クリス
「ああ、よく寝た」
気持ちよく、ヴィオラは目を覚ました。そして、次の瞬間、頭を抱えた。
ガンガンする。この症状は二日酔い?
また!?
横の椅子にミヤが腰掛けている。珍しく座ったまま、眠っているようだ。
まわりを見渡すと、マズルカ旅館の部屋じゃない。歴史を感じさせる家具。古めかしい肖像画。チリ一つない掃除の行き届いた感じ。
まずい。何だか冷や汗が出てきた。
「お嬢様、お目覚めになられましたか?」
目を覚ましたミヤが真顔で尋ねた。
「その顔、やめて。ねえ、もしかして、ここは」
「王宮でございます」
うわ、やっぱり。
「あの、私って、酔っ払ったんだよね。何かまずいこと言わなかった? 何か不敬なこと、しなかった?」
「大丈夫だったそうです。ヴィオラ様について、みなさん、可愛らしいお嬢様だわとおっしゃっていました」
そんな褒め言葉、社交界の頂上ともいえる王妃のお茶会で言われて、素直に喜べる?
「旅館に連れ帰ってくれたら、よかったのに」
「お嬢様があまりにも早く酔っ払われたので、お酒ではなく、毒が使われたのではと疑われまして。出席者は全員、城に泊まりました」
「じゃあ、仕方ないのか。お母様は?」
「お茶会の皆さまと朝食を頂いています」
「だ、大丈夫なのかな?」
「マドラ様はきちんと社交もできる方です」
「それなら、いいんだけど」
「お医者様を呼んで来ますので、お待ちください」
「え、大げさな」
ミヤが立ち上がると、部屋を出ていく。
ヴィオラは頭に響くのが怖いので追いかけず、ベッドでじっと待った。
すぐに医師がやってきた。白ひげのおじいさん先生だ。
ヴィオラのまぶたをめくったり、喉を見てから、うんうんとうなずいた。
「ふむ。単なる二日酔いですな。毒ではありませんのでご安心ください。早く覚めるようにこれを飲んでください」
先生に促されて、薬湯をミヤが差し出した。
先生の指示なら、ミヤのあのものすごい代物よりはましだろう。少なくとも生臭い匂いはしていない。
えいっと飲んで、ヴィオラはもがいた。
「ミヤの薬の味がする」
「はい、大変素晴らしい効能がありましたので、私の薬に取り入れてみました。効果もあれば、飲みやすくもなっているはずです」
先生が胸を張る。
いや、匂いが減った分、飲みやすくなったのかも知れないけど。
ヴィオラはミヤが差し出す水を飲んで一息ついた。
「さ、もう一度、お休みください」
ヴィオラは先生の言葉に素直に従った。少なくとも、今回の二日酔いは自分のせいじゃないし。お腹は空いていないし。
「お嬢様、お昼になりました」
ミヤの言葉に目を覚ました。今度こそ、すっきりしている。
「王妃様からお昼をご一緒にとのことです」
と言われると、面倒なのが貴族というもので、きちんと正装しないといけない。酔っ払って寝てしまったヴィオラは入浴からだ。
王宮の入浴ということで緊張したが、部屋に浴槽とお湯が運び込まれ、ミヤの手で身支度することになったので、ホッとした。
「ヴィオラ様がくつろげないかと思いまして、王妃様から手伝いの侍女をよこすと言われましたが、お断りしました」
そういうミヤには感謝しかない。
「このドレスは?」
昨日と違うドレスだった。
「王妃様からお詫びとのことです」
「お詫び?」
「お茶にお酒が入れられていたなど、あってはならないことですから」
うん、そうだろうけど。この青いドレス。サイズがぴったりなのが怖い。褒美にドレスを買ってあげるとか言ってたの、断ったのに、勝手に買っていたのだろうか。
お昼はガゼボではなく、こじんまりとした(王宮にしては)部屋だった。
王妃とマドラ、ヴィオラの三人だけの昼食となった。
「本当にごめんなさい。体に優しいメニューにしてもらったんだけど」
王妃の言葉が信じられないほど、テーブルには豪華な食事が並んでいた。
スープはコンソメとポタージュの二種類。柔らかいパン。色とりどりで芸術的なサラダ。そういえば、肉料理や魚料理はあっさりした調理法かも知れない。それに珍しい果物。
食べ始めると、お腹が空いていることに気づいた。よく考えたら、晩と朝の二食を抜いているのだから、仕方ない。
食後のお茶が出ると、よく匂いを確認してから、口をつけた。
大丈夫。美味しいお茶だ。
「クリス様! お待ちください」
女性の大声が聞こえたかと思うと、少年が部屋に飛び込んできた。
金髪の巻き毛。金色の瞳。どう見ても、ジョージ王太子に似ている。
「クリス! 勝手に入ってきてはいけません」
王妃が叱ると、クリス少年はしゅんとなった。
「ごめんなさい。でも、どうしても、言わなくちゃならないことがあって」
「後できちんと聞いてあげますから
「今じゃなきゃ、駄目なんだ」
クリスはヴィオラの前に頭を下げた。
「ごめんなさい。お酒を入れたのは僕です」
「クリス!」
叱りつけようとする王妃にヴィオラは首を振った。クリスに優しい声で尋ねる。
「なぜ、そんなことをしたの?」
「大事なお客様って聞いたから。父上がいつも、こうすると美味しいって言ってるから」
王妃の目が光る。
「あなたの前でお茶にお酒を入れて飲んでいたの?」
「うん」
「……叱らなければいけないのはクリスだけではないようね」
王妃の怒りが怖い。
「本当にごめんなさい」
美少年の上目遣い。
これに勝てる人はいるだろうか。
ただ、ヴィオラは思い出していた。乙女ゲーム「聖女は愛に囚われる」の設定で王太子の弟は腹黒だったということを。
名前は覚えていなかったが、この子が腹黒なんだろうか。
そうなら、狙いはヴィオラがお茶会で失敗することだったのだろうか。
ピロロン。
ゲーム音がする。ヴィオラは小声でつぶやいた。
「ステータスオープン」
開いたウインドウにはクリスの名前が追加されていた。ラブポイントは0だった。




