だかよく思われてないと感じていた。


それでも、“守らなければならない”と心の奥底から声が響いている。


「——クロ、お前も早くディア様の元へ行きたいだろ?

嫌なのは重々承知しているが、少しでいい協力してくれないか?」



クロが鋭く鳴くと、その小さな身体から漆黒の霧が溢れ出し、レオンを包み込むように迫ってくる。


「ぐっ……、なっ…!?」


体内を駆け巡る圧倒的な魔獣の力。

レオンの澄んだ瞳が、じわじわと深い赤色へと染まっていく。


(お前の為に“かした”訳じゃない)


手にしていた剣に、激しい黒い炎が絡みつく。


(ディア……会いに行く、だからーーもう少しだけ待ってて)


「いくぞ、クロ……!」


赤い瞳を鋭く光らせ、レオンは地を蹴った。一振りの一閃が、黒い炎の波となって、押し寄せる影憑きの群れを瞬く間に焼き尽くしていく。



「レオ……その目、どうした?」


影憑きを圧倒するレオンの姿に、隣にいたセオドールが戸惑ったように声をかけた。

駆け寄ろうとしたセオドールの足が、思わず止まる。

レオンのその瞳は、人間のそれではなく、夜の闇で怪しく爛々と輝く『魔獣の赤』に染まっていた。


「ああ、そうか……」


セオドールの言葉にレオンは、瞳の色が変わっているのだと理解した。

レオンは赤い瞳をセオドールへと向け、低く、けれど恐ろしいほどに澄んだ声で告げた。


「——問題ない」


「あるだろ!?」


「民がいない国に、何の価値がある」


その瞳に宿る知性と理性は、紛れもなくレオニス皇子のものだった。


――かつての自分なら、違う答えを口にしていただろう。


変わらないなら、新しくすればいい。 全部、全部壊してしまえばいい。

【魔女】の力でしか繁栄できない愚かな国など、滅んでしまえばいい――そう考えていた。


第一皇子が“魔女”を使って実験をしていることも、他国との同盟を破棄しようとしていることも知っていた。


だから、“終焉の魔女”を利用しようと近づいた。


母を殺した皇帝も、私欲に塗れた家臣たちも、憎くて堪らなかった。




『レオン』




騙して、利用するつもりだった。

それでも“ディア”は、変わらず名前を呼んでくれた。


「幸せになって欲しい人がいる――その人が笑って暮らせるようにしたい」



「……なぁ、覚えてるか?」


セオドールは、どこか懐かしい目をしてレオンを見つめた。


「お前が死んだら泣ける自信があるって言ったこと

あん時よりも、お前の周りには大切な奴が増えたよな?

そいつらを泣かす様な真似だけは——絶対にするな」


レオンは一瞬、驚いたように目を開いて静かに微笑んだ。


「……善処する」


魔女を犠牲にし、民を見捨ててまで築く国に、未来などない。









心臓が握り潰されるように傷んだ。

少しでも気を抜けば意識を手放してしまいそうになる。

それでも、クロが力を貸してくれている。


この力があれば、守れる。


守れるなら——たとえ、この身が壊れても。


そのためなら、どんな力でも使う。





レオンの肩の上でクロが小さく唸る。


「たくっ……1人で背負うなよ」


セオドールは笑みを浮かべ、大剣を握り直した。


「行くぞ、レオ」


「ああ」


二人は再び、押し寄せる影憑きの群れへと駆け出した。


■□■□


“レオニス・ルクシアを殺せ”


アルベールから命令されたのは、レオンが魔女の騎士に名乗りを上げる少し前のことだった。


『そんなことしなくとも……第一継承権はアルベール様ですが』


『継承権なんて、あんな退屈なものに興味は無いよ』


テオは手元の読みかけの本を静かに閉じ、ゆっくりとアルベールへ視線を向けた。



『お前にとって、レオニスは大切な友達なんだろ?』


アルベールが楽しげに首を傾げ、テオの顔を覗き込んでくる。

テオの指先が、一瞬だけ止まる。だが、微笑だけは崩さなかった。


『……研究対象なだけですよ』


『ふふ、嘘吐きだね……まぁ、そんな事はどうでもいいよ』


アルベールは満足そうに瞳を細め、酷く無邪気な声で続けた。


『レオニスが死んで……テオがどんな顔をするのか、僕、とっても興味があるんだ』


――純粋な興味。


ただ、それだけの理由で人は殺される。


命令に背かない、有能な駒になったとしても、アルベールは決して心を開かないと悟った。


『——それは、私も興味がありますね』


『ふふ、やっぱり……テオは“いい子”だ』


アルベールの口元が満足そうに歪む。


『お褒めに預かり光栄です』



だからこそ、笑わなければならなかった。


完璧に欺かなければならなかった。


自分の命も、プライドも、全てを賭けて。





ガチャン、と重い鉄の扉が閉まる。

ディアが反省室へ閉じ込められた、その瞬間。


テオの脳裏に浮かんだのは、レオンの顔だった。

しかし、表情には決して出さない。


「アルベール様、この後はどのように致しますか?」


アルベールは悪戯を思いついた子供のように残酷に微笑むと静かに告げる。


「好きにしていいよ?」


「……」


「僕を“裏切る”か、レオニスを“裏切る”か——楽しみにしてるよ」


アルベールが足音を響かせて去っていくのを、テオは頭を下げて見送った。

廊下に静寂が戻り、一人になったテオは、固く閉ざされた扉にゆっくりと向き直る。



――レオニスではなく、“レオン”として生きている貴方の方が、見ていて飽きなかった



脳裏に浮かぶのは、不器用で、傷だらけで、けれど真っ直ぐな姿。

恨みや憎しみに囚われ続けるよりも、仲間と肩を並べて過ごす時間を大切にして欲しい。


魔女の騎士になってからのレオンは、本当に変わった。

人間らしい温かさを取り戻した。


「……もう二度と、貴方の大切な人を奪わせません」


テオは、ディアが閉じ込められている扉の前で、拳を血がにじむほど強く握りしめた。



□■□■


玉座の間は、ひどく静かだった。

赤い絨毯の上を、一人の少年がゆっくりと歩く。


金色の髪を揺らし、父である皇帝の前まで辿り着くと、静かに膝をついた。


「……何の用だ」


皇帝は書類から目を離さない。

その瞳が、自分を見ることは未だにない。


「父上」


返事はない。

ただ、羽ペンを走らせる音だけが部屋に響いている。

変わらない姿に、アルベールは小さく微笑んだ。


「今日は、褒めていただけると思ったのですが」


「……何の話だ」


「西部の反乱を鎮圧しました

人的被害も最小限です」


「そうか」


たった、それだけだった。


「レオニスは元気か」


その一言に、アルベールの笑みが僅かに固まる。


「……ええ」


「そうか」


また、それだけ。

父の瞳は、一度もアルベールを見ない。



今日も。


明日も。


きっと、この先も。


僕は、この人の世界には居ない。




「——時の流れは残酷ですね」



玉座の間には、血の匂いだけが漂っていた。

皇帝は床へ崩れ落ち、胸には深々と剣が突き立っている。

アルベールは静かにその姿を見下ろしていた。


「……父上」


初めて。


初めて父が自分だけを見ている。


その瞳には、驚きと苦痛だけが映っていた。


「な……ぜ……」


掠れた声。

アルベールはゆっくりと膝をつき、父の顔を覗き込む。


「ねぇ、父上」


穏やかな笑顔だった。


「僕、ずっと待ってたんですよ」


皇帝の瞳が揺れる。


「褒めて欲しかった」


「……」


「見て欲しかった」


「……」


「一度でいいから……アルベールって名前を呼んで欲しかった」


声が震える。

涙が、一滴だけ頬を伝った。


「なのに」


皇帝の唇が震える。


「レ……オ……」


その瞬間。

アルベールの笑顔が、音もなく壊れた。


「……あぁ」


そうだった。


最後まで。


死ぬ瞬間ですら。


この人の中に、僕はいない。


「父上」


アルベールは静かに剣を引き抜いた。

鮮血が赤い絨毯を染めていく。


「さようなら」


皇帝は、二度と動かなかった。

アルベールはその場に立ち尽くし、小さく笑う。


「……あはは」


楽しくもない笑いだった。


「最後まで、認めてはくれなかったね」


涙は、もう止まっていた。



————

———

——

—


玉座の間には、返事をする者はもういなかった。


呼んでも、もう父は答えない。


それでもアルベールは、その場から動くことができなかった。


血が乾いた時、声が聞こえた。


「泣いているの?」


静まり返った玉座の間に、優しい声が響く。

振り返ると、一人の青年が立っていた。


人間とは思えないほど整った、美しい顔立ちをしている。


「君は悪くないよ」


たった、一言だった。


父から一度も貰えなかった言葉。


誰も与えてくれなかった肯定。



アルベールは、その青年へ視線を向けた。


「……君は」


青年は柔らかく微笑む。


「名前なんて、どうでもいいよ」


「……」


「僕は、ずっと君を見ていたよ」


その言葉を聞いた瞬間。

アルベールの頬を、一筋の涙が伝った。


「……僕は……どこで間違えたのだろうね……」


アルベールの涙が床へ落ちる。


「最後まで……認めては、くれなかった」



青年は、その姿を静かに見つめていた。


「可哀想に」


アルベールは伏せた顔を、上げる。

青年の瞳は、燃える炎のように紅く熱を帯びている。


——綺麗だと思った。


アルベールは震える手で涙を拭った。


けれど——青年の視線は逸れない。


ずっと、自分だけを見ている。


「君だけは、僕を見てくれるんだね」


青年の瞳の中に、弱く泣き虫な少年が映る。


「もちろん」


青年は優しく微笑む。


「君が望む世界を、僕が見せてあげるよ」


その手が、アルベールの頬へ触れる。


冷たい。


あまりにも冷たかった。


「だから――少しだけ、身体を貸して」


「……?」


青年の笑みが深く歪む。


「君は、もう十分頑張った」


その瞬間——胸の奥へ何かが入り込む。


「っ……!」


心臓を内側から握り潰されるような激痛。


声も出ない。


身体が、自分のものではなくなっていく。


「や……め……」


指先が動かない。


視界が黒く染まる。


「ありがとう、アルベール」


最後に聞こえたのは、優しい声だった。





20章を読んでいただき、ありがとうございました!


レオン、テオ、そしてアルベール――それぞれの想いが交錯する章となりました。

次章からも物語は大きく動いていきますので、引き続き見守っていただけたら嬉しいです!

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