記憶の欠片【消えない誤差】
帝国騎士養成学校、模擬実習。
鬱蒼とした森を舞台にした“陣取り合戦”は、数で勝る上級生チームが下級生を袋の叩きにする、例年通りの展開になるはずだった。
――だが。
「……話がある
私は、君たちに『仲間の潜伏先』の情報を売りに来た」
上級生チームの本陣。
十数人の先輩たちに囲まれ、抜き身の剣を突きつけられながら、レオン・レオニスは無表情に言い放った。
一人で乗り込んできた不遜な後輩に、上級生たちは嘲笑を浮かべる。
「ほう? 仲間を売って自分だけ助かりたいと?」
「……合理的だろ?
勝ち目のない戦いで無駄に負傷したくないだけだ」
レオンは淡々と、仲間の配置、罠の場所を地図に記していく。
そのあまりに正確な情報と、レオンの“冷徹な裏切り者”としての演技に、上級生たちは確信した。
――これで勝負は決まった、と。
だが、彼らが情報の通りに動いた瞬間。
手薄になった本陣は、レオンが密かに配置していた別働隊……セオドール率いる突撃班によって、内側から瞬く間に制圧された。
レオン自身も、内部から混乱を巻き起こし、自分を囲んでいた上級生たちを鮮やかに無力化してみせた。
結果は、下級生チームの圧倒的勝利。
味方の負傷者はゼロ。
帝国史上、類を見ない「完封勝ち」だった。
♢♢♢♢
実習終了後。
沸き立つ仲間たちから離れた木陰で、セオドールはレオンの胸ぐらを乱暴に掴み、木に押し付けた。
「……おい、……テメエ、何考えてんだ」
「……離せ、作戦は成功したはずだ
負傷者も出ず、最少の労力で最大の戦果を上げた」
レオンは、乱れた襟元を気にする様子もなく、冷めた瞳でセオドールを見返した。
「……結果的に、私も無事だ
文句を言われる筋合いはない」
「無事だと!?
テメエ、あの時、上級生の剣先が喉元に当たってたのが分かってんのか!?」
セオドールの怒号が、静かな森に響く。
「相手が一人でも血の気の多い奴だったら、話をする間もなく斬られてた可能性だってあったんだぞ!
交渉が決裂した瞬間、テメエが真っ先に殺される賭けだったじゃねえか!!」
「……その可能性も計算に入れていた
相手の性格、これまでの戦績
……彼らが『利』を優先する確率は九割を超えていた」
「その一割で死んだらどうすんだよ!!」
セオドールは、掴んだ拳にさらに力を込めた。
怒りで震える彼の掌から、熱い体温がレオンの肌に伝わってくる。
「いいか、……テメエの立てた作戦の中に、テメエ自身の命が入ってねえんだよ
仲間に怪我がなけりゃいい?
勝利すればいい? ……ふざけんな
お前が傷ついたら、その勝利に何の意味があるんだよ!!」
レオンは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
自分にとって「自分」という存在は、目的を達成するための最も便利な駒に過ぎなかった。
けれど、目の前の男……セオドールだけは、その駒が「生身の人間」であることを、喉を枯らして訴え続けている。
「……非効率だ」
「ああ、そうだよ!……俺はバカだからな
どれだけ効率的な勝ち方だろうが、お前が血を流すような真似をしたら、俺は何度でもテメエを殴り飛ばして止めてやる」
♢♢♢♢
実習が正式に終了し、教官たちが引き上げた後の練場。
オレンジ色の夕闇が差し込む中、激しくぶつかり合う乾いた音が響いていた。
「……まだやるのか、しつこいぞ」
レオンは、手にした練習用の木剣で、セオドールの豪快な一撃を最小限の動きで受け流した。
肩で息をするセオドールとは対照的に、レオンの呼吸はまだ乱れていない。
「うるせえ!
陣取り合戦はテメエの勝ちかもしれねえが……
俺の気はこれっぽっちも晴れてねえんだよ!」
セオドールは吠えながら、再び地を蹴った。
その踏み込みは鋭いが、レオンにはすべて見えていた。
「動きが単調だ
……力任せに振れば当たると思っているのか?」
レオンは冷淡に告げると、セオドールの剣筋を滑るようにかわし、その手首を木剣の柄で軽く叩く。
本来ならそこで勝負あり、のはずだった。
だが。
「――っ、離さねえっつってんだろ!!」
セオドールは手首の痛みなど無視し、強引に距離を詰め、レオンの胸元に肩からぶつかっていった。
予想外の“力押し”に、レオンの体勢がわずかに崩れる。
「っ、何を……!」
「テメエの『効率』だの『計算』だの、そんな薄っぺらいもん、俺が全部ぶっ壊してやる!」
セオドールは、木剣を力任せにレオンの剣に押し当て、力比べに持ち込んだ。
みしり、と木と木が軋む音が、静かな訓練場に響く。
腕力では圧倒的にセオドールが上だ。
レオンは眉を寄せ、必死に剣を支えるが、じりじりと後ろへ押し下げられていく。
「……無駄だ
こんな我慢比べに、戦術的な価値はない」
「価値なんて知るかよ!
我慢比べなら、俺は誰にも負けねえからな!!」
セオドールは、至近距離でレオンを睨みつけた。その瞳には、夕陽よりも熱い色が宿っている。
「テメエのその、自分を駒だと思ってる貧弱な体も、ひねくれた根性も……全部まとめて叩き直してやる!
俺がへばるのが先か、テメエが『助けてくれ』って泣きつくのが先か……勝負だ!!」
「……馬鹿げている……助けてなんて、言うわけがないだろ」
レオンは、必死に顔を背けながらも、自分を押し潰さんばかりのセオドールの熱量に、息が詰まるのを感じていた。
計算通りにいかない“体温”
予測を裏切る“不合理な執念”
それは、騎士としては“不要なノイズ”のはずだった。
けれど、セオドールの荒い鼓動が伝わってくるこの瞬間、理解できないはずの何かが、胸の奥に残った。
「……勝手にしろ
気が済むまで、付き合ってやる」
「ああ、そうさせてもらうぜ!!」
結局、二人が泥まみれになって訓練場の床に倒れ込んだのは、星が瞬き始めた頃だった。
レオンは全身の筋肉が悲鳴を上げているのを感じながら、隣で大の字になって眠るように息を吐くセオドールを見やった。
「……本当に、面倒臭い男だな」
「なぁ、レオ」
「――愛称で呼ぶことを認めた覚えは無い」
「俺のことも好きに呼んでいいぞ」
「……馬鹿正直野郎って呼んでもいいのか」
「悪口じゃねぇーかよ」
小さな笑い声が漏れる。
セオドールは立ち上がると、レオンに手を差し出した。
レオンは、仕方なく手を借りて、重い身体を持ち上げる。
「レオ、俺はお前が死んだら泣ける自信がある」
「……そうか、周りの奴らに迷惑をかけるなよ」
「かけさせたくないなら――命は大事にしろよな!」
笑顔で告げるセオドールの言葉に、レオンはわざとらしく視線を逸らし、小さな声で呟いた。
「セオ……お前は――本当に面倒臭い男だ」
けれど、その面倒臭さを――少しだけ、嫌いではないと思った。
読んでくださりありがとうございます。
効率を優先するレオンと、感情で突っ走るセオドール。
セオドールは、昔からレオンに振り回されています。
それでも放っておけなくて、レオンもまた、突き放し切れない。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。




