攻略対象者?
「フィリップだ」
男の名乗りにヴィオラは深く体を沈めてお辞儀した。
普通なら、名字を名乗らないのは平民だ。ただ、この明らかに平民ではなく、護衛を引き連れている場合は名字がこの国と同じ、つまり、王族ということだ。
そして、フィリップという名前はさすがにヴィオラも知っている。
王弟だ。
才能に溢れていたため、継承権争いは激しかったと聞いている。先王が今の時代に必要なのは才覚よりも秩序だと言って、長子を後継者として選んだとか。
それにしても、いきなり部屋に入ってくるとは。傲慢無礼な男だ。
「ジョージと一緒ではなかったのか」
フィリップはいきなり、続き部屋のドアを開けた。
中にいたバルトが一瞬、顔をしかめ、すぐに元の平静な顔に戻った。
ブランがヴィオラのそばに飛んでくる。
「こいつ、誰?」
バルトが防音魔法を解いたのか、そのブランの言葉ははっきりとみんなの耳に届いてしまった。
「無礼な」
フィリップの護衛の一人がブランを捕まえようとする。
もちろん、ブランが捕まるわけがない。すっと避けて、ヴィオラに尋ねた。
「こいつら、敵?」
どう答えようか、迷っていると、バルトが頭を下げた。
「無礼はお許しください。まだ、礼儀も知らない未熟な従魔です」
それから、顔を上げて、付け加えた。
「ただ、皆様方もまだ、礼儀も知らないようですが」
ヴィオラはバルトがこんな皮肉っぽいことを言うとは思わなかった。
「相変わらず、嫌味な獣だな」
そう言って、フィリップは片手を振った。
「未熟者同士、無礼はなかったことにしよう」
先に無礼なことをしたフィリップが悪いとヴィオラは思ったが、口に出したら、もっとややこしいことになりそうだと思った。
「ありがとうございます。それでご用件は何でしょうか?」
バルトに会話を任せて、ヴィオラはブランを捕まえた。
「バルトとの話は済んだの?」
「ああ、大丈夫」
「よかった」
ヴィオラはドラゴンの顔でもブランの気持ちならわかるような気がする。悩みが解決したようなスッキリとした顔をしている。
「聖女の顔を見ようと思ってな。まさか、自分がいない間にこのような事態になっているとは思わなかった」
フィリップがバルトに答えた。
王弟は自由に海外を旅行しているという噂をヴィオラも聞いたことがある。確かに王宮に宿泊していたときも一度も出会わなかった。
「神殿の者が言う神のお告げが信じられるというのか。隠し事の多い奴らの言うことを」
うん、確かに。循環による魔力アップを隠していたわけだし、信じられないのは当たり前かもしれない。ヴィオラはうなずいた。
「子どもを巻き込んで、聖女に祭り上げるなど」
あれ? もしかして、私のことを心配してくれているのだろうかと、単純なヴィオラは嬉しくなった。
「あくまで聖女候補です。ヴィオラ様一人の話ではありません」
バルトが答える。
「まあ、聖女はいいとしよう。勇者候補? 聖女を守る者は普通に騎士団から選べばいいではないか」
「それを言うなら、しかるべき筋へどうぞ。私たちに言われてもどうしようもありません」
バルトがきっぱりと言う。もしかすると、バルトはフィリップが嫌いなのかも知れない。
「もちろん、兄には進言させてもらう」
憂国の士ということか。ヴィオラはため息をつきたくなった。
乙女ゲーム『聖女は愛に囚われる』に王弟は出ていた記憶はないが、やっていない続編に出ていたのかもしれない。
というか、王弟というのは婚約破棄されたヒロインを救う定番の存在だ。攻略対象者に決まっている。
ヴィオラに好感は持っていないけれども、マイナスからスタートする難易度の高い攻略者なのかもしれない。
「おじさん、何してるの? ドアも開けっ放しで」
そこにさらにクリスが飛び込んできた。
フィリップが引き連れてきた護衛の内、一人でもいいから、ドアを締めてくれていたらいいのに。
「クリス! 久しぶりだな」
フィリップはクリスの頭を撫でた。
「もう。小さい子どもじゃないんだから、やめてよ」
可愛らしく唇を突き出すクリスを護衛たちも微笑ましく見ているようだ。
「子どもじゃないと言うが、兄を諌めることもできなかったんだろう」
フィリップの言葉は何かと嫌味っぽい。
「別にいいじゃない。何か起きてからでもきちんと対応すれば」
その言葉にフィリップが笑った。
「お前は私よりも自信家のようだな」
王弟に王太子の弟、どちらもややこしそうでヴィオラは嫌になった。




