第2章【小さな魔獣と死にかけの騎士~はじめての契約~】
小さな影は木の陰から少女を見ていた。
「……大丈夫」
白く長い髪を揺らし、少女は静かにこちらを見つめていた。
夜の闇の中で、その瞳だけが鮮やかな赤を宿している。
「……おいで?」
夜の森は静かで、少女の声だけが柔らかく響く。
恐る恐る近づくと、少女は嬉しそうに目を細めた。
「はじめまして」
湿った土の上に布を広げ、木の実や干し肉を食べやすい大きさにして置いていく。
漂う匂いに、思わず足が一歩前に出た。
遠くで嫌な気配がするのと同時に、「ディア」と呼ぶ声が響いた。
「……戻らなくちゃ
これ、全部食べていいからね」
どこかで聞いたことのある名だ。
木の実を噛み砕きながら、記憶を辿る。
終焉の白。“魔女”のディア。
それは悪魔のお気に入り。
夜はまだ長い。
残りの干し肉を食べ終わったら、探しに行こう。
ディア。
キミのことが、もっと知りたい。
■□■□
「おい、これ以上はふやすなと言ったよな?」
機嫌の悪いヴァルを宥めるようにディアは、肉を増量したスープを前に置く。
しかし、ヴァルの機嫌は悪くなる一方だった。
原因はわかっている。
「……だって、」
言い訳を口にする前にヴァルは、溜息を吐くと窓の外に目を向ける。
「低級の魔獣を掻き集めて、芸でもお披露目するつもりか?」
ディア自身、自覚はあった。
最近、魔獣の増え方が異常なことに。
それは、毎日のようにご飯を用意しては世話をしている自分が主な原因であると。
悪魔であるヴァルを恐れて、基本的に魔獣は近寄らないはずだった。
帝国から離れた奥に行くにつれて魔獣の力も強くなるが、ディア達が暮らしている範囲には害の少ない小型で低級の魔獣しかいない。
「……みんな、いい子だよ?」
「人の眠りを妨げる奴がいい子か?」
「この子達は奥に行くと食べられちゃうし」
「弱い奴が悪い」
「ほら!家の中には入れないって約束はちゃんと守ってるよ」
ヴァルは真っ直ぐ目を見て「ディア」 と、名前を呼んだ。
魔獣の数が増えれば、瘴気は強くなる。
魔獣は瘴気から生まれる。
人々から生まれた負の感情が時間をかけて集まり、やがて形を持つ。
植物だったり、動物だったり、カタチは様々だ。
魔獣もそのひとつだった。
殺せば消える
自然に消えることは無い存在
「はぁ、話は後だ――――客人が来る」
ヴァルの言葉が終わるのと同時にノックの音が響く。
ディアが開ける前に、ドアは外から押し開けられ、重い足音が響いた。
帝国騎士の紋章を肩に下げた男が静かに入ってくる。
ディアを一瞥し、驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「初めまして
終焉の白――ディア様の騎士に任命されました
レオン・セリウスです」
ディアは戸惑い、頭の中で言葉を繰り返す。
どこかで聞いた名だった。
挨拶を返そうと口を開くと、ヴァルがすっとディアの前に立った。
「帰れ」
その赤い瞳は冷たく、揺るぎない意思を宿している。
「ディアの騎士?
いままで閉じ込めて都合がいい時だけ使って、
今度は監視まで付けるのか」
レオンは深く頭を下げた。
「すまない
私ひとりの謝罪ではどうしようもないことも理解している
それでも、私をディア様の騎士にしてくれないか?」
ヴァルはまだ警戒を解かないまま、静かに視線を巡らせる。
だが、ディアの目が一瞬、レオンに向かう。
「……ミレイナの騎士の人に似てるんだ」
ポツリと呟いた言葉は、レオンの耳にも届いた。
「ミレイナ・ルナリア――花庭の魔女の騎士、ノエル・セリウスの兄です」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァルはすべてを理解した。
「なるほど
弟が魔女の逃亡を手助けしたから、罰としてディアの騎士にされたな
魔の森で人間が生きられるわけがない
現に、お前……気を張っていないと倒れそうだろ?」
人間であるディアが、この森で暮らせているのは、ヴァルがいるからだ。
初めて森に足を踏み入れた時のことを、ディアは思い出していた。
視界が回って、倒れた。
呼吸をしようとすれば胸が焼けた。
森に入ってくるなと言われているようだった。
ヴァルに言われるがまま、森に生えている果物や植物を手に取り、体に取り入れていくうちに、身体は少しずつ適応していった。
今では魔獣とも仲良くなり、言葉までも通じるようになっている。
「先に言っておくが、ディアは“特別”だ
大人しく帝国に戻って殺されろ」
「ッ都合がいいことをお願いしているのは……承知している
それでも、私は自分自身でディア様の騎士になると決めた」
「ディアは騎士を望んでいない」
「初めから理解を得ようとは考えていない
とりあえず、ディア様と話をさせてはくれないか?」
「俺はディアの“契約者”
ディアと同じように扱うべき相手だ」
レオンはその言葉で、ぐっと言葉を飲み込んだ。
魔女は精霊と契約して魔法を使う。
そう言われているが、全ての魔女が契約する訳ではない。
契約している魔女には精霊の刻印が刻まれ、契約すれば精霊の姿を見ることがで、大きな力を手にすることができると言われている。
力を使うためには精霊が必要なことは事実だが、実体のない精霊を見ることは誰にもできない。
それでも、魔女の持つ瞳の色に惹かれ精霊が集まる。
魔女はその精霊から力を借り魔法を使う。
しかし、ここ数百年、刻印がある魔女の話は聞かない。
ヴァルは精霊が誰の目にも見えない事を利用し『ディアの契約者 』と名乗り姿を現した。
何も無い部屋の中に突如として現れる黒い男を疑う者は一人もいなかった。
“精霊だ”とは一言も告げてないが、存在は勝手に作られる。
人ではない何かを感じるが、人型で言葉が通じる
そして何よりも
ディアと同じ瞳の色をしている
その瞳が“契約の証”だと誰かが告げれば
ヴァルはディアの精霊として認識された。
険悪な空気を崩すようにディアは声をあげる。
「ヴァル、お茶しながら話ししてもいい?」
ヴァルは返事をしなかったが、ディアの前から引き壁に寄りかかった。
ディアはレオンを椅子に座らせるとお湯を沸かし始める。
「騎士ってなにをするの?
監視ならいらないよ
逃げても“化け物”“魔物”だって殺されるだけ
私はどこにも行けないの」
テーブルの上にお茶が置かれる。
ディアも椅子に座り、1口飲んで続けた。
「なら……このまま
ここで――――ヴァルと終わりたい」
ディアの願いは単純だった。
今のままでいい。
「あなたが帰って処分されるなら
今後、任務の依頼はあなたからしか受け入れない
他の人が森に入れば死の呪いが降りかかるって言ってあげる
……報告をするだけの時間なら身体に負担は少ないでしょ?」
ディアの提案にレオンは驚いた表情を見せ、何かを言おうと口を動かしているが声にならない。
レオンは目の前のお茶を一気に飲み込むと、立ち上がりディアを見る。
その瞬間、レオンは床に倒れた。
「やるな、ディア……毒を盛るなんて」
笑いながらヴァルはレオンに近づくと「捨ててくるか?」とディアに問いかけるが、ディアは困った表情のままレオンを見ている。
「毒?、なにが……茶葉も水も帝国のもので……森のモノはひとつも」
「瘴気に触れたものは人間には猛毒だ」
「ッ、知ってたなら教えてよ!!」
ディアは声を荒らげた。
ヴァルに怒ることは何度もあった。
それでも、これほどまでに、感情を掻き乱したのは初めてだった。
「ごめッ、ごめんなさい」
苦しそうに血を吐くレオンの背中に手を置くと謝りなが優しく摩る。
「ヴァル……助ける方法知ってるなら教えて」
少しの沈黙の後、深い溜息が聞こえた。
「お茶を飲もうが飲まないが、ソレはとっくに限界だったからな?」
「ヴァル」
「魔獣と“契約”させろ
……方法は単純だ
互いの一部を喰わせろ
体の一部なら何でもいい……髪でも毛でもな」
一拍置いて、吐き捨てる。
「血はやめておけ……面倒だ」
ディアは外に飛び出すと、魔獣に頼み込む。
しかし、人間を助けるために動くモノは居ない。
他の子を探しに行こうとした時だった。
(契約すれば、ディア、悲しくない?)
声が聞こえた方を向けば、今朝見た魔獣が居た。
(ディア、喜ぶ?)
猫に翼をつけたような姿の魔獣は、ディアの足元に寄り添うと頭を擦り付ける。
(ディアが笑ってくれるなら、いいよ)
ディアはその魔獣を抱き抱えて家に戻る。
ヴァルは驚きながら魔獣とディアを交互に見た。
「……お前、本当にいいのか?」
(気に入らなかったら、食べればいい)
逃げ出さない魔獣にヴァルは、小さく笑うと魔獣の毛を容赦なく抜いた。
(ディア!ディア!この悪魔!!乱暴!!!)
「ヴァル!優しくしてよ!!」
(痛い、ディア撫でてくれる?)
ヴァルは、ディアに甘えるように擦り寄る魔獣を睨みつける。
「おい、お前が契約するのはディアじゃなくて
そこでくたばってる人間だ
チッ……まだ聞こえてるな?
このまま死にたくないなら飲み込め」
レオンの口に毛を詰め込むとヴァルは静かに告げる。
何度か噎せるがレオンの喉が鳴ったのを確認すると、こんどは魔獣の口の前に髪の毛を差し出す。
(まずい……ディア!、肉!、干し肉!!食べたい)
ヴァルは騒がしい魔獣の首根っこをつまみ上げると、レオンの上に乗せた。
「ディア、これに名を付けろ
それで契約は終わりだ」
「……黒くて、 羽が」
ディアが言いかけた、その音をなぞるように――
「“クロ”だな」
ヴァルは、そう断じた。
一歩、前に出る。
その瞬間――空気が歪んだ。
「“クロ”」
短く、名を告げる。
影が揺れる。
それだけで、
クロの存在が“そこに固定された”ような違和感が走った。
「“レオン・セリウス”の契約を――」
ヴァルの視線が、レオンに向く。
逃げ場を塞ぐような圧。
「“ヴァルディス”の名において認める」
言葉が落ちた瞬間――
影が弾けた。
(ひどい!もっとカッコイイ名前がよかったのに!!)
クロが不満げに唸る。
喜びと、不満と、執着が入り混じった濁った気配にヴァルが面倒そうに呟く。
「……気に入らないのか、ディアが付けた名だが」
ヴァルは面倒そうに目を細めた。
その瞬間――
(クロ!ボクの名前!!大好き!!)
弾けるような感情。
先ほどまでの不満が嘘のように消え、
純粋な“喜び”だけが流れ込んでくる。
「……忙しいやつだな」
ヴァルは小さく鼻で笑った。
ヴァルは、状況が飲み込めていないディアの頭に手を乗せるとぐしゃぐしゃ、と撫でるように手を動かした。
「契約は成立した
あとはアイツの体力次第だ」
その言葉を聞いて、ディアはようやく安心できた。
「ヴァル……怒鳴って…………ごめん」
頭の上から手が離れると、ヴァルは「なんのことだ?」と小さく吐き出した。
■□■□
――――やめて、行かないで
暗闇の中で必死に叫ぶ
――――お願い
叫んで。叫んで。声が枯れると、視界が白くなった。
すると、目の前に黒い水溜まりができ、黒猫が現れた。
ゆっくり近ずき、黒猫の前で止まる。
黒猫は静かに微笑んだ。
口の端が上がって、鋭い牙と、大きな翼が広がる。
猫ではない、そう感じると、視界が歪んだ。
爪先から凍りついていくように、両足の感覚が消えていく。
頭が熱い、張り裂ける。
息が苦しい、心臓が潰される。
痛い。痛い。
暴れだしそうな身体を抑えるように、拳を握れば、柔らかいモノに包まれる。
『 大丈夫』
言い聞かせるように優しい言葉が何度も聞こえると、痛みが引いて、呼吸ができた。
『 大丈夫』
声を頼りに手を伸ばせば、目が覚めた。
「……よかった、痛いところない?」
混乱する記憶を辿り、瘴気に当てられた事を思い出した。
「ディア様……?」
「ごめんなさい!!
助けるために……その、ッ……魔獣と契約させました」
ディアの腕の中から、黒い塊がガァルルと呻き声を上げる。
話を聞けば、3日間昏睡状態だったらしい。
契約と言っても瘴気が身体の中に堪らないようにする効果しかなく、命を削られることはない。
「コレから離れられない、ですか?」
ただ、契約した魔獣から離れることができない。
「コレじゃなくて“クロ”」
「……クロと四六時中行動を共にしなくてはならないと」
ディアの腕の中の魔獣、クロに触れようと手を伸ばせば威嚇され、尻尾で手を叩き落される。
(触るな、汚い)
「ディア様、どう見ても歓迎されていないのですが」
「クロ仲良くできる?」
(ディアのお願いなら、面倒を見てやる!感謝しろ!無能な人間!!)
言葉は通じない。
それでも、レオンは好かれていない事を感じ取っていた。
「ディア様」
理由はどうあれ、瘴気の問題が解決した。
「騎士として傍に居ることを許してくれますか?」
ディアの代わりに「元気になったなら、騒がしい獣と一緒に帰れ 」とヴァルが口を挟む。
(帰る?ヤダ!!ディアと一緒にいるの!!)
「私はディア様の騎士になりに来ました!」
クロとレオンの声が重なると、ディアは笑ってしまう。
(こんな弱い人間いらない!!)
「痛ッ!、おい、噛むな!!」
クロはレオンの指にがぶりと噛みつくと、尻尾でレオンの顔をぺしりと叩いた。
そのまま、するりとレオンの影の中へ沈んでいく。
「……いい隠れ場所、見つけたわね」
ディアが小さく呟く。
その様子を見ていたヴァルは、呆れたように息をついた。
「……好きにしろ」
ディアはレオンの手をそっと握る。
「よろしくお願いします」
暖かく、柔らかな手だった。
その温もりは、どこか懐かしくて――
レオンは、話に聞いていた“魔女”とはまるで違う印象を受ける。
その空気を壊すように、ヴァルが不機嫌そうに口を開いた。
「おい下僕、肉を持ってこい」
「……ヴァルディス様。私は下僕ではなく、騎士ですが?」
ディアも減りが早いことは感じ取っていた。
だからいつもより細かく刻んで、誤魔化していた。
「もう全部、なくなっちゃった?」
「低級魔獣を餌付けしたのはお前だ
帝国に行く回数が増えるからやめろと言ったのに聞く耳持たなかっただろ?」
言い争いが始まりそうな中、レオンは確認するようにディアに尋ねた。
「あの、ディア様
………動物の生き血は魔獣用ですか?」
ディアは質問の意味が分からなかったが、血を飲む趣味ないので小さく頷いた。
定期的に血を求める魔女がいると騒がれている事をレオンは知っている。
その魔女は目の前にいるディアだと言うことも分かっていた。
白髪の赤目の魔女は、血を飲む化け物だ。と、街では噂が耐えない。
レオンは、そっと辺りを見渡して息を呑んだ。
壁に吊るされた色鮮やかな木の実も、棚に並ぶ美しい草も、騎士団の教本で叩き込まれた「即死級の毒草」ばかりだったからだ。
「ディア様……この、棚にある草は、まさか魔獣避けの燻製ですか?」
そうであって欲しいと願いを込めて聞くが、ディアは首を傾げ、小首を傾げて不思議そうに答えた。
「え? あれは元気が出る薬草だよ!
すり潰してスープに入れると、体がポカポカして呼吸が楽になるの
……あ、もしかして、お腹空いてる?
クロと契約してるから食べても大丈夫かな」
屈託のない笑顔で、ディアは猛毒の詰まった瓶に手を伸ばす。
「食べないでください!! それ、人間なら一口で死ぬ毒ですから!!」
「え……? でも、この森にはこれくらいしか食べられるもの、ないよ?」
ディアの瞳はどこまでも澄んでいる。
「帝国に行けば、沢山ありますよね!?」
ディアは少し考えた後、「嫌な顔されるから」と呟いた。
レオンは言葉の意味を理解すると、言いにくそうに口を開いく。
「……利益のない無償の施しを、人は『特権』ではなく『搾取』と呼びます
帝国が強いたその歪なルールが、結果としてあなたを孤立させている」
レオンは拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように言葉を継いだ。
「……多少の対価を支払うだけで、世界は驚くほど優しくなります
まずはそこから変えていきましょう」
ルクシア帝国において、魔女は貴重な存在だ。
命を削り力を使う代わりに、国は一つの特権を与えている。
――“望まれし物は全て献げる”。
魔女が求めた物を拒むことは、処罰の対象になる。
魔女には少なくとも、生活に不自由しない金を国は渡している。
贅沢したとしても、お釣りがくる額だ。
多くの魔女は、寄付をしたり、対価を支払って物を獲ている。
しかし、ディアは違う。
定期的に来ては、必要なものを集め、森に帰っていく。
魔獣の被害はゼロになったが、損害を国が保証してくれる制度はないので、煙たがれるのも無理はないとレオンは思った。
――だが、それは本当にディアのせいなのだろうか。
レオンはふと顔を上げ、少女を見つめた。
「ここにお金になりそうなものなんて……何も無いのに、何をかえせばいいの?」
「ディア様は森の管理と魔獣の抑制を任されている身です
本来なら帝国から、生活のための資金が定期的に届けられているはずなのですが……」
ディアはヴァルに視線を向けて「お金、見たことある?」と聞く。ヴァルは鼻で笑い、「そんなもの、一度も受け取った記憶は無いな」と断言した。
「この森に来る前に『必要な物は全て言え、魔女の証であるローブを身につければ手に入る』と言っていた奴はいたな」
幼少期から、ディアはこの森で暮らしている。
暮らしている――そう呼んでいいのか、レオンは頭を悩ませた。
これは、保護などではない。名前を与えないままの「隔離」だ。
人間と関わることを許さず、閉じ込め、たまに姿を見せれば「無償で奪っていく化け物」として煙たがられるように仕向けている。
「入り口付近の肉屋にしか行かないのは、帝国の中に居たくないからですか?」
「……うん
あそこが一番、早く森に帰れるから
でも、今までお金を払ったことがなくて……
お店の人の迷惑になるなら、もう行かないほうがいいよね」
申し訳なさそうに俯くディアを見て、レオンは奥歯を噛み締めた。
「――事情は理解しました
あそこの店主とは私が話をつけます
お金のことも、私が調べますので、ディア様は気になさらないでください」
間の森に住む魔女は
白髪で赤い瞳を持ち魔獣を喰らう
決して近づいてはならない存在だ。
「………ディア様は、この国をどう思いますか?」
「ここにいれば殺されないからいるだけ」
「逃げることはできたはずです
大人しく命令を受け入れずとも
――――力を使わず、ただ普通の暮らしだって」
「どこに行っても同じだよ
人は理解できないものを“怪物”と呼ぶから
私の瞳や髪の色は普通じゃない
それに……私はこの生き方しかわからないの」
知らないだけだ。
なにも知らない、ただそれだけだ。
「ディア様」
目の前にいるのは、【終焉の白】と呼ばれ、
魔獣と同じ【赤い瞳】を持ち、
全ての終わりを告げる【白髪】をしている、
【魔女】ではない――――――ただの【少女】だ。
「ディア様が知らないと言うのならば
――私が教えます」
レオンは静かに片膝を突くと、ディアの手を壊れ物を扱うかのような手つきでそっと支えた。
レオン指先は、思いのほか温かい。
魔獣ともヴァルとも違う、温もりがある。
レオンは深く頭を垂れ、音も立てずに唇を寄せた。ひんやりとした肌の感触が唇に触れた瞬間、ディアの顔が真っ赤に染まる。
「……レオン・セリウスの名において、ここに誓約いたします
私は、ディア様を一生涯お護りします
例えディア様が道を踏み外そうと、私は命を賭して貴方様を阻みます
そしてその報いは、私が共に受けましょう
……お許しなど不要です
ただ――私にその義務を全うさせてください」
レオンが顔を上げたる。その瞳は真っ直ぐすぎて、ディアの方が気圧されてしまうような純粋な輝きを放っていた。
「――失せろ」
凍りつくような低い声。
次の瞬間、ヴァルの足がレオンの腹部を容赦なく跳ね飛ばした。
誓約の余韻を切り裂くような暴力的な一撃。
体勢を崩したレオンの首筋を、ヴァルは獣のような手つきで掴み取った。
「ディア、俺はコレを捨ててくる
大人しく待っていろ」
吐き捨てるようなセリフに、ディアは赤い頬のまま小さく頷く。
けれど胸の奥が、妙にざわついて落ち着かなかった。
■□■□
「おい、いつまで寝たフリを続けるつもりだ?」
少し歩いた所で、乱暴にレオンを離すとヴァルは殺意を込めた視線を放つ。
「敵対するつもりはないです」
地面に投げ捨てられたレオンは、何事も無かったかのように立ち上がり両手を上げると静かに笑った。
「ただの人間が魔獣と契約できるはずがない
負の感情に飲み込まれ壊れるはずだ」
ヴァルの言葉を理解するとレオンは、迷いなく答えた。
「負の感情には“憎しみ”や“怒り”も含まれてますよね?
それに元から壊れている人間が――壊れるはずないですよ」
「お前、ディアに何をさせるつもりだ」
「護ると言ったじゃないですか?
“レオン・セリウス”はディア様の騎士
これは、嘘も偽りもない、事実です」
レオンが嘘を吐いてないことをヴァルは本能で感じ取っていた。
「お前は何者だ」
黒い霧がレオンの首に巻き付いたが、表情一つ変えずにレオンは告げる。
「レオニス・ルクシア――この国の第三皇子です
ノエルの兄というのも、嘘ではありませんよ
……血縁としては従兄弟ですが
ディア様の騎士に志願したのは、この国を変えるためです」
国を変える、その言葉にヴァルは声を上げて笑った。
「お前ごときに何ができる
何百年も腐り続けた国が、そう簡単に変わるとでも思ったか?」
「変わらないなら、新しくしましょう
全部、全部、壊してしまえばいい
【魔女】の力でしか繁栄できない愚かな国なんて滅んでましまえばいいんですよ」
「お前のくだらない夢物語の為にディアを利用するな
ヴァルの瞳に、はっきりとした殺意が宿る。
「あいつは、この国の道具じゃない」
「……ヴァルディス様、そんなに敵意を向けないで下さい
第1皇子が少し厄介な計画を進めているので、邪魔をする必要があったんです
その為には、この方法しかなかった
瘴気で死にかけるのは予想外でしたが」
「ディアに手を出せば――殺す」
「ヴァルディス様が手を出す前に、俺はクロに喰われますね」
レオンが自身の足元に視線を向ければ、赤い瞳が睨んでいた。
――まるで、その本心を見透かすかのように。
読んでいただきありがとうございます。
新キャラのクロと、レオンが登場しました。
少しずつですが、物語も動き始めています。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




