第1話
「........」
この場には、ものすごい眼光で自分を見つめてくる190cmのヤンキーと、俯いて全力で視線を合わせないようにする私。
それと、この気まずさに気づいていないのか全力で喋り続けるおばさまたち。
あんまり神とか天国とか信じないタチだけども、ここが地獄なのかも知れない。
「おい、」
あっまずい近づいてきた。自分にかかっている黒い影が大きくなったから絶対そう。
どうするべきか。流石に切り返して全力ダッシュはこれからの学校生活に響く気がする。
いやどちらにしても出会ってしまった時点で平穏な生活にはひびが入った気がするが。
「ちょっと杏!そんないきなり近づいたら怖がるに決まってるやないの!ちゃんと自己紹介せなあかんやろ!」
おばちゃん。近づいた足が止まったから大変ありがたいけども、それは高校生というより小学生に対する扱いではないか。
「杏。圓谷杏」
なんとここにきて初めて声を聞いた。大変申し訳ないが自己紹介の日は彼は来なかったし、クラスでも基本いないか寝ているので、話す機会は全くなかったのだ。
同時に彼のイントネーションがバチバチの関西弁なことも知った。
「あんた愛想悪いなあ!!そんなんじゃ女の子捕まえられへんで」
「余計なお世話やババア」
ババアは言い過ぎだけど私もお節介だと思う。おばちゃん。思春期にそれは沁みるよ
「ごめんなあこの子愛想悪いねん。お姉ちゃんは名前なんて言うんかな」
どうするべきか。
でも、パツキン(杏)と会ってから顔を見せていないし、学校と違ってアクセサリーもつけているからワンチャン気づかれないか...?!(無謀)
「...エト(裏声)」
出してしまった。もう戻れないので別人として早めに切り上げることを目標にしようか。
「ワタナベ、デス」
無理がある。ありすぎる。でも別人だって勘違いされたらこっちの完全勝利である。
「そんなん苗字だけじゃ分からんがな!芸能人みたいになってるやないの!」
おばちゃんにはウケた。別にウケ狙いではないが場を和ませてくれたと言う点では感謝している。
「アノ、ワタシ、キュウヨウガ、デキタキガスルノデカエリマス」
出し慣れていない裏声のせいで日本語を勉強したての外国人のようになった。恥ずかしすぎる。
とにかくこの場を離れるのが最優先だと判断した。どうせもうこの場所には来ないだろう。
「えーもう帰ってまうの?!もっとゆっくりしてきいや」
ありがとうおばちゃん。限界です。
「イエイエ、イソイデマスカラ」
「おい、だからお前
「シツレイシマス」
マーチング仕込みの華麗なUターンをきめて、自分が今できる限りの早足で歩き出す。
もはや走っている気がするが気のせいだろう。
「はあ...」
驚異的なダッシュと記憶力で道も迷わず駅に辿り着いた。およそ5分。
火事場の馬鹿力って存在するんだなあ。
時計を見るとまだ四時で明るかったが、あまりにもメンタルが疲弊してしまったので帰ることにした。カフェはまた今度でもいいだろう。
「あれ、」
耳に違和感を感じた。
どうやらピアスが一個落ちてしまったらしい。ノンホールピアスだったから激しく走ったせいで落ちてしまったのだろう。
まあ300円で買ったやつだし...そんなに支障はないか。
失ったものはありつつも、気まずい状況から逃げ出せた安心感で胸を撫で下ろす。
そうして帰路についた。




