騎士団長
「イッチ、ニー、イッチ、ニー」
「イチニサンシー」
「イッチ、ニー、イッチ、ニー」
「イチニサンシー」
騎士団の訓練はランニングから始まる。
「ラスト一周!」
「オー!」
戦闘中、疲れていても、連携を取るために声を出せるよう、大声を出すのも訓練の内らしい。
その男たちの野太い声の中に今日はソプラノの声が混じっている。
ヴィオラの声だ。
ヴィオラは走りながら考える。
なぜ、こんなことになったのだろう。見学だけのつもりだったのに。
騎士団長から傷が治ったお礼がしたいと言われた時、最初、ヴィオラは断った。
「治したのはアンとケイトですから」
「いえ、ヴィオラが輪唱を思いついたからですわ」
「そう、治癒能力を歌にのせたのも、ヴィオラがきっかけですから」
アンとケイトの言葉に団長は笑った。
「みんな、遠慮せずにお礼を受けてくださいよ。心配しなくても大抵のことは叶えられます」
アンとケイトがもじもじしているので、ヴィオラは自分から希望を言うことにした。
「騎士団の訓練を見学させてもらえませんか。弟子のライルがどうしているか見たいので」
「もちろん、構いません」
高価な物をもらったら、後がややこしそうなので、体験がいい。アンとケイトも騎士たちがかっこいいと言っていたし。
アンとケイトは顔を見合わせ、うなずきあった。
「あの、私たちは今、評判の歌劇を観に行きたいんです。予約が一杯で取れなくて」
「ルーランの『ファントム』かね」
「はい」
「それなら、年間座席を予約しているので、大丈夫だ」
「わっ」
アンとケイトは大喜びだ。
ヴィオラは自分が嫌になった。二人が騎士と近づくことを望んで、訓練の見学をするに決まってると思うなんて。
ヴィオラはまだ、自分の中に二人に対する偏見があるのに気づいた。
二人の親が上昇婚を狙っているだけで、二人は音楽の道を望んでいるのに。
その反省をしているところに「どうせなら、訓練を見学するだけじゃなく、参加したら」と言われたものだから、自分を鍛えようという気持ちでうなずいてしまった。
「よし、終了」
一緒に走っていたのに、団長の声は全く乱れていない。
「ハアハア。ヴィオラ様はすごいですね。我々と一緒に走ることができるなんて。さすが、ライルが師匠と言うだけのことはあります」
騎士の一人にヴィオラは声をかけられた。
「いえ、私は身体強化の魔法を使っているだけなので。みなさんも本当は使えるんですよね」
ヴィオラの横ではあれだけ身体強化を身につけたライルも荒い息を吐いている。
「はい。ただ、魔力封じされても、ハア、魔力切れになっても、ハアハア、大丈夫なように基礎体力をつける訓練では、ハア、身体強化禁止になっています」
騎士が答えてくれた。
「そうなんですね。魔力封じというのは考えたことがありませんでした」
ヴィオラは考え込んだ。魔力さえ鍛えれば、何とかなると思っていたので、封じられるということを考えていなかった。
「心配しなくても、魔力封じをかけようとする者がいれば、俺が破ってみせるから」
ライルが力強く言うと、ブランがその前を飛んだ。
「俺の方が早く破れるよ」
やはり、人よりドラゴンの方が上なのだろうか。
「それでは打ち合い始め!」
しゃべっているうちに次の訓練が始まった。みんな、木剣を取ってくると、二人一組で打ち合いを始めた。
「ヴィオラさん、お手合わせを願います」
団長が木剣を投げてきたので、ヴィオラは慌てて受け止めた。
「団長、力が違い過ぎます」
ライルが言うと、団長はニヤリと笑った。
「じゃあ、ライル、お前も一緒にかかってこい」
驚いたがいい機会だ。魔王と戦うことがあるなら、一対一ではなく、ライルたち仲間と一緒に戦うだろう。団長を魔王扱いするのは失礼だが。
「ライル、勝ちましょう」
「わかった」
ライルが走る。その後ろに隠れるようにヴィオラは走った。
ライルが木剣を大きく振るうと、団長は簡単に受け止める。楽勝と思って、ヴィオラは右に回り込んで木剣を突き出すが、あっさりと剣先を掴まれてしまった。
「手を強化している?!」
そのまま、剣を引っ張り投げられ、ヴィオラの体が宙に浮く。その体をライルが受け止め、着地した。
「ライル、私は大丈夫だから、手を緩めないで」
団長が迫っているので、今度はヴィオラが木剣を木剣で受け止めた。
重い。
ライルが打ち込むと団長がその木剣を払うので一瞬、軽くなるが、すぐにまた、打ち込んでくる。
二人がかりなのに団長は軽々と相手している。しばらくすると、実力の差がひしひしと感じられるようになった。
明らかに団長はヴィオラとライルを指導している。
二人の集中力が切れた時に団長は厳かに言った。
「ここまで」
「ありがとうございました」
二人が頭を下げると、ドッと拍手が起きた。
「ライル、よくやった」「ヴィオラさん、すごい」
放心状態でいるヴィオラに団長が頭を下げた。
「本当にありがとう。腕を治してくれたおかげで存分に戦うことができた」
「いえ、ご指導ありがとうございました。自分に不足しているものがよくわかったような気がします」
やっぱり、力押しだでは駄目なのだ。
「これからも訓練したければ、いつでも、ライルと一緒に来るがいい」
「はいっ」
ヴィオラは元気よく返事をした。
「大丈夫? 手首を痛めたりしていない?」
ライルが心配そうに尋ねる。
「大丈夫。それより、私たち、息もぴったり合ってたね」
そう言うと、ライルは驚いたようだった。
「こんなに戦いやすいのは初めてと思った。気持ちが通じるっていうか」
「本当に気持ちが通じ合ってたらいいんだけど」
ライルはぼそりと言った。
「えっ、本当に通じたと思ったんだけど」
ヴィオラがそう言うと、団長はライルの肩を叩いた。
「お前も苦労するな」
何が苦労なのか、ヴィオラにはわからなかった。




