浄化練習
絶好調とはこういう状態を言うのだろう。
ヴィオラはアンとケイトを眺める。
二人は昨日、ヴィオラが教えた曲の楽譜を見ながら、修正を入れていく。
「ヴィオラの歌の音程はこうだけど、流れとしてはこれが正しくない?」
「うん、こっちが合っていると思う。ラ〜ラ、ラーね」
ケイトが歌っているのを聞くと、ヴィオラが前世で知っていた曲と一緒だ。
直して正しい曲になるということはヴィオラの音痴は全然改善されていないということ。
そして、新しい曲をどんどん歌い、練習するアンとケイトの神聖力はどんどん上がっているらしい。
「さすが、ヴィオラ様が集めた異国の曲はすばらしい。神殿でも聖歌として歌うようにしなければ」
ベネディクト神官はアンとケイトの神聖力が上がったこともヴィオラの手柄だと思っているらしい。
ヴィオラはいまだに神聖力が使えないのに。
「遅くなりました」
教室にミューラー先生が入ってきた。手には何重にも防水紙でくるまれた四角い物を持っている。
「お待ちしていました。それが問題の?」
ベネディクトが尋ねると、ミューラー先生は頷いた。
「私のコレクションの一つ。呪いのかかった髪飾りです」
ミューラー先生はそう言って、机の上に置くと、防水紙を剥がした。
中から現れたのは可愛らしい宝石箱だった。
それから、パッと手を振った。
「一応、教室のまわりに結界を張りましたから、何をやっても、この教室の外は大丈夫です」
ミューラーは教室の中は大丈夫だとは言わない。
ベネディクト神官はじっくりと宝石箱を見つめた。
「中の髪飾りから瘴気があふれて、宝石箱も汚染されていますね」
「すみません、何も見えないのですが、どうすればいいのでしょうか?」
イアンが尋ねた。
「瘴気や呪いを見るのは訓練以上に素質が必要です。また、神聖力を大量に使用するため、皆さんの能力がもっと上がってから、お教えするつもりです」
ベネディクトは候補者の顔を一人一人見た。
「それでは今日はみなさんにこれを浄化してもらいます。まだ、みなさんの力では全て浄化するのは無理だと思いますから、一人ずつ、順番に浄化してください。まずはジョージ」
一番、呪いがきつい状態で王太子を指名して大丈夫だろうかとヴィオラは心配になった。
「はい」
気にした様子もなく、ジョージは前に出ると、手を伸ばした。
「箱には手を触れないように」
ベネディクトの指示に従い、ジョージは少し手前で手を止めると、目をつぶった。
差し出した手から淡い光が生まれ、宝石箱を包んでいく。
「はい、けっこうです。次はジョセフィン」
ジョセフィンの次はライル、イアン、そして、トム。
「箱は浄化されましたので、蓋を開けます」
ベネディクトが蓋を開けると、中には金の地金に赤い宝石が花を緑の宝石が葉をあらわした髪飾りがあった。
「では、ケイト」
「アンと一緒でいいでしょうか?」
ベネディクトがうなずくと、二人は輪唱を始めた。治癒魔法と同じように神聖力でも試すらしい。
「すばらしい!」
ミューラー先生が声を上げた。ミューラー先生も呪いや瘴気が見えるらしい。
「もう、いいですよ。すっかり、浄化されました」
ベネディクトが言うと、アンとケイトは戸惑った様子になった。
「すみません、まだ、ヴィオラが残っているのに」
「いいの、いいの。どうせ、神聖力なんて、使えないから」
ヴィオラが手を振ると、ベネディクトがじろりとにらんだ。
「どうせ、というのはいけませんね。素直に学ぶことが大事です」
「……はい」
そこへミューラーが口を挟んだ。
「浄化を練習するなら、まだ、まだ、あるよ」
そう言って、ポケットから指輪を一つ取り出すと、机の上に転がした。
「指にはめない限り、呪いは発動しないから」
それでも、ポケットに直に入れて持ち歩いて欲しくないとヴィオラは思った。
「じゃあ、これで練習しましょうか?」
ベネディクトに促され、ヴィオラは前に出た。
「がんばって」「大丈夫」「できるよ」
浄化しようとすると、応援の声がかかる。
きれいな指輪だなとヴィオラは思った。
水色の大きな宝石がついていて、じっと見ていると、水中にいるような気がする。子どもの頃、湖に潜るのは下手だったなあ。と、ヴィオラは指輪を手に取った。
「やめなさい」
ベネディクトが注意する。
その言葉を遠いものとして聞きながら、ヴィオラは指輪を左手にはめた。
「何をしている。外すんだ」
ミューラー先生がヴィオラの手を取って、指輪を外そうとしたが、ヴィオラは簡単に振り払う。
「指輪に魅入られたか」
「ミューラー先生、何て物を持ってくるんです」
ベネディクト神官が怒りをあらわにした。
「いや、私のコレクションの中では威力の少ない呪物だったんだが。……そうか、この指輪は女性サイズ。女性を狙った呪いだったのか」
ミューラが勝手に納得したことでベネディクトの怒りは増す。
「何の呪いかはわかっているんですか? ヴィオラさん、ヴィオラさん、意識はありますか?」
ヴィオラはくるりと回った。
「大丈夫です。私にも神聖力が使えるようになりましたから」
その言葉にみんな納得しかけたが、ベネディクトが警告する。
「神聖力なんて使っていません。それはあなたの焦りにつけ込んだ呪いです。使えるようになったと錯覚しているだけです。使用者を狂気に追い込む呪いです」
慌てて、アンとケイトが輪唱を始める。ベネディクトも祈りの言葉を唱え始めた。
「あれ?」
ヴィオラが我に返った様子を見せた。
「君は神聖力を使っていない。呪われているんだ」
イアンの言葉にヴィオラはまばたきした。
「指輪を外すんだ」
ジョージがヴィオラを背中から抱きしめた。
「もっと、いい指輪をプレゼントするから」
トムがヴィオラの手を取ったが、ヴィオラはすぐに振り払った。
「神聖力などなくても、そんな物、ヴィオラなら破壊できるだろう」
ライルの言葉にヴィオラはハッと息を呑んだ。
指輪をはめた人差し指を右手で握り、力を込める。
パリン。
小さな音とともに宝石が粉々になり、落ちていく。さらにヴィオラは身体強化した上で、指輪を引きちぎって床に落とした。
「すばらしい。さすが、ヴィオラ様。呪いが解けています」
ベネディクト神官が喜びのあまり、床にひざまずいて、神に祈りを捧げ始めた。
「いやあ、神聖力じゃなく、物理的にも呪いって破壊できるんだ」
ミューラー先生が床から指輪を拾い上げながら、感心したように言った。




