最終話『合理的判断』
「……さよなら。俺の、最低だった過去」
俺は引き金を引いた。
指先に伝わる、カチリという硬質な手応え。
直後。
ズドォォォォォォォォォン!!
世界が白く染まった。
主砲が咆哮を上げ、圧縮されたマナの奔流が一直線に解き放たれた。
音速を超えた熱線は、まずアビス・ワームの巨体を真正面から捉えた。
断末魔の悲鳴を上げる間もなく、その三十メートルの体躯が瞬時に蒸発する。
だが、主砲の威力はそこで止まらない。
ワームを貫通した光の帯は、その背後にいたゼインたちをも飲み込んだ。
いや、正確には「直撃」ではない。
あくまでワームを狙った射線上の「余波」だ。
だが、Aランク魔物を粉砕するエネルギーの余波だ。生身の人間にとっては、天災と変わらない。
ドゴゴゴゴゴゴ……。
地響きが収まり、舞い上がった雪煙が晴れていく。
そこには、何も残っていなかった。
ワームのいた場所には、深く抉られた巨大なクレーターだけが口を開けている。
バラバラバラ……。
空から、黒い雨が降ってきた。
巻き上げられた土砂と、瞬時に凍りついた蒸気。
それが、白い雪原を汚していく。
不快な焦げ臭さが、フィルター越しの車内にも染み込んでくる気がして、俺は口元を抑えた。
吐き気がこみ上げる。
それを無理やり、唾液と共に飲み下す。
『アビス・ワーム、消滅確認。周辺反応、沈黙』
シィの報告が響く。
『外部の人間の生存確認を行いますか?』
俺はモニターを見つめたまま、数秒間沈黙した。
今から偵察用の魔導具を飛ばせば、彼らの遺体──あるいは瀕死の体──を発見できるかもしれない。
確実にトドメを刺すなら、そうすべきだ。
だが見つかるのは、おそらく見るに堪えない肉塊だ。
かつて仲間だったもの。
かつて家族と呼んだもの。
「……いや。必要ない」
俺は首を横に振った。
「これより先は、生存確率0%の極寒地獄だ。装備も食料もなく、あのダメージを負った状態で生き延びることは不可能だ。……わざわざ燃料を使ってまで、死体を確認しに行くメリットがない」
『合理的です、マスター』
シィが短く答える。
そう、これは合理的判断だ。
もし、見に行って生きていたら?
まだ息があって、俺を恨めしそうに睨みつけてきたら?
あるいは、ひどい肉塊になって転がっていたら?
俺はそれに耐えられるほど、強くない。
だから、「燃料の無駄」という鎧を着て、自分の心を守る。
ただの、臆病なリソース管理だ。
「行くぞ、シィ。フィン」
俺はペダルを踏み込んだ。
魔導機関が低く唸りを上げ、巨大なキャタピラが雪を噛む。
要塞はゆっくりと旋回し、クレーターに背を向けた。
◇
数時間後。
要塞は再び、順調に巡航を続けていた。
外は吹雪に戻っているが、車内は変わらず暖かく、静穏に保たれている。
俺はソファに深く体を沈め、温かいマグカップを手にする。
中身はただのコーヒーだ。砂糖もミルクも入れていない。
『マスター』
シィが不意に話しかけてきた。
『脈拍数が平常値に戻りました。……本当に、これで良かったのですか?』
「……何がだ?」
『彼らへの処置です。分析結果によれば、マスターの深層心理には、彼らに対する「殺害忌避」の感情が0.5%ほど残留していました』
相変わらず、余計なところまで分析するシィだ。
「……殺してないさ。ただ、掃除をしただけだ」
俺はカップに口をつける。
「ゴミが落ちていたから、片付けた。それだけのことだ」
『そうですか。……承知しました』
フィンが足元に歩み寄り、俺の膝に顎を乗せてくる。
その温かい頭を撫でながら、俺は車窓の外を見た。
白い闇が、全てを覆い隠していく。
俺の過去も。
あいつらの叫び声も。
全部、雪が消してくれる。
「……うん」
俺は小さく息を吐いた。
「最高の気分だ」
そう呟いて、コーヒーを飲もうとした。
カップの中で黒い水面が小さく波打っている。
『コーヒーのお味はいかがですか?』
「……いつもより苦くて美味だな」
俺はカップを両手で包み込んだ。
◇
それから数日後。
俺たちはついに、ダンジョンの頂上へと到達した。
『標高3000メートル。外気温、マイナス20度。視界良好です』
シィのアナウンスが響く。
眼前に広がるのは、雲海を見下ろす山頂の景色だった。
遥か下には、人間たちの住む世界が広がっている。
下界の喧騒も、汚泥も、裏切りも、ここには届かない。
「おぉ……絶景だな」
俺は操縦席で、眼下に広がる雲海を見下ろした。
一面の青と白の世界。
それは、俺が手に入れた「自由」の色だった。
俺は飲み干したコーヒーカップを掲げた。
誰に向けるでもない。
……まあ、強いて言うなら、この理不尽な世界そのものに対して、か。
「……完勝だ」
空になったカップを見下ろす。
足元では、フィンが専用の皿に盛られた特製の餌を夢中で頬張っている。
俺は苦笑しながら、その頭を撫でた。
「お前も、よく頑張ったな」
フィンは「グルル」と嬉しそうに喉を鳴らし、俺の足に頭を擦りつけてきた。
まったく、現金なやつだ。
要塞は速度を上げる。
その進路は、まだ見ぬ地平線の彼方へ。
俺とシィ、そしてフィン。
俺たちの「生存戦略」は、まだ始まったばかりだ。
広い車内を見渡す。
あの騒がしい仲間たちはもういない。
煩わしい人間関係も、理不尽な要求もない。
「……静かだな」
その静寂こそが、俺が求めたものだ。
そして、これから一生、俺が一人で背負っていくものだ。
ふと、誰かの笑い声が聞こえた気がした。
——いや、気のせいだ。ここには俺と、シィと、フィンしかいない。
もう、誰も。
俺は操縦席に座って前を見る。
口元が勝手に緩んだ。
「さて、次はどこへ行こうか」
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