チカラパワー
「痛いって、さっきから何?」
セラに小突かれて後ろを向くがセラは特に返事をするわけでもない。
「これから大きい戦闘があるんだから、言いたいことがあるなら早く言って」
「――別に……ない」
「無いって今日何回杖で叩いてきてると思ってるんだよ」
今朝の一件からセラの機嫌が悪い。
部屋にいなくて心配したのか、それともみたくないものを見てしまったからか、朝食から今現在に至るまでちょくちょく杖で小突いてくる。
「兄さん、みんないると言っても火山竜と戦闘になったらかなり危ないから気を引き締めて」
「わかってるよオグ。バフォメットとの戦闘はしっかり盾役として頼りにしてるよ」
「任せてください。兄さん達は僕が護ります」
オグはオグで今朝の一件からヒロさんから兄さんに呼び方が変わってしまっている。
ネグと朝を迎えたことはあっという間に村中で広がり、これからオークの村の戦士たちとネザーゲートの破壊に向かうのだがみんなその話でもちきりだった。
「兄ちゃんネグとヤったんだって?」
首根っこの鎧の部分をつままれて、ドレッドヘアーのドデカイオークにまるで子猫のように持ち上げられる。
「あのネグを落とすとかすげぇな」
その横からはスキンヘッドのオークがこんなチビがといった顔で覗き込んでくる。
身長3メートルに届きそうなほどの大柄なオークの二人組、チカラとパワーだ。
チカラパワーと呼ばれている二人は兄弟で、サトルが戦ったオークの元族長の子孫にあたる。
二人はその体格もあってかなり強く、力こそ総てだった頃のオーク達の村であれば間違いなく族長になっていただろう。
「どうでもいいんですけど、つまみ上げるのやめてくれません?」
「悪い悪い、でもよ兄ちゃんが小さすぎて声が聞こえねぇんだよ」
「だったら肩に座らせてもらえません?」
「まぁ仕方ねぇか」
チカラの肩にヒョイと座らせられ、髪についている何かの骨で出来た髪飾りに掴まらせてもらう。
30のオジサンが人の肩に乗せてもらうのもなんか恥ずかしい気もするが、身長差が1.3メートルほどある相手と話すとなるとこっちも首が痛くなるほど見上げなければならないので仕方がない。
「なんだかんだ言ってネグは次期族長だからな。お前がもしネグと一緒にいるなら俺たちにも兄ちゃんの事詳しく教えてくれよ」
「え?ネグが?」
「当たり前だ。あいつはこの村で一番強いからな」
「俺たち二人がかりで挑んだ時もあったけど、あっという間にやられちまった」
チカラとパワーがガハハと笑いながらオグの方を見る。
「なのに弟の方はあのザマだ」
「技もねぇし攻撃も当たらねぇ、おまけに盾と鎧なんかで身を固めやがって」
話を聞いていたオグが気まずそうに頭を掻きながらこっちを見て苦笑いをする。
「盾を使うのってそんなに悪い事ですか?オグの盾の使い方はかなり上手だと思いますけど」
「盾を上手く使えるって言ってもよ、攻撃しなきゃ意味ねぇだろ」
「そんな事無いですよ。オグが敵を抱え込んでいる間に仲間が攻撃すればいい」
「それじゃ仲間がいないと戦いに勝てねぇってことじゃねーか」
「そうだ!戦いは敵をぶっ潰さねぇとな。なぁみんな?」
パワーが声を上げると他のオークたちも「そうだ!」と声を上げそれぞれオグを見て笑う。
まぁ確かにオーク達を見ると彼らが攻撃重視な戦闘をするのが分かる。
オークの男たちは魔法を使わない。
女性のオークたちが回復魔法や生活で必要な魔法を覚え、男たちは武器による攻撃を前提に鍛錬している。
今回は回復ができる女性のオークが何人か同行しているが、普段は村に帰るまで怪我の治療無しで狩りを行っているらしい。
そんな力こそパワーな戦いの美学を持った彼らからすると、オグはかなり異端のようだ。
一応、族長に武術を習っているオーク達もいるのだが、彼らも防具は最低限のもので武器もかなり威力の高そうなものを装備している。
「そこまで言うならオグはうちのパーティの一員って事でいいですよね」
「あぁ、俺たちといても足手まといだしな」
「ならよろしく頼むよオグ」
オグはこちらを見上げ「ありがとう兄さん」と嬉しそうな顔をした。
「それでよ、あんたは強くもねぇってのになにがネグに気に入られたんだ?」
「さぁ、酒の力とか」
「ガハハ、んな訳ねぇよ。あいつは俺たちよりも遥かに酒に強え」
「あいつが本気を出せば村の酒全部飲んじまうよ」
――結局、門付近の岩場に到着するまでチカラの肩に乗せてもらったまま会話することになった。
途中で何度かバフォメットと遭遇することもあったが、こちらはオーク数十人と共に行動しているので、ほぼ瞬殺で終わり、チカラとパワーは戦闘が始まっても我関せずといった顔で会話を続けていた。
前回、ネザーゲートを見つけた岩場に到着するとチカラの肩から降ろしてもらい、岩場の陰からネザーゲートの方を覗く。
今回は火山竜がいないがバフォメットがかなりの数がいる。
恐らく大勢のオークでネザーゲートに向かっていることに気付いたバフォメットが報告に戻り迎撃のために集まったのだろう。
「バフォメットは20近くいる。合図をしたらアタシと男たちで一気に突っ込んでぶっ飛ばす。女たちとヒロたちは後ろで待機していてくれ。オグはヒロたちと行動。それでいいか?」
「俺達は文句はないぜネグ」
「ヒロは?」
チカラパワー兄弟をはじめオークたちは異論は無さそうだが、ネグは一応といった感じでヒロに確認を取る。
「ちょっと待って、俺たちのパーティとオグ、女性のオークを除いて突っ込むオークの人たちは何人いるの?」
「18人ってとこか」
「一匹のバフォメットが4匹のレッサーデーモンを召喚するから、仮にバフォメットが20匹だとして召喚されたら18対80になるけど」
「んなもん召喚する前にぶっ飛ばせばいいだろ」
「門のまわりにここより近い隠れられる場所はないから、召喚前に倒すのは無理じゃないかな」
「ならどうするんだよ」
「先にまとめて80匹召喚させよう」
――バフォメット達がいつオークたちが来てもいいようにネザーゲートのまわりをウロウロと歩きながら見渡している。
そこへ凄いスピードで黒い生き物が通り抜ける。移動速度を上げるスキルを重ねがけしたケティだ。
「きぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
と20匹以上いるバフォメット達が奇声を上げてレッサーデーモンを召喚し始める。
しかし、ケティの方を威嚇するバフォメット達を後ろから着いてきた巨大な竜が薙ぎ払う。
全身を岩で武装したような4メートル級の大きなトカゲ。火山竜だ。
今現在、一番早く移動できるケティが火山竜を引き付けここまで誘導してきた。
後はケティがバフォメット達に火山竜を押し付けるだけでいい。
移動重視のケティは音のように速く、バフォメット達はケティをすでに見失っている。
召喚されたレッサーデーモン達が次々と火山竜に飛びかかっていくが、刃物を一切受け付けない火山竜に対して武器を全く持たないレッサーデーモン達はまるで歯が立たない。
バフォメット達は遠距離の魔法で攻撃し始めるが、威力のある魔法を使用するたびレッサーデーモン達を巻き込んでいる。
「みんないいかな。作戦通りバフォメットが全滅するか、火山竜が倒れたら突撃するよ」
「あぁわかってるよ」
「にしても、兄ちゃんやることがせこいぜ」
作戦は上手くいっているが、チカラたちは少し不服そうな顔をしている。
「目的はネザーゲートの破壊で、バフォメットと戦う事じゃないから正々堂々とかないでしょ」
実際に作戦は大成功で、火山竜が息絶えたころにはバフォメット達の数は20匹を切っていた。
「よしみんな突っ込むぞ」
ネグの合図でオーク達が突っ込む。
戦闘直後のバフォメット達は疲れていたこともあり、次々とオーク達に倒されていく。
「やっぱオーク達は強いわ。ね、セラ」
セラに話しかけてみたが、目があった後プイっと目をそらされる。
「セラなんでそんなに怒ってるんだよ。ほら、帰ったら今日は俺がご飯作るからさ。だから機嫌直して」
「別に怒ってないし」
「いや、怒ってるでしょ。そうじゃなきゃ女の子の日だ」
ボカッとかなり強めにセラの杖で殴られる。
「痛っ……」
「ニャー達、遊んでる場合じゃないニャ」
ケティに言われて門の方を見ると、門の中からかなり大きなバフォメットが現れる。
身長は3メートルは超えていて、バフォメットと同様の山羊頭に4本の腕。
しかし明らかに違うのはかなり太目の筋肉が付いており、下段の両腕にはそれぞれかなり大きいサイズの大剣を握っている。
「でぃぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ」
と低い声で雄たけびを上げると上段の両腕に巨大な炎の塊を生み出しオーク達に投げつける。
炎の塊が爆発を起こすと10人近いオークが吹き飛ばされ戦闘不能状態になっていた。
「まずいニャ」
「ケティ、あれは何だよ」
「多分グレーターデーモンニャ」




