啓一、あきれる。
ジャスが赤坂さんに魅かれた理由は、日向とのギャップなのかもしれない。
男っぽい見た目と雰囲気、それに迷いなく行動するところも、まるっきり正反対だ。
だからって、どうしたらいいんだ?!
日向に「もっと男らしく振る舞え」と言えばいいのか?
・・・わからない。
何日経ってもジャスの気持ちは変わらないらしい。
仕方なく、日向に言うのは、帰ってくるまで待つようにと言った。
それまでは、くれぐれも間違いを起こさないように・・・と、まるで母親のように言ってしまった。
とりあえず救われる気がしているのは、ジャスが日向のことを今でも好きだということだ。
相変わらず、メールが来ると嬉しくて会いたくなる、と言っている。
電話が来ると、そのときだけは、赤坂さんのことは忘れてしまうとも。
でも、そのひとときが終わると・・・。
赤坂さんからジャスに対しては、何も特別なことはないらしい。
イベント会場で見た頭をなでたりする行動も、じっくり考えてみると、俺もよく肩や背中を叩かれたことに思い当たった。
ジャスに対しては、相手が女の子だからあんな形で現れたのかも知れない。何も意味がないのかも。
だとしても、ジャスが赤坂さんを好きだということに変わりはない。
そして、そのきっかけを作ったのが俺であることも。
今日。
ようやく日向が帰ってくる。
「啓ちゃん。そろそろかな?」
ジャスの頼みで、空港まで一緒にやって来た。
日向が乗っているはずの飛行機は少し前に到着済みの表示に変わった。
出迎えの人々が集まっているロビー。
その人混みから少し離れて、不安そうな顔で両手を握り合わせているジャスミン。そのななめ後ろに一歩下がって立つ俺。
ジャスの着ている白いワンピースが、周囲の景色から切り取ったように浮き上がって見える。
ジャスは日向に会ったら真っ先に、自分の気持ちを伝えるつもりでいる。
「好きなひとができた。」と。
様子を見てからでも遅くないと言った俺に、ジャスは日向との間で、大事なことはきちんと話すと約束してあるから、と説明した。
もちろん、ジャスに好きなひとができたというのは、二人にとって大事なことに決まってる。
その決心が鈍らないように、俺についてきてくれと言ったのだ。
俺の事情はそれだけじゃない。
ジャスが日向に打ち明けるなら、俺は日向に謝らなくちゃいけない。あのバイトを紹介したのは俺なんだから。
ジャスと俺に謝られて呆然とする日向が目に浮かぶたびに、胸の中が後悔でいっぱいになる。
どうして赤坂さんみたいな人がいるところに、ジャスを行かせてしまったんだろう?
こんなことになるなら、あの真面目で一途な日向をジャスの彼氏候補にするんじゃなかった。気の毒すぎる!
・・・出てきた?
前方でざわめきが大きくなってきた。
再会を喜ぶ甲高い悲鳴も聞こえる。
「啓ちゃん・・・。」
ジャスが半歩うしろにさがる。
日向は・・・まだ?
ざわめきの中に言葉が聞き取れるようになり、前方の集団が崩れ出す。
荷物を持って、バス乗り場や駐車場に向かう人たち。みんな笑顔だ。
ジャスの顔を覗き込むと、血の気がなくなっているのがわかった。
唇をきゅっと引き結んで。
――― 来た。
人混みをかき分けるようにして現れた日向。
手に持っていた布の袋が出迎えの人にひっかかり、振り返っている。
黒いTシャツにグレーの半袖シャツを羽織り、よれよれのジーンズ、スニーカー。もちろん、ジャスとおそろいのメガネ。
額にかかっていた髪は、全体的に短く刈り込まれている。
右肩にダークグリーンの大きなリュック。
・・・・?
向き直った立ち姿になんとなく違和感を感じる。
髪が短くなったせい? 日焼けしたから?
きびきびとした歩き方。周囲を油断なく見回す目つき。
なんていうか・・・大人になった?
落ち着いた態度の中に、余裕、というか、自信のようなものが感じられる。
以前の、なんとなくお坊ちゃま風な雰囲気のある日向とは、間違いなく一線を画している。
この旅行が日向を変えた・・・?
視線をめぐらしていた日向が、俺たち・・・いや、ジャスミンを見付けて嬉しそうに笑った。
あんなに嬉しそうな顔が、ショックの表情に変わるのか・・・。
「数馬くん・・・。」
胸の前で手を握り合わせていたジャスがつぶやく。
ああ、日向、ごめ・・・・え?! あ! ジャス?!
あっという間に日向に駆け寄ったジャスが、そのまま胸に飛び込んでいた。
それを受け止めた日向が、にこにこしながらジャスの両頬にチュッチュッとキスをし ―― あの様子だと、いつもやってるな ―― そのままぎゅっと抱き締める。
・・・あーあ。
まったく、もう。
日向が笑いながら、しがみついているジャスの肩に手をかけて引き離し、顔を覗き込むようにして話しかけている。
頬を染めて、それに答えているジャスミン。
・・・当然だよな。
つまり、そういうこと。
一気に気分が軽くなった。
ジャスは淋しかったんだ。何日も日向に会えなくて。
そんなときに赤坂さんに優しくされて、ぽーっとなって。
でも、電話でさえ赤坂さんのことを忘れてしまうんだから、直接顔を見たら、すっかり飛んで行ってしまうのは当たり前だ。
要するに、日向が帰って来さえすれば、すべて解決ってこと。
しかも、こんなに男らしくなって帰って来たんだから、言うことなしだ!
もうすぐアルバイトの期間も終わる。
ほっとした・・・。
それに、疲れた・・・。
ようやく俺のことを思い出したらしいジャスが、こちらを向いた。
日向も俺に気付いて、照れくさそうにあいさつをする。
「来てくれてありがとうございます。向こうで髪を切ったら、こんなになっちゃって。」
「そんなに短い髪の日向を見るのは初めてだけど、似合ってるよ。」
そう。
今の日向にはよく似合っている。
「あの・・・、啓ちゃん・・・。」
ジャスが困ったような顔で俺を見上げた。
「もういいような気がする・・・。」
はいはい。
見ていてわかったよ。
「ジャスは淋しかったんだよな?」
それを聞いて、日向が優しい視線をジャスに向け、ジャスはまた真っ赤になった。
「俺、向こうでコーヒーでも飲んでるから、まずはゆっくり話したら? 日向、俺たち車で来てるから家まで送るよ。じゃ、あとで。」
二人に背を向けて歩き出す。
こんなに解放された気分になれたのは半月ぶりくらいか?
・・・そうだ。
あとで、これだけは日向に言っておかなくちゃ。
「将来、単身赴任だけは、絶対にしちゃいけない。」
って。
---- おしまい。 ----
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
このおはなしで「フッ」や「ほっ」がお届けできたらいいなあ、と思いながら書いてきました。
ほんの少しでも、みなさまのHAPPYな気分のお役に立てていたら嬉しいです。
ほんとうに、ありがとうございました。