狼
体を揺すられて目が覚める。
赤髪に神官服……セラじゃないな…。
目を擦りながら起き上がる。
「敵がいる」
ヒロを起こした女性はハリーのパーティの神官フレイだ。
って、敵!?
慌てて見渡す。
戦士のハリーとランドがそれぞれ馬車の前に出て剣を構えている。
その後ろにいる魔法使いのウォータがこちらの視線に気づいたのか、顎で茂みの方を示す。
「あれって…」
「狼よ」
フレイに言われて寝ぼけていた意識がしっかりする。
サザラテラ周辺はほぼモンスターが狩りつくされており、ゴブリンか狼しかいない。
ゴブリンは繁殖力が高く、完全な駆除ができない為ゴブリンの天敵となる狼がこの地に残されているのだ。
狼は単独で行動することがなく、群れで狩りをする。
単独で行動するゴブリンなど反撃の間もなく狼たちの餌食になってしまうだろう。
もしその狩りの対象が人間へと向いた場合、ゴブリン以上に厄介な相手になる。
「私たちは馬車を護るからあなた達は自分で自分の身を護って」
フレイはそう言ってウォータの隣に付く。
「セラ、目は冷めているか?」
「うん」
先に起こされていたのか、セラは杖を持ってすでに戦闘態勢だ。
三匹の狼たちが茂みから現れハリー達の目の前に飛び出してくる。
「へへっ、犬コロ三匹で俺たちをやろうって?」
「ブハハハ、一撃でぶっ飛ばしてやるぜ」
ハリーとランドがいつでも来いと迎撃態勢をとるが、狼は威嚇するだけで攻撃はしてこない。
ヒロたちが今いるのは森の街道の脇。
複数の人間が野宿ができるように木が切り倒され、ある程度の空間が確保された場所にいる。
街道の進む方向から3匹でてきたので、ヒロとセラは狼から一番離れた馬車の後ろにいた。
狼は三匹で行動するのか…なんで、奇襲をかけなかったのか…。
はっとしてヒロが後ろを向いた時には、茂みから4匹目の狼が飛び出してセラに飛びかかろうとしていた。
「危ない!」
左腕の小盾でセラに噛みつこうと飛びかかる狼の顔を空中で横に殴り飛ばす。
怖い。一瞬の出来事だが見えた狼の牙がハッキリと脳裏に焼き付く。
「きゃうっ」と、不意を喰らったような声を出し、狼はすぐさま立ち上がり茂みに隠れる。
「おい、大丈夫か?」
「こっちはいいから馬車と商人と馬を護って」
ハリーが心配してくれたが、恐らく狼は4匹だけではない。
自分の身は自分で護り、ハリー達には移動手段をしっかり護ってもらいたい。
ここから徒歩でサザラテラに帰るのはかなり骨が折れるだろう。
「――アイスニードル」
ウォータの杖先から大きなつららが現れ三匹の狼に飛んでいく。
狼たちはそれをかわす様に散開し茂みへ姿を隠した。
「外すなら撃つじゃねーよ」
「――五月蠅い…」
ランドに言われウォータは不機嫌そうだ。
「――あいつらは賢い。お前たちが後ろを気にしている間に飛びかかるつもりだった…」
「確かにそうかもな、ありがとなウォータ」
ハリーは振り向かずに礼を言う。
「セラ大丈夫?」
「大丈夫」
茂みの方に体を向けたままセラを見たが、少し震えている。
「俺が抑えるから、確実に当てられるときにファイアボールを」
「わかってる」
「信じてるよ」
馬車に飛び乗ってハリー達にすべて任せてしまいたいがそうもいかない。
これでも冒険者の端くれなのだから一緒に戦うべきだ。
それにハリーたち4人に馬車2台も護れるか分からない。
もし馬がやられた場合、森を抜けるまで格好の獲物になってしまう。
どうしてもそれだけは避けたい。
「ハリーさん、どうします?」
「迎撃だ!」
ハリーに訊いたのにランドがバ大剣を肩に乗せ答える。
「今馬車に乗っても馬が食われるだけだ」
「そういう事でいいか?」
ハリーが確認を取ってくるが勿論そのつもりだ。
「余裕ができたら助けてくださいね」
「任せとけって、またうまい飯が食いたいもんな」
2匹の狼がハリー、ランドの前に出てきて威嚇する。
続けて2匹、ヒロとセラの前。
ヒロは短刀を右手に構え攻撃に備えた。
しかし、どちらも囮だったのか5匹目が現れ神官のフレイへ一気に距離を詰め飛びかかる。
まずい、回復役のフレイがやられれば回復ができなくなる。
回復ができなれば怪我を恐れて行動が制限される。
そんなヒロの心配はどうやら無駄だったようだ。
フレイはワンドで狼を殴りつけ、怯んだ狼の首根っこを掴んで押さえつけその上に座った。
「神に使える私から狙うなんて悪い子ですね」
フレイが魔法発動の為の詠唱を始める。
ファイアボールなどの下級魔法は必要がないが、中級以上の魔法には魔法発動の為に呪文の詠唱が必要になる。
なんの魔法だろうか、そう思った時にはフレイはその魔法を発動した。
「――爆発」
フレイが首根っこを押さえていた狼の顔が一瞬光ったと思ったら小さな爆発を起こし吹き飛ぶ。
恐らく威力を制御したんだと思うが、狼の顔は血をまき散らすこともなく吹き飛び、フレイの真っ白な神官服には一滴の血もついていない。
神官なのにえぐい事するな……。
フレイの方によそ見していたせいであろうか、ヒロの目の前の狼が飛びかかってくる。
とっさに盾でガードしようとしたが、完璧ではなく盾の端に噛みつき腕を引っ張る。
なんか、警察犬の訓練風景だな。
なんて思う余裕があったのは、このまま右手の小刀で首元を切れば終わると思っていたからだろうか。
それとも、頭に浮かんだ首元を切られ、血を流し死にゆく狼の姿を誤魔化す為だろうか。
確かなのはここで小刀を振るえばこの狼は終わる。
そう思っていたが、そんなことはなかった。
二匹目の狼がヒロに飛びかかる。
左手と盾は使えないので、どう防げばいいんだ?狼の方が頭いいじゃん。
いや、無傷でどうにかしようとするのがいけないんだ。
右手を振るが二匹目の狼は別の狼が噛みついている盾を足場にしてひらりとかわし顔に爪を立てる。
防がなきゃ、とっさに右腕で顔を庇う。
ザッ、ザッと腕に何かがぶつかる感覚が来る。
防げた。防げたぞ。
「――ファイアボール」
セラが放った拳大の火の玉が二匹目の狼の横っ腹に炸裂する。
今しかない。
盾に噛みついている狼の首に思い切り小刀を突き刺す。
狼は少し暴れたが、血が凄い勢いで流れてすぐに動かなくなる。
やった。やれた。
一息付きたいがまだもう一匹狼が残っている。
ファイアボールを喰らったが、仲間を殺されたからだろうか、そいつは全然怯んでいない。
大丈夫、今は盾が使えるし、セラもいるから攻撃を盾で受けてファイアボールで仕留めればいい。
左腕の盾を構える。
右手が熱い。さっき受けたときに怪我をしたのだろうか。
確認したいがそんな時間はなかった。
狼がセラに向かっていったのだ。
まずいまずいまずい。
狼がセラに飛びかかる。
どうしたらいい?どうすればいい?
頭が回らない。
長く考えた気がするが、まわりがゆっくりに見える。
飛びかかった狼の口が開く。
とてつもなく尖ったその牙で噛みつかれなどしたらセラはどうなってしまうのだろうか…
その先は想像しなかった。
想像できなかった。
気付いた時には右腕をその牙の前に出していた。
視界に入った右腕から血が出ている。
革のグローブが裂けていることから、さっきの狼の爪は防げていたわけでなく、しっかり右腕をえぐっていたようだ。
狼の牙が右腕に食い込み小刀を落としてしまう。
痛みはまだ来ない。
脳から脳内麻薬がドバドバ出ているんだろうな。
少し冷静な自分に驚いたが、それどころではない。
狼の頭を盾で殴る。
狼も負けてたまるかと腕を放さない。
殴る。殴る。殴る。だけど一向に放そうとしない。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。足が震えだして立っていられなくなってきた。
狼の目には涙が浮かんでいる。
泣くなら諦めて逃げ出してくれよ。
心が折れそうになった時だった。
セラが小刀を拾い狼に突き刺す。
小刀の刃先を伝わり、狼の血が溢れ出してくる。
それでも狼は放さない。
――やがて狼の目が白濁していく。
結局狼は絶命しても尚、腕に喰らい付いついていた。
死んでも放さないってのはこういう事だろう。
セラが狼の口と顎を掴み口を広げる。
右腕の傷口はぐちゃぐちゃになっていて直視するのがつらい。
「ありがとう。セラは怪我はない?」
そう言って、ハリー達の方を見る。
どうやらハリー達も最後の一匹を仕留めたようだ。
ハリー達のまわりには7,8匹は狼の死体が転がっている。
先輩達は順調に倒したようだ。
セラは何て言ったんだろう。
気が緩んだのか、状況を確認して安全だと思った時には視界が暗くなり気を失っていた。




