全滅
まずい。まずい。まずい。
パニック発作のような状況がヒロを襲う。
目の前でセラが死にかけている。
その腹部には爆発で突き刺さった尖った岩。
抜いていいのか?本来はもっと血液が出るのを岩が止めてくれている可能性は?
医学を学んでいるわけでもなく、ヒロには全く見当が付かない。
回復ができるハルトの方を見る。
ケティとハルトはデーモンとそのデーモンが召喚した4体のモンスターに囲まれている。
ハルトを庇うようにケティが駆け回り、ハルトは可能な限り回復をケティにかけ続ける。
ハルトをここまで連れてきて、回復させることは不可能だろう。
仮にハルトをここに連れてきても今度はケティが危なくなる。
どうしたらいい?どうしたら…
まずい。まずい。まずい。
目が回る。吐き気がする。手が震える。
総てを放棄して頭が真っ白になりかけたときだった。
セラがヒロの手を握る。
死にかけているのにヒロを案じたのか、それとも不安だったのか。
しかし、これが切っ掛けになった。
ヒロは大きく深呼吸する。
状況を整理するんだ。
ヒロは回復魔法が全く使えないわけではない。
傷を癒す回復の奇跡は使えないが、修復という回復魔法は使える。
修復は奇跡と違って、対象の治癒能力を活性化させる魔法で、応急処置用程度の効果しかなく対象者の体力もかなり使う。
今、この状態で体力を消耗させるのは危険かもしれない。
なら、回復の奇跡が使えるハルトを連れてくるのはどうだ?
デーモン達はケティとハルトを取り囲んでいる。
4本腕の2メートルサイズの山羊頭、デーモンが1匹。
デーモンに召喚された2本腕の160センチサイズの山羊頭が4匹。
ケティはこの5匹を相手に立ち回ってはいるものの、ハルトが回復をかけ続けなければ危うそうだ。
なら、ヒロが何匹か相手をすればいけるのだろうか。
リザード一匹に3人で苦戦していたヒロがケティ相手に有利を取っている相手を相手にできるのだろうか。
――やるしかない。
セラと自分の命を天秤にかける。
悩むまでもなかった。
「帰ったら好きなもの食べような」
セラの手を放しケティたちの方へ走る。
「ハルト!セラの方に走れ!」
小さい山羊頭にスレッジハンマーを投げる。
スレッジハンマーは見事に直撃し小さい山羊頭は体勢を崩した。
それを見てハルトが走る。
別の小さい山羊頭がハルトに襲い掛かろうとしたが、そいつの後ろにヒロが飛びつく。
頼むから人間と同じであってくれ。
脇の下に小刀を通し、引き抜きながら内側を切り背中をけ飛ばす。
「ケティ、このちっこいのとデカいの何体までなら倒せる?」
「できればデーモンと1対1がいいニャ。レッサーデーモンなら1対2でも勝てるニャ」
小さいのはレッサーデーモンっていうのか。
スレッジハンマーを直撃させたレッサーデーモンAにヒロは切りかかる。
レッサーデーモンAは後ろに飛びのきかわすが、ヒロにターゲットを絞ったらしく抱え込むことに成功したみたいだ。
ヒロの後ろで脇の下を切ったレッサーデーモンBが傷口からドバドバと血を流しながら立ち上がるが、本人は何が起きたか分からない様子でフラフラとその場で膝をつき倒れた。
良かった。なら何とかなる。
「ケティ、デーモンを任せるからここから引き離せ」
「わかったニャ」
ケティがデーモンを思いっきり蹴飛ばし吹っ飛ばす。
「振動」
左手の掌底のあたり数センチ先の空間から空気の塊が飛び、ケティを追いかけようとしたレッサーデーモンCの頭に命中し、レッサーデーモンCの頭が激しく振動する。
特に効いているわけではないが、何が起きた?という感じでレッサーデーモンCの動きが止まる。
それを見たレッサーデーモンDもヒロにターゲットを変更したようだ。
さて……。
うちのエースアタッカーのケティが2体しか無理と言ったモンスター3匹を一人で抱えなければならない。
ケティがデーモンを倒すか、ハルトがセラを回復して二人が戦闘に参加するまで耐えれるか……。
いや、むしろ倒す気で掛からないと無理だ。
レッサーデーモンA、Dが突っ込んでくる。
「空中浮遊」
ヒロが思い切り大地を蹴り、宙に浮かぶ。
空中浮遊はその名の通り空中に浮くことができる。
かと言って自由に飛び回れるわけではなく、どちらかというと無重力状態になるイメージだ。
浮いた後、魔力を消費する事で移動することができるがフワフワとしか移動できない。
やはり人気がない魔法だったが、移動手段としていつか使えるのではないかと習得した魔法だ。
レッサーデーモンA、Dは浮いたヒロの足を掴もうとジャンプするが、もう届かない高さまで浮いている。
ヒロに攻撃が届かないことを悟り別のターゲットに向かおうとしたところで、ヒロは魔法を解除しレッサーデーモンA,Dの後ろを取る。
もらった。
レッサーデーモンBにやったようにレッサーデーモンAに攻撃をしようとした時だった。
ヒロの背中に何か鋭い痛みと共に衝撃が来る。
レッサーデーモンCだ。
その猛禽類の様な爪で抉ったのか、爪には血と肉がついていた。
背中が熱い。
狼に腕をやられた時を思い出す。
きっと背中はその時よりひどい有様になっているだろう。
レッサーデーモンAがセラたちの方に走り出す。
もう振動の射程圏外だ。
とっさに小刀を投げつけ、それがレッサーデーモンAの背中に突き刺さり動きを止める。
手ぶらになったヒロをレッサーデーモンC、Dが襲い掛かろうとした時だった。
「衝撃波」
ヒロを中心に衝撃波が発生し、レッサーデーモンC、Dを吹き飛ばす。
衝撃波――ヒロが覚えた魔法の中で現在一番値段の張った魔法であり、セラよりも早く習得することができた魔法だ。
魔力による衝撃波を自分中心に発生させ相手と距離を取る魔法で出が早い。
ショックと言った時には発動し、ウェーブと言い終わった時には魔法は終了している。
主に接近戦を得意としない魔法使いが覚える魔法だ。
開幕に投げつけたスレッジハンマーのもとへ走り、拾い上げる。
レッサーデーモンC,Dはまだ起き上がっていない。
レッサーデーモンAは小刀が刺さったせいか、C、Dが吹き飛んだせいか、再度ヒロにターゲットを変えたようだ。
セラを護らないと。
遠目にセラの方を見る。
まだ治癒は終わっていないようだ。
遠くで爆発音が聞こえる。
ケティとデーモンの戦いもまだ終わる気配はない。
視界の一部が暗くなり、視界がかすむ。
眩暈……貧血だろうか。
背中の傷から思った以上に血が流れてしまったのかもしれない。
ダメだ、今気を失ったらみんな死ぬ。
もう少しだけ。
――もう少しだけ…。
立っていられない。
スレッジハンマーを杖代わりにして何とか立っている。
レッサーデーモンC、Dは立ち上がったようだ。
護らないと。
セラを護らないと。
まだ15だ。
自分の半分しか生きていない。
倍生きた俺の命で救えるのなら……助けたい。
ヒーローだったらこんな危機的状態で覚醒するんだろうな。
ヒーローになりたかった。
唐突に頭によぎったが、現実はそんなに甘くない。
――地面に倒れこむ。
意識を飛ばさないようにするだけで精いっぱいだ。
セラの方を見る。
前髪で目は見えないがハルトと目があった気がした。
治したらさっさとセラを連れて逃げろよ。
――――――ごめんセラ……。




