9章【突然の来訪者と信じる少女 ~救済の光~】
空気が、焼けるように歪んでいた。
轟音が遅れて響く。
――雷撃
森の一角が白く弾け、木々が根元から吹き飛んだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
肩で息をする少女の瞳は、もう焦点を結んでいない。
髪はところどころ色を失い、灰のように褪せていた。
「撃て」
背後から、監督役の騎士が淡々と命じる。
振り返らなくても分かる。
自分の“騎士”の声だ。
「前線は押している――もう一撃だ」
「……っ、や……」
喉が焼ける。
声が出ない。
「撃て」
短い命令。
逆らう理由も、力も、もう残っていない。
震える腕を持ち上げかけた、その時――
視界の端で、別の光が弾けた。
「……え」
隣で戦っていた魔女が、音もなく崩れ落ちる。
氷のような光が消える。
瞳は開いたまま、何も映していない。
色が、抜けていた。
まるで最初から、そこに何もなかったかのように。
「次だ」
声は変わらない。
「前を見ろ」
「……あ、あ……」
理解してしまった。
――次は、自分だ
足が、勝手に動いていた。
森の奥へ、転びそうになりながら駆ける。
「はぁ……っ、はぁ……っ……!」
――死にたくない
ただ、それだけだった。
どれくらい走ったのか分からない。
足がもつれ、少女は地面に崩れ落ちた。
呼吸が追いつかない。
視界が揺れる。
「……っ、……だれか……」
その時だった。
「――大丈夫ですよ」
柔らかな声が、降ってきた。
「……え……?」
顔を上げる。
そこには、白い衣を纏った人影が立っていた。
優しい光を背にしたその姿は、まるで――――ここに来るのを待っていたかのようだった。
「……たす、け……」
伸ばされた手を、反射的に掴む。
「もう、大丈夫です」
穏やかな声。
「私たちは“教会”の人間ですから」
助かったんだ、と。
身体の力が抜けていく。
抱き上げられる。
腕が、思っていたよりもずっと柔らかくて。
冷えた身体に、その熱がじわりと染みていく。
「よく、ここまで逃げてきましたね」
「……うん……」
涙が、零れた。
――もう、戦わなくていい。
――もう、削られなくていい。
「……あの……わたし……」
「ええ、分かっています」
優しく、遮られる。
「もう、頑張らなくていいんですよ」
その言葉に、瞳が揺れた。
「……ほんと……?」
「ええ」
微笑む。
「これ以上、苦しまなくていい」
――だから
終わらせてあげる
「安心して、“解放”されてください」
一瞬。
何かが、首元に触れた。
次の瞬間
世界が、音もなく、ずれた。
音が消える。
光が遠ざかる。
温もりが、途切れる。
「……あ」
何が起きたのか、分からないまま。
少女の身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
血が、地面を濡らす。
白い衣の女は、手にした刃の血を払うと、何事もなかったかのように呟いた。
「……これで、貴方は“自由”ですよ」
風が、静かに森を撫でていく。
そこにはもう――
誰の声も、残っていなかった。
■□■□
「……中央で、また二人の魔女が『廃棄』されたようですね」
書類に目を落としたまま、テオが何でもないことのように告げた。
机の向こう側で、レオンの手が、わずかに止まる。
――“廃棄” その言葉だけは、何度聞いても慣れない。
レオンは視線を上げ、窓の外を見つめた。
そこには――何も知らずに笑っているディアのいる、深い森が広がっていた。
「それで……優先順位の上書きは終わりましたか?」
テオは眼鏡を指で押し上げ、冷ややかな笑みを浮かべた。
終焉の白は、不安定な存在だ。
再現性も低く、制御も不完全。
単独戦力としての価値は高くない――
それは、すべて“事実”だ。
――並べ替えるだけでいい。
国境では魔獣の活性化が進んでいる。
前線の戦力は不足している。
即応戦力の再配置が必要――
それもまた、事実だ。
――押し出せばいい。
ディアを見る余裕など、与えなければいい。
調査部隊の進路。
監視網の配置。
報告の経路。
すべてを、わずかにズラす。
森は“高危険区域”として封鎖されている。
不用意な接触は、禁じられる。
――誰も辿り着けない場所にする。
「これで、時間は稼げる」
それが、どれほど危うい綱渡りか。
理解していないわけではない。
けれど――
「……それでいい」
レオンは小さく、吐き捨てた。
扉が、静かに閉まる。
室内の気配が途切れたのを確認してから、テオはわずかに足を止めた。
「……まだ、知らないんですね」
誰に向けるでもない、低い独り言。
“廃棄”という言葉には反応があった。
だが――“中央”には、何の揺らぎもない。
その差が、答えだった。
「……なるほど」
小さく、笑う。
期待と、失望が、半分ずつ混ざったような声音。
「貴方が見ているものが、すべて“真実”である保証は……
どこにもないんですよ」
眼鏡の奥で、瞳が細められる。
「――だからこそ」
かすかに口元が歪む。
「面白い」
足音が、再び廊下に響き始める。
その背中は、どこまでも軽やかで――
まるで、先に結末を知っている者のようだった。
■□■□
薄く差し込む光が、石造りの室内を静かに照らしていた。
高い天井。
冷えた空気。
音を吸い込むような静寂。
その中心で、一人の女が書類を閉じる。
「……確認しました」
淡々とした声。
向かいに立つ男が、小さく頷く。
「対象は、“終焉の白”」
その名に、空気がわずかに揺れた。
「帝国側では、まだ“保護対象”として扱われているようです」
「ええ」
女は微笑む。
その瞳は――淡く光を帯びた、“淡金”をしていた。
人のものとは違う。
けれど、あまりにも穏やかな色。
「だからこそ、です」
紙を指でなぞる。
「不安定、再現性なし、制御不能」
一つずつ、言葉を落とす。
「――“苦しみ続ける存在”です」
静かな断定。
男は、わずかに視線を伏せた。
「できれば……回収が望ましいのですが」
女は静かに微笑むと、男の言葉を否定するように告げた。
「“救済”します」
その言葉に、迷いはなかった。
「力に縛られ、削られ続けるだけの命など……
長く引き延ばす方が、残酷でしょう?」
穏やかな声音。
まるで、本気でそう信じているかのように――その瞳は揺るがない。
「……ですが
現在、騎士団の監視下にあると」
「問題ありません」
「しかし――すでに“森”は高危険区域として封鎖されています」
外から近づく者はいない
内側から出ることもない
――誰も、辿り着けない場所
だが
例外もある。
「我々が“救いを求める者”の元へ向かうことは……
誰にも咎められませんよ」
男は、息を呑む。
その理屈は、あまりにも正しく――歪んでいた。
「怯えているでしょうね
逃げ場もなく、ただ“消費される未来”だけを見せられて」
女は、一歩、歩き出す。
「――だからこそ」
その唇が、わずかに弧を描く。
「終わらせてあげましょう」
救うように
赦すように
優しく
残酷に
「苦しみからの、解放を」
扉へと手をかける。
差し込む光が、その姿を白く縁取った。
「終焉の白――貴女にも、自由を」
扉が、静かに閉じた。
■□■□
(ディア!)
黒い毛玉のような下級魔獣――クロが、弾んだ声と共にディアへ飛びつこうとした。
それは、この場所では見慣れた光景のはずだった。
しかし
(――っ、ガッ!?)
その小さな体がディアに届く寸前。
ヴァルが、背後から音もなくクロの首元を掴み上げた。
(なにしやがる!! はなせ!!)
空中で手足をバタつかせ、必死に抗議するクロ。
だが、ヴァルはその叫びを歯牙にもかけず、苛立ったままの手つきで、傍らに立っていたレオンへとクロを投げつけた。
「ッ痛……!?」
(うぁ!!! いたい!!)
レオンの胸元に直撃したクロが、重なり合うように悲鳴を上げる。
状況が掴めず、混乱した表情のレオンに対し、ヴァルは氷のような視線を向けたまま、静かに、けれど逃げ場のない圧を込めて告げる。
「消えろ」
「ヴァル、待って……クロに意地悪しないで」
ディアが慌てて割って入り、レオンの腕から転がり落ちたクロを抱きしめる。
ディアは困惑したように、ヴァルの赤い瞳を見つめた。
「低級魔獣に関わるなと言ったはずだ」
「そう言って……外に来てくれた子たちにも会わせてくれない
今日のご飯、まだあげてないのに」
「アイツらは喰わなくても死にはしない――問題ないだろ」
ヴァルの返答は、あまりにも極端で独善的だった。
ヴァルはディアの肩を抱き寄せ、まるで外界のすべてから隠すように、その細い体を自分の影に閉じ込める。
「クロはただ懐いているだけですよ
襲う気配なんて、微塵もない」
ようやく状況を整理し始めたレオンが、呆れたように口を開いた。
「……貴様に何が分かる」
ヴァルの瞳が、獰猛な紅に染まる。
「一瞬でも目を離せば、何が起きるか分からない」
一度ディアを奪われ、「色を失いかけた」あの光景が、ヴァルの脳裏に焼き付いて離れない。
「……過保護にも限度がありますよ、ヴァルディス様」
レオンの呟きは、不気味に静まり返った森の空気に吸い込まれていく。
わずかな沈黙の後。
「……何か、あったんですか」
レオンが、静かに問いかける。
責めるでもなく、ただ事実を確かめるような声音だった。
ヴァルの腕の中で、ディアが小さく首を傾げる。
無垢な反応。
それを一瞥し、ヴァルは視線をレオンへ向ける。
その瞳は、冷え切っていた。
「……関係ない」
短く、切り捨てる。
それ以上の言葉を拒むように、ディアを抱き寄せる腕に力がこもる。
「……そうですか」
レオンはそれ以上踏み込まなかった。
ただ一つだけ、確かな違和感が残る。
――あれは、“守る”ではない
静かな確信が、胸の奥に沈んでいった。
ディアは、その空気に気づかないまま、ただクロを抱きしめていた。
■□■□
「……それで、お前は何をしに来た?」
ヴァルの問に、レオンはわずかに視線を伏せる。
そして――口を開いた。
「……しばらくの間、森から出ないでください」
レオンの声は、いつもよりわずかに低かった。
「……どうして?」
ディアは、少しだけ首を傾げた。
レオンは一瞬だけ言葉を選び、静かに続ける。
「数日前にシーナ様が森で暴れましたよね?
その件で、上層部が揉めています
……少し確認したいこともあります
こちらに来る頻度は、落ちると思ってください
生活に不自由がないようには手配しますので」
「来れなくなるの……?」
不安そうに揺れる声。
「完全に来ないわけではありません
ですが、今までのようには難しいでしょう」
ディアは、少しだけ俯く。
それでも――小さく頷いた。
「……できれば、外に出るのも、極力控えてくれると助かります」
それだけ告げて、会話を切る。
――守るための制限
それが、どこまで意味を持つのかは分からないまま。
■□■□
(やだやだやだ!!)
クロが、地面を転がるように暴れる。
理由は分かっている。
レオンが、しばらく森に来ないからだ。
(遊びたいの!!!)
「クロ……」
困ったようにディアがしゃがみ込む。
( ちょっとだけ!!ちょっとだけでいいから!!)
必死に訴えるクロの様子に、ディアは小さく笑った。
「……ちょっとだけ、ね?」
(やった!!)
ぱっと弾けるように飛び上がるクロ。
ディアはヴァルに視線を向けた。
「家が見える範囲ならいい」
ヴァルの言葉に、ディアは頷くとクロと共に外へ向かった。
その後ろに続こうとしたレオンは何故かヴァルに止められる。
「残れ」
「しかし……クロが」
クロは、レオンから離れすぎることができない。
見えなくなるほど離れれば、胸の奥にざらついた違和感が走る。
それ以上は、本能が拒む。
「この距離なら問題ない」
ヴァルがそう言い放つと、レオンは大人しくヴァルに視線を向けた。
■□■□
「外を教えておいて――閉じ込めるのか」
ヴァルの低い声が、静かに落ちる。
「不用意に出歩かれるよりは、此処にいる方が安全です」
「貧弱魔女が来たばかりだが?」
――シーナの襲撃の件だ。
レオンは拳を握るとヴァルの目を見て答えた。
「管理不足だったことは認める
……だが、帝国より此処の方が安全だ」
窓の外に目を向ければ、木々の隙間からディアの姿が見える。
ヴァルは静かに告げた。
「――ここも“安全”だと思い込むな」
ヴァルの声は、低く落ちた。
そのまま、何も続かない。
ただ――それだけで終わる。
レオンは、わずかに眉を寄せる。
「……何かあったのか」
短く、問う。
だが――ヴァルは、答えない。
視線を外すこともなく、ただ静かに、窓の外を見ていた。
その先にいるのは――ディアだ。
「……」
レオンは、言葉を探す。
だが、次に出てきたのは別のものだった。
「……いや」
小さく、首を振る。
“聞いても答えない”
そう判断した。
それでも。
胸の奥に、何かが引っかかる。
ただの忠告ではない。
根拠のない警戒でもない。
――知っている言い方だ
レオンは、無意識に拳を握る。
何かがあった。
しかも、それは。
すでに起きている。
「……」
再び、ヴァルを見る。
その横顔は、何も語らない
感情すら、見せない
ただ一つだけ分かるのは。
――同じことは、二度と起こさせない
それだけだった。
レオンは、ゆっくりと視線を落とす。
「……了解しました」
それ以上は、踏み込まない。
それでも、確かに残った違和感だけは、消えることがなかった。
■□■□
外は、静かだった。
あまりにも、静かすぎるほどに。
「クロ、待って……!」
(ディア! はやく!!)
小さな影が駆け回る。
ディアは笑いながら、その後を追った。
――その瞬間
風が、止まる。
「……あれ?」
足が、止まった。
音が、ない。
さっきまで聞こえていたはずの気配が、すべて消えている。
クロも、ぴたりと動きを止めた。
(……なにか、へん……?)
低く唸る。
ディアを護るように、一歩前に出る。
「――大丈夫ですよ」
柔らかな声が、降りてくる。
振り返る。
白い衣を纏った女が、そこに立っていた。
この森の中では、あまりにも場違いな姿。
けれど――違和感はなかった。
深く被ったフードと、背後から差し込む光のせいで、その瞳の色までは分からない。
「……誰?」
優しい光を背にしたその姿は、
まるで――ここに来るのを待っていたかのようで。
怖い、とは思わなかった。
「……あっ」
ディアは、思い出したようにフードを深く被る。
「はじめまして、“終焉の白”」
女は、静かに微笑んだ。
「私はエミリアです」
深く、丁寧に頭を下げる。
「本日は――貴女に“真実”をお伝えするために参りました」
その声音は、あまりにも穏やかで。
疑う理由など、どこにもなかった。
「魔女の力を使い続ければ、貴女は命を落とします」
静かな断定。
ディアは、一瞬だけ目を瞬かせて――小さく、頷いた。
「……うん、知ってるよ」
あまりにも、あっさりとした返答。
クロが、わずかに息を呑む。
エミリアの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
「何度も、見てきたから」
ディアは、どこか遠くを見るように呟いた。
「みんな……最後は、動かなくなって――」
言葉は、そこで途切れる。
それ以上を、言う必要はなかった。
ほんの一瞬だけ――
エミリアの表情に、かすかな悲しみが滲んだ。
「……そうですか」
静かに、息を吐く。
「それでも、貴女はここにいる」
ディアは、少しだけ困ったように笑った。
「だって……そうするしか、ないから」
その答えに、エミリアは、ゆっくりと目を細めた。
――やはり
「私が、貴女を救います」
迷いのない声音だった。
その瞬間
クロが牙を剥く。
(……ッ、ディア、こいつ……!!)
低く唸り、飛びかかろうとする。
「クロ、だめ」
ディアの声でクロの動きが、ぴたりと止まる。
(でも……!)
「……大丈夫」
ディアは、そう言ってクロの頭を撫でた。
エミリアは、その様子を静かに見つめていた。
そして――
小さく、微笑む。
「……本日は、これで失礼します」
一歩、下がる。
「また、お会いしましょうね」
その声音は、どこまでも穏やかで。
まるで本当に、“再会”を約束するかのように。
踵を返しかけて――
ふと、思い出したように振り返る。
「それから」
淡く影に沈んだままの視線が、ディアへ向く。
「私に会ったことは、どうか他言無用でお願いします」
ほんの少しだけ、困ったように笑う。
「――怒られてしまいますので」
冗談のような、軽い言い方。
けれど。
(……ディアに、近づくな)
クロだけが、低く唸る。
風が頬を撫でた。
ディアが視線を上げるが、そこにはもう――誰の姿もなかった。
「……いなく、なっちゃった」
ディアは、ぽつりと呟く。
その表情に、恐怖はなかった。
ただ少しだけ、不思議そうに。
そして――どこか安心したように。
「……また、会えるかな」
その言葉を飲み込むように、森がざわめいた。
■□■□
「……静かすぎる」
ヴァルが、低く呟いた。
レオンは顔を上げる。
「何が――」
言い終わる前に、空気が変わった。
音が、ない。
風も、気配も、すべてが削ぎ落とされたような静寂。
「外だ」
ヴァルの姿が、消える。
扉を開ける音すら、ほとんどしなかった。
「――ッ」
レオンもすぐに後を追う。
外に出た瞬間、風が戻る。
葉が揺れ、森が息を吹き返した。
――遅い
その確信だけが、胸に落ちた。
視線の先。
ディアが、立っている。
そのすぐ傍に、クロ。
「ディア様!」
レオンが駆け寄る。
ヴァルは、動かない。
ただ、その場に立ち尽くしたまま、周囲を、ゆっくりと見渡していた。
何かを探すように。
――いや、
“そこにあったはずのもの”を、探るように。
「……どうかしたの?」
ディアが、不思議そうに首を傾げる。
その声は、いつも通りで。
何も変わらない。
「今、ここに誰か来たか」
ヴァルの声が落ちる。
低く、抑えられているが――鋭い。
「え?」
ディアは、一瞬だけ言葉に詰まる。
クロが、小さく唸る。
ディアの指先が、わずかに強くクロを抱きしめた。
ほんの一瞬。
迷う。
それでも、ディアは笑って答えた。
「……ううん、誰も来てないよ」
レオンの視線が、わずかに細められる。
ヴァルは、何も言わない。
ただ――ゆっくりと周囲を見渡す。
空気の歪みを探るように。
「……逃げたか」
ぽつりと、落ちた言葉。
「……追いますか?」
レオンの問いに、ヴァルは首を振る。
「無駄だ
既に“痕跡がない”」
視線だけが、静かに森をなぞる。
レオンの表情が、わずかに変わる。
「……ディア」
ヴァルの瞳に、一瞬だけ
“間に合わなかった”という感情が滲んだ。
「外には出るな」
命令のような口調にディアは、小さく頷く。
「……うん」
理由は分からないまま。
ただ――
さっき出会った“優しい人”のことを、胸の奥にしまい込む。
クロだけが、低く唸り続けていた。
(アイツ……ぜったい、ダメなやつだ)
ディアは、何も答えない。
ただ、クロを少しだけ強く抱きしめた。
レオンは、わずかに視線を落とす。
引っかかる。
だが、それが何かまでは分からない。
読んでくださりありがとうございます。
少し更新期間が空いてしまい、すみません……!
その分、自分の中でもかなり大事な回として、じっくり書いていました。
今回は、エミリア初登場回です。
ここから少しずつ、物語の空気も変わっていくと思います。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




