16章【渇いた村と囚われた声 ~救いを求めるもの~】
揺れる馬車の窓から、景色が少しずつ乾いた茶褐色へと変わっていく。
草木は枯れ、風さえも砂埃を運ぶばかりだった。
帝都への道中、ひどく寂れた村の境界へと差し掛かった。
「……お願いです、そこの馬車! 止まって、どうか止まってください……!」
突然、行く手を遮るように、枯れ木のような腕を突き出した老人や、泥にまみれた子供たちが馬車の前に飛び出してきた。
御者席に座っていたテオが手綱を強く引き、馬車が急停止する。
「何事ですか」
レオンが険しい顔で外へ出ると、村人たちは地面に一斉に平伏した。
「どうか、お慈悲を……!」
「この数ヶ月、一滴の雨も降らず、井戸も川も干上がってしまいました」
「このままでは、子供たちが飢えと渇きで死んでしまいます……!」
ひび割れた大地。濁った瞳。差し出された、カサカサに乾いた小さな手。
馬車の中にまで届くその悲惨な声に、ディアはそっと自分のローブのフードを深く被り直した。
魔女は、その素顔をみだりに人に晒してはならない。顔を見せていいのは、魔女同士と、『魔女の騎士』の前だけ――それが、厳格な決まりだったからだ。
だが、平伏していた老人が、馬車の隙間から覗く、深くフードを被ったディアの異質な姿に気づいてしまった。
「あ……ああ、まさか、貴女様は……『魔女』、様です!?」
老人の震える声が響いた瞬間、絶望に沈んでいた村人たちの空気が、弾かれたように一変した。
「魔女様……! 魔女様が来てくださったぞ!」
「これで、助かる……!」
「魔女様が何とかしてくれる! 乾いた大地に、雨を降らせてくれるんだ!」
村人達は再び馬車へと群がり、窓や扉を激しく叩きながら、縋り付くように声を上げる。
【魔女は人々の為に力を使えば人間になる】
天から与えられた奇跡の力。
私利私欲の為に使う者は、やがて地に還る。
目の前の大人たちには、悪意なんて一滴もない。ただ、そう教えられているだけだ。
“魔女”という存在を都合よく利用する為の残酷な“嘘”を信じている、ただそれだけの事。
「……ぁ」
ディアの口から乾いた声が微かに溢れた。
母親の腕の中で、ぐったりと力なく目を閉じている小さな赤ん坊。
その小さな胸は、今にも動きを止めてしまいそうだった。
嘘の教えに縋っているとはいえ、彼らが今、命の危機に瀕しているのは紛れもない事実だった。
「……ッ」
雨を降らせて、この渇いた大地を潤す、そんな大それた奇跡を起こす力なんてどこにもない。
ディアの胸は、冷たい氷を押し当てられたように締め付けられていく。
その時だった。
バァン!! と、馬車の扉が勢いよく開けられた。
「ちょっと! さっきから聞いてれば、騒がしいのよ!!」
怒鳴り散らしながら飛び出していったのは、シーナだった。
村人たちをキッと睨みつけ、馬車の前に立ちはだかる。
「水が出ないなら井戸を掘り直すなり、帝都に訴えに行くなり、自分たちでやれることがあるでしょう!?『魔女』だからなに?縋り付いてんじゃないわよ、情けない!」
シーナの怒声に、村人たちは唖然として言葉を失った。
「……これだから“暴虐氷魔女”と呼ばれるんですよ」
テオはシーナを止めることはせずに、呆れたように呟く。
「シーナ……」
フードの奥で、ディアは驚いて目を見開く。
レオンはシーナの気迫に押されつつも、庇うようにシーナの前に立った。
「下がれ」
低く、威圧感のある声が響き渡る。
一瞬で場を支配する騎士の気迫に、騒ぎ立てていた村人たちがビクリと肩を揺らし、動きを止めた。
「困窮しているのは理解している
だが、許可なく力を使わせることはできない」
「そ、そんな……!」
「騎士様、そこをなんとか……っ!」
「魔女様の力があれば、この村は救われるのです!」
村人達が涙を流しながら縋り付こうとするが、レオンも引くわけにいかなかった。
「……これ以上馬車に近づくなら、制圧します」
「そんなの酷すぎるわ……っ!」
母親が赤ん坊を抱き締めながら絶望の声を上げるが、レオンは表情一つ変えない。
ただ、耐えるように指先を強く握りしめてる。
「レオ」
重苦しく染まった空気を壊すように馬車から飛び出して来たのはセオドールだった。
「困ってる人を目の前にして、背中向けて通り過ぎるなんて真似するな」
セオドールはレオンの肩をグイと押し退けると、地面にへたり込んで泣いている母親と赤ん坊の前に歩み寄り、膝をついた。
無意識の行動だろうが、それは目線を合わせるためだとレオンは知っている。
「水源が詰まっているなら、剣で岩ごとぶっ叩いて壊してやる」
「はぁ!? あんた本当にバカなの!?
力任せにどうにかなるわけ――」
シーナが呆れ果てて声を上げるが、セオドールは全く気に留めずに、親指で自分の胸をドンと叩いて笑ってみせた。
「そんなの、やってみなきゃ――わからないだろ?」
「セオドール団長、勝手な行動は困ります」
「お前だって……“助けたい”って顔してる癖に何言ってんだ」
重苦しい沈黙が辺りを包み込もうとした、その時だった。
「――そこまでにしましょう」
馬車の影からテオが、静かに告げた。
怯える村人たちと、困惑するレオンを交互に見据え、テオは静かに微笑む。
「テオ」
「一滴の雨も降らず、井戸も川も干上がった、ですか」
テオはひび割れた大地を踏み締めると、冷徹な、けれどすべてを見透かすような声で呟いた。
「この周辺の異常気象について報告するなら、実際に現状を見た方がはやいですよ」
「調査する気か?」
レオンが問いかけると、テオは小さく頷いた。
「ええ、ただの天災ではない可能性があります
――それに……“暴虐魔女”は優しさの欠片もなく我々を見捨てた、なんて噂が広がるのは困りますし」
テオの視線は、シーナに向けられていた。
「ッ、だってコイツら自分たちは何もしてない!!
私達をただ利用しようとしてるだけよ!!」
「シーナ、無知は罪ではありません
それよりも……フィオナを放って置いて良いのですか?」
その言葉にシーナは黙って馬車の中へ戻っていく。
テオは馬車の扉が乱暴に閉まった事を確認すると、レオンとセオドールに視線を向けた。
「レオン様
先を急ぐお気持ちは分かりますが、この先の村も全滅していれば、馬が潰れます
ここで原因を突き止め、状況を把握しておく方が、結果的に最短で帝都へ着けると思いますよ」
テオは声を潜め、レオンにだけ聞こえる音量で告げた。
「アルベール様が、我々の進路を制限するために仕掛けた“嫌がらせ”の可能性もあります
出方を探る意味でも、ここで水源の異変を暴いておくのは合理的では?」
レオンは苦々しく奥歯を噛み締めた。先を急ぎたい。だが、目の前の異変を無視して進むことは、ディアをより大きなリスクに晒すことに繋がる。
「――わかった、現状を確認しよう」
「決まりですね
まずは村の水源の調査へ向かいましょうか」
■□■□
村の奥にある水源の洞窟――かつては豊かな湧き水があったであろう場所は、今や無残にひび割れ、奥からは生暖かい不気味な風が吹き抜けるだけだった。
「……これは、岩が詰まってるわけじゃねぇな」
「奥の通路から水が一滴も流れてませんね」
セオドールが松明の淡い光で洞窟の奥を照らしながら、悔しそうに頭を掻く。
レオンは険しい顔で壁面の土を指で触るが、湿り気すら全く感じられない。
念入りに調べたものの、ただの干ばつにしては不自然すぎる、けれど物理的な原因がどうしても見つからなかった。
「あの……」
心配そうに様子を見ていたフィオナが、おずおずと小さな手を挙げた。
「……姉様、少しなら私も役に立てると思うのです」
ィオナはそっと両手をかざした。
優しく口遊ぶように魔法を紡ぐと――その手元に、きらきらと輝く小さな“水の球”がふわりと浮かび上がった。
フィオナは無から水を生み出すことができる。
――ただし、その大きさは、せいぜい果実一つ分。
ぐったりとした赤ん坊の喉を少し潤すことはできても、この広大な、枯れ果てた村の大地を潤すことなど到底できない。
「ダメよ」
シーナが即座に、鋭い声でそれを遮った。
「どうせ、足りないと騒ぎだすに決まってるわ」
「でもっ」
「あいつら、一口飲んだら次は『もっと寄越せ』『畑にも撒け』って、フィオナを枯れるまで使い潰すわよ」
「……姉様、目の前で倒れている人がいるんですよ?」
「ダメなものはダメ!
――それに体力が持たないでしょう?」
フィオナが悲しそうに眉をひそめると、傍らに静かに佇んでいたエミリアも、諦念の混じった瞳で静かに同意するように頷いた。
「シーナの言う通りです
下手に手を貸せば、かえって反感を買う恐れがありますよ
中途半端な希望は、時に悪意よりも残酷な暴動を引き起こします
――人間とは、そういう生き物です」
エミリアの言葉には、重すぎる拒絶の重みがあった。
「……時間切れですね」
レオンが懐中時計の蓋をパチンと閉め呟いた。
「引き返しましょう
日が暮れます
松明の明かり一つでは、これ以上の調査は難しい」
足元の覚束ない暗闇のなか、何が潜んでいるかも分からない場所にディア達を留まらせることは絶対に容認できなかった。
「今夜は一度、村で夜を明かします
――明日、私とセオドールで再び調査をしますので
テオは馬車でディア様達の護衛を頼みます」
「ええ、それが賢明でしょう」
テオが眼鏡の奥の目を冷たく光らせ呟いた。
「――やはり、ただの天災ではありませんね」
■□■□
ゆっくりと洞窟の外へ向かって歩き出す。
出口が見え、完全に外の空気へ触れた、その瞬間だった。
(……く、るし……い……)
「っ!」
脳裏に張り付くような、酷く歪んだ“声”が響いた。
ディアは弾かれたように足を止める。
驚いて周囲を見回すが、レオンも、テオも、セオドールも、誰もその声に気づいた様子はない。
ただ暗い夜道を歩いている。
聞こえるのは、ただ一人、ディアだけだった。
(たす、け……て……熱い、の……苦しい……っ)
あの闇の奥で、何かに苛まれ、苦しんでいる子がいる。
ディアが洞窟の奥へ振り返ろうとすると、強い力で手首を掴まれた。
「……ヴァル?」
隣を歩くヴァルが、何も言わずに、ディアの細い腕をしっかりと掴んでいた。
その冷たい切れ込みのような瞳は、洞窟の奥を見ようとするディアの視線を遮るように、真っ直ぐ前だけを向いている。
――余計なものは見るな、余計な声に耳を貸すな
口に出さずとも、その強い手の平の緊張が、ディアにそう告げているようだった。ヴァルはただ無言のまま、拒絶するようにディアを引っ張り、夜の村へと歩かせた。
ディアは掴まれた手首を見たあと、一度だけ後ろを振り返る。
闇に消えていく洞窟の奥からは、今もなお、小さな悲鳴が聞こえ続けていた。
村に戻ったディア達は、村長の計らいで、辛うじて空いていた民家の一室を寝床として借りることになった。
水不足で困窮している村だ。
用意された部屋数は、当然のように限られている。
「申し訳ありませんが、貸せる部屋はここ一つしか……」
申し訳なさそうに頭を下げる村長に、レオンは短く首を振った。
「構いません
部屋は彼女たちに使わせて貰います
我々は、馬車で夜を明かすので気にしないで下さい」
「護衛はどうする?」
セオドールの言葉にシーナは「必要ないわ」と言い切った。
「別に部屋の中に入れろなんて言わねぇから安心しろよ」
「部屋の前に居ることも、鬱陶しいのよ」
「セオドール様、シーナは我々にも“休んで”欲しいそうですよ」
セオドールは意味を理解すると、笑ってシーナの頭を撫でる。
「気を遣わせて悪い……ありがとな!」
シーナは容赦なくセオドールの手を叩き落とすと、部屋に入って行った。
「……ちょっと、なんでアンタまで当然のように入ってこようとしてるわけ?」
シーナが腰に手を当てて、部屋の敷居をまたごうとするヴァルをキッと睨みつける。
だが、ヴァルはシーナの威嚇など気にした様子もなく部屋の奥へと進み、ディアのすぐ隣にどっかりと腰を下ろした。
「ねぇ!!聞いてるの!?ここは女子部屋よ!」
「シーナ、無駄ですよ
彼がディア様の傍を離れるはずがありません」
エミリアが苦笑しながら部屋の隅に腰を下ろした。
部屋の外に居るレオンですら、諦めたように視線を逸らしている。
このまま言い争いを続ければ“2人で馬車を使う”事態になりそうで、シーナは溜め息を吐いた。
「……はぁ、もう、好きにしなさい
ただし、夜中に少しでも怪しい動きしたら――殺す」
バタンと静かに扉が閉められる。
結局、狭い一室の中に、シーナ、フィオナ、エミリア、そしてディアと、その傍らにぴったりと寄り添うヴァルが雑魚寝する形になった。
小さなランプの灯りが静かに揺れる。
昼間の村人たちの姿、そして洞窟の奥から聞こえた苦しんでいる魔獣の声。
いくつもの重い思考が頭を巡り、ディアは深く被ったフードの奥で、静かに夜の静寂を見つめていた。
■□■□
エミリアは、眠る支度を始めるシーナの姿を静かに見つめた。
「……不思議ね」
ぽつりと漏れた声に、フィオナが首を傾げる。
「何がですか?」
「貴女達は、私を拘束しないのね」
小さなランプの灯りが揺れる。
エミリアは自嘲するように笑った。
「逃げるなら、逃げればいい――そう思っているのでしょうけど」
その言葉に、シーナは「私なら逃げるわ」と笑っていた。
「魔女殺しは“大罪”よ
どんな理由があろうとも極刑は免れない」
エミリアは「そうね」と笑って続けた。
「何故こんなにも大人しく着いて来ているのか、自分でも不思議なの」
ディアは布団代わりの毛布を抱きしめながら、小さく首を傾げる。
「逃げたいの?」
エミリアは視線を伏せた。
答えは、自分でも分からない。
すると、フィオナが小さく笑った。
「逃げたいなら、協力します
私は、エミリア様が悪い人だとは思っていません」
「……随分と、お人好しなのね」
「よく言われます」
フィオナは優しく微笑んだ。
その笑顔を見つめながら、エミリアはぽつりと呟く。
「魔女は、この国ではとても大切な存在ですもの」
その声音には、どこか皮肉が滲んでいた。
「“隠す”ことも、“殺す”ことも許されない」
その瞬間。
シーナの表情から、笑みが消えた。
「……許されない?」
シーナの声が低く響いた。
握り締めた拳が震える。
フィオナも静かに目を伏せた。
「……そうね、隠すことも大罪よ
だって……私達のお父様とお母様は――殺されたもの」
部屋の空気が、静かに沈んだ。
「私達が魔女だって分かった日、お父様とお母様は隠してくれたんです」
フィオナがぽつりと語り始める。
「誰にも見つからないように
誰にも知られないように」
けれど、それは長くは続かなかった。
密告だったのか。
偶然だったのか。
今となっては分からない。
ただ――ある日、帝国の人間が家へ来た。
「お父様は逃がそうとしてくれて
お母様も、私達を抱き締めて隠してくれた」
「でも、無駄だったわ」
シーナが吐き捨てるように言う。
目を閉じる。
焼き付いている。
血の匂いも。
悲鳴も。
倒れた両親の姿も。
全部。
「目の前で殺されたの」
誰も言葉を挟まない。
フィオナは毛布を握り締めて続けた。
「そのあと私達は連れて行かれて――テオ様に救われました」
「フィオナ、あいつは私達が珍しかっただけよ」
「姉様……でも、処分されそうな時に手を差し伸べてくれましたよ」
「ッ、そうだけど」
「テオ様は今も私達を見捨てることなく……一緒に居てくれています
何を考えているのか、未だによく分かりませんけど」
「ほんと……変な人なのよ」
シーナの脳裏に浮かぶのは、両親の名を捨てようとした時の記憶。
――魔女を隠した罪人の名など捨てろ
――魔女に家など必要ない
――忘れろ
何度もそう言われた。
“グラシエ”
魔女として生きるには必要ない名。
声に出せば殴られ、罵倒が飛び交う。
けれど――テオだけは違った。
『その名前は捨てる必要はありません』
淡々とした声だった。
まるで当たり前のことを言うみたいに。
『貴女達が誰だったのか忘れないためにも、グラシエを名乗りなさい』
テオが騎士になった日からだった。
“罪人の娘”と囁く声が、消えたのは。
けれどシーナは知っている。
人間の本音が消えたわけではない。
ただ、口に出せなくなっただけだ。
「人間なんて嫌いだし、今でも信用してない」
その言葉に嘘はない。
両親を奪ったのは人間だ。
魔女を利用しようとするのも人間だ。
シーナは隣にいるフィオナの頭を、ぽんと軽く叩いた。
「私は魔女だろうが、人間だろうが、どうでもいいのよ」
フィオナが少しだけ困ったように笑う。
シーナは視線を逸らしたまま続けた。
「――フィオナが笑っていられるなら」
それだけでいい。
その一言だけは、驚くほど優しかった。
ディアは毛布を抱き寄せる。
家族を知らない自分には、その痛みの全てを理解することはできない。
それでも――。
フィオナを見つめるシーナの瞳が、とても優しいものだということだけは分かった。
■□■□
小さなランプの灯りは消えていた。
部屋は完全な暗闇と静寂に包まれている。
規則正しいシーナとフィオナの寝息。少し離れた場所から聞こえる、エミリアの静かな息遣い。
みんなが深い眠りに落ちたことを確認し、ディアはそっと、横たえていた体を起こした。
……ごめんなさい
心の中で小さく謝りながら、音を立てないように、外したばかりのローブを手に取る。
フードを深く被り、自らの素顔を闇の中に隠した。
どうしても、あの声が耳から離れない。
“苦しい ”“助けて”と泣いていた、あの悲しい声。
明日の朝まで待てば、レオン達と一緒に行く事もできる。けれど――もし、今も苦しんでいるのだとしたら、明日の朝では遅すぎるかもしれない。
何もできないかもしれない。
それでも、確かめずにはいられなかった。
ディアが音もなく静かに扉へと一歩を踏み出した、その時だった。
闇の中から、音もなく影が立ち上がった。
「っ……!」
ディアは小さな悲鳴を慌てて両手で押さえた。
薄暗い月光を浴びてヴァルの赤い瞳が光る。
ディアが動くのを、ただ静かに待っていたかのように。
「……ヴァル」
ディアは咎められるのを覚悟して、ヴァルを見上げる。
けれど、ヴァルは何も言わなかった。
ヴァルはディアを追い越して先に扉を開ける。
「……ありがとう、ヴァル」
ディアの唇から、小さく、けれど確かな信頼の乗った笑みが溢れた。
外に出ると、冷たい夜風が二人のローブを揺らす。
少し離れた場所に停まっている馬車の中からは、セオドールのいびきが微かに聞こえてくる。
レオンたちを起こさないよう、二人の影は静かに、けれど迷いのない足取りで、月明かりに照らされた不気味な洞窟へと向かって消えていく。
16章を読んでいただき、ありがとうございました!
次回はいよいよ、夜の洞窟へ――。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!




