3:生体電気駆動系インプラント
ジャッドはウィングから受け取ったレンズごしにあたりを見渡した。
「なるほど、このレンズは対象を正しい姿で見る事もできると」
そして疑い半分、レンズでアーロンを視た。なんてことない普通のアーロンだ。
にわかに信じがたい話だったが、アーロンはかつてなく至極真剣そのものだ。
アーロンは重い溜息ひとつ、眉間を揉む。
「ええ。でもレンズよりもこのファイル……いえ、ウィングの言葉が事実なら、イルミナが危険です。
ここ数日、研究員の過労死が増えているんです。いずれも首や耳にわずかな電撃傷があって、検視したらこれが」
アーロンが険しい面持ちでデスクに置いたのは、シャーレに入った銀の金属片だった。
ブドウの種ほどのそれを見た瞬間、ジャッドは思わず肝が冷えた。以前、ミリアムが鼻から吸い出したものと酷似している。
「これは脳から検出されたもので、非常に伝導率の高い金属有機構造体です。
材質不明の体内金属自体はそう珍しくはないんですけど、ファイルに書いてある事が本当なら、これはスティモシーバーということになります」
アーロンは言って、腕を組むジャッドの前にチェックメイトのようにシャーレを突き出した。
「スティモシーバーは、いわば微弱な電気信号で人の感情を操作したり、肉体を動かしたり出来る生体電気駆動系インプラントです。
このサイズは、今の科学ではまず作れませんよ」
そう言って、今にも膝をつきそうな声音で、震えるように首を振る。
「ファイルには、これが不特定多数のイルミナ研究員に埋め込まれていると記載されています。
実際、過労死した研究員のように体調不良を訴える研究員がここ数日でうんと増えているんです」
ジャッドは腕を組んで考え込んだが、おもむろに懐の包みを突き出した。
包みの中に1つ、ブドウの種のような金属片は、アーロンが見せた金属片と同じものだ。
「え! ジャッドさん、これは……!」
あんぐりと口をあけるアーロンを、ジャッドは手で制止する。
「以前、ミリアムが〔変な臭いがする〕といって、俺の鼻奥から吸い取ったんだ」
アーロンは飛びつくように青いファイルをめくって、せっかちに震える指先を走らせた。
「ええと、インプラントはレンズごしの光で除去できるらしいです、当ててみてください……!」
ジャッドは頷き、レンズ越しに軍用ライトの光を当ててみた。
それは、一瞬のことだった。インプラントは水銀のように震え、揮発するように消え失せたのだ。
「跡形もなく消えた……! 一体どういう構造式なんだろう?」
感嘆の声を上げるアーロンの隣に、ジャッドは囁くようにひとりごちた。
「ウィングは、マラークがこれを俺に仕込んでいたと言っていた。何故か完全に癒着していなかったから、ミリアムで取れたらしい」
アーロンはビンゴにファイルに目を落とす。
「ああ! ジャッドさんは奥さんがマーフォークだったでしょ? マーフォークの抗体が癒着を妨げた可能性は大いにあります。
ほら、半年前の健康診断でも地球外生命体の免疫耐性高かったですし」
矢継ぎ早に言って、固くつづけた。
「ともかく、ここ数日の出来事を思えば、会長はインプラントされている可能性が非常に高いです。
このファイルには、マラークによってイルミナが危機的状況にあると記されてます。
ジャッドさん、こんな機密ファイルを一体なぜ受け取ったんですか?」
それにジャッドが思い詰めた瞳で首をもたげ、独り言のように静かに吐きつぶす。
「……そうか、ウィングの言ってることは、全部本当なのか」
〔グレアを頼みます〕、その言葉の意味に奥歯を噛む。
ウィングの言っている事が本当なら、これほど酷な事はないと。
「ジャッドさん?」
アーロンの声に、ジャッドは迷いを断ち切ったように顔を上げた。
「会長はインプラントされている可能性が高いと言ったな。あいつは俺を部下として扱うのを誰よりも嫌がっていた。
おかしすぎるんだ、何もかも。……だがマラークによるインプラントの影響となれば合点がいく」
〔頭の中で、何か、……時間がない〕
かつての会長の言葉を思い出し、ジャッドはレンズを手に立ち上がる。
俺があの時に気付いていればと、苦渋に歯を噛み大きく息を吸った。
「俺はこれから、このレンズで会長のインプラントを除去しに向かう。
レンズを当てただけでインプラントが除去できるならこっちのものだ。アーロンは念のため、ミリアムを保護区に頼む」
カードキーを受け取ったアーロンが、不意打ちをくらったような声をあげた。
「えっ……ええ!? そっそんな、もしジャッドさんに何かあったら……! まずは北条博士に対策の相談をしましょうよ!」
「いちいち女々しい声をあげるな。北条とウィングは〔T-テオ-〕を展開し、抗体を書き換えに向かっている。
ウィングは〔T-テオ-〕を展開すると、インプラントされた人達への影響は計り知れないと言っていた。
下手すれば逆電性なんちゃらで脳が沸騰する可能性があると。北条は人類存続のためなら会長の命すら切り捨てるだろう、あれはそういう女だ。
だがその逆電性なんちゃらで会長に死なれたら、イルミナが傾くだけでは済まないんだよ」
アーロンが伺うように下手に見上げ「……逆電性遷移錯体作用?」と添える。
「そりゃ危険はありますが、下手こけば泥沼じゃないですか」
それにジャッドは流すように適当に頷いた。
「俺のインプラントが消えた事にマラークが気付くのも時間の問題だ。
上も下も奴の息がかかっている可能性があるなら、確実に白な俺達がやるしかない。……信じているぞ、アーロン」
アーロンは気付くように頷き、見合った2人は健闘の握手を交わしたのだった。
ジャッドの遠ざかる足音が消えた頃。
アーロンはプライベートルームに1人、やれやれと頭をかいた。
「一方的に信じられてもね~……めんどくさ」
ぶつくさ言って、胸ポケットからカードサイズの携帯を取り出し耳に当てる。
続くアーロンの声にひ弱さは欠片もなく、落ち着いたニヒルな声が通った。
「よう、俺だ。馬鹿は焚きつけるのが楽でいいねぇ。問題ない、北条はこれから〔T-テオ-〕を開くから、ちゃんと援護しろよ」
手短に通話を終了したアーロンは、白衣の襟を正した。
「俺がARのスパイだとも知らずにペラペラとご苦労さん、せいぜい頑張れイルミナ佐官」
鼻で笑ったアーロンは、その目を狐のようにきゅうと細めたのだった。




