先輩転生者
――――――ごめんセラ……。
意識が少しずつ薄れていく。
セラを見て、生きたいという意思が生まれたそばからかき消されていく。
倒れてからどれ位たってからだろうか。
視界に肉片と血が飛び散る。
「ひ弱そうなのによく一匹倒したな。おいオグ、こいつを運んでやんな」
女の声がする。聞いた事のない声だ――――――。
――――――
目が覚める。
毎朝の眠りから覚める感覚と同じだ。
あの世が存在したのかと思ったが、自分の視界の殆どをしめている女の子の泣き顔が、まだ生きていると教えてくれた。
「―――また泣かせちゃった…」
聞えるかどうか分からないほどのか細い声だった。
それでもセラには聞こえたらしく、ポロポロと零れていた涙は滝へと変わってしまった。
「起きたみたいだね色男」
「ここは…」
「アタシんちだよ」
話しかけてきた方を見ると緑色の肌をした身長170センチほどの女が立っていた。
細身の体に割れた腹筋。
服はビキニアーマーとでもいうべきか、最低限の部分のみを隠した鎧を着て左の肩のあたりに何か動物の顔をした銀の腕輪をつけている、何より驚いたのはオーク特有の潰れた鼻ではなく、鼻を含め整った顔をしている。
牙も思ったより小さく、八重歯の下段版って感じだ。
「あんたんとこのヒーラーはかなり腕がいいみたいだね。後で礼を言っときな」
「――他の仲間は」
「そこの嬢ちゃん以外は飯食ってるよ。あんたもさっさと起きて飯にしな」
まだ状況は理解できないが、セラに立たせてもらい移動することにした。
ちなみに大泣きしたセラに抱き着かれて胸のあたりが鼻水っでべちょべちょになっていた。
――言われた場所に行くとハルトとケティは男のオークと食事をとっていた。
そこにいたオークはtheオークと言う感じのがっしりとした筋肉に緑の肌。
やはりさっきの女性のオークと同じで潰れた鼻と牙はなかった。
「起きたんですね。今あなたの分も用意しますよ」
「えっと…」
「僕の名前はオグ。あなたのことはケティさんから聞いてますよ」
そうオグは言うと立ち上がり、ヒロとセラの分の食事も用意し始める。
身長は2メートルあるかないかといったところだろうか。
聞いていたオークよりも小さいが十分大きい。
ケティの話によるとヒロが倒れた直後、一部始終を見ていたオグとその姉のネグが助けてくれたらしい。
助けるつもりはなかったらしいのだが、レッサーデーモン4匹相手に一人で立ち向かったことを評価してくれたとか。
「にしても、あんた弱そうだけど一匹倒したあの方法はどんな技術を使ったんだ?魔法ではないだろう」
「ニャー、それはニャーも気になったニャ。ニャーでもレッサーデーモンをあんな少しの力では倒すことはできないニャ」
「あー、あれね」ネグとケティの質問にヒロが答える。「解剖学だっけかな」
正直上手くいくとは思っていなかった。
子供のころ見た映画の中で、巨漢に襲われた女性の解剖医が脇の下の動脈をメスで切って殺してしまうのだ。
その映画を見た当時は子供だったので脇の下を切ったら人は死ぬくらいにしか思っていなかったが、大人になって熱中症対策の勉強をしたときに少しだけこの理屈が分かった。
熱中症になってしまった人体を冷やす方法として、体の大きい血管が通っているところに氷など冷たいものを当てる対処法がある。
その場所が首、脇の下、股だ。
首は攻撃されやすいことから警戒されると思い、なかなか攻撃を受けることがない脇の下を切ることにしたのだ。
太い血管は通常の血管と違い、少しの切れ目でとんでもない量の出血が起きるので簡単に失血死に追いやることができる。
もしもレッサーデーモンが血の通わない未知の生物だった場合、1対4で瞬殺されていただろう。
1対3でも瞬殺だったけど。
「そうか、合気道じゃないのか」
「え?合気道!?」
「なんだ知ってるのか?」
「むしろ何でオークが合気道を」
「うちの爺さんが使ってた体術だ」
ネグの言葉に驚いた。
驚いたが色々と納得した。
話を聞くと、ネグとオグはクォーターオークでお爺さんがどうやら転生者のようだ。
何十年も前にまだ人間とオークが争っていたころにその当時の族長と戦い勝利。
オークたちをまとめてこの場所へ移り住んだらしい。
何十年も前って、この世界の転生者ってどれだけ前から送らえれ続けているんだ?
しかし、もっと驚いたことがあった。
食事の後に風呂にはいれと言われたので風呂に入ることにしたのだが、風呂のドアを開けると露天風呂になっていた。
浴槽はしっかりと岩や石で敷き詰められていて、目隠しとしてしっかりとした柵が設けられている。
後で訊いた話だと、今いる山は火山らしく温泉が湧いているらしい。
それを知ってネグとオグのお爺さんはここを村にすることに決めたのだとか。
ゆっくりと肩まで温泉に浸かる。
温泉は少し熱めな気がするが、逆にそれが心地よい。
空を見上げると綺麗な満月が輝いていた。
この世界の月は3倍ほど大きい。
というか、あれは月なのだろうか。
「はぁ……」と大き目のため息が出る。
和食が食べれた時もそうだが、この世界に来てから元の世界の文化の様なものに触れるととても安心する。
もしかしたら元の世界が好きだったのかもしれない。
正直、今の現状だけなら元の世界の方がよかった。
元の世界の生活の水準には戻したいなぁ。
あぁそうか。
多分、ネグとオグのお爺さんもそう思ってここに住んだのかもな。
そう考えると、もしかしたらサザラテラやジャポンで見た現代風のものは先輩転生者が残したものかもしれないな。
例えばセラが被ってるベレー帽。
ベレー帽は男性の軍服から女性用のアイテムになったはずだから、お洒落な女性転生者が流行らせたのかもしれない。
胡椒やオリーブオイルもそうだ。
胡椒はエルフ、オリーブオイルは妖精がそれぞれの故郷で作っているらしいのだが、もしかしたら先輩転生者がもたらした技術かもしれない。
各地をまわったというケティが仲間になってから色々訊いたけど、他にも不思議に思ったことは色々あった。
そう考えると自分もマヨネーズとケチャップをサザラテラに残したのか。
次に来る転生者は恵まれてるな。
少しのぼせてきた気もするが、まだ湯につかっていたい。
明日は族長に合わせてもらえるらしい。
ハルトの事も大事だが、せっかくだから先輩冒険者の事も知っておきたい。
日記か何か残していてくれるとありがたいなぁ。
湯船のお湯を手ですくい顔を洗う。
露天風呂って最高だな。




