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詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~異世界キャンピングカーでダンジョンも王国もひっくり返す~  作者: Gaku


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第12話:温かいスープと、不器用な笑顔 〜「温もり」とは、「凍傷を自覚させる劇薬」である〜

西の空が、熟れた果実のような濃い橙色に染まっていた。


王都グランドルの屋根という屋根が、その光を受けて赤く燃えている。白い壁には長い影が伸び、石畳の隙間には一日の熱と、夜の冷えが混じり合っていた。大通りには人の声がまだ溢れている。英雄を称える声。酒場から漏れる笑い。荷馬車の車輪が石を踏む重い音。どこかの店先で吊るされた鉄鍋が、風に揺れて、かん、と乾いた音を立てた。


そのすべてが、メイには遠かった。


彼女は瞬の少し後ろを歩いていた。


近づきすぎないように。


離れすぎないように。


逃げようと思えば逃げられる距離を保ちながら、しかし、完全には逃げない。


自分でも、それが不思議だった。


路地裏で助けられた。


男たちは消えた。


瞬は、自分の顔を無理に見ようとはしなかった。


手を取らなくてもいいと言った。


それなのに、メイの胸の奥では、警鐘が鳴り続けている。


信じるな。


近づくな。


優しい言葉ほど、後で鋭くなる。


温かいものほど、失った時に寒さを思い知らせる。


メイは、頭に巻いた布を指先で押さえた。布の下の左目が、まるで熱を持った石のように存在を主張している気がした。誰かの視線が少しでも顔に向くたび、背中に冷たい汗がにじむ。


「おっと」


前を歩いていた瞬が、急に足を止めた。


メイは反射的に身を引いた。


瞬はすぐに振り返り、両手を軽く上げた。


「あ、ごめん。急に止まったな。大丈夫か?」


「……はい」


「いや、びっくりさせるつもりはなかったんだ。あれ見つけたからさ」


瞬が指さした先に、小さな屋台があった。


木組みの屋根から白い湯気が立ちのぼっている。赤く焼けた炭の上には大きな鉄鍋が置かれ、鍋の中で、とろみのあるスープが静かに泡を立てていた。湯気は夜風にほどけながら、香草と肉と根菜の匂いを運んでくる。


その匂いが、メイの体を貫いた。


喉が鳴る。


腹の奥が、ぎゅう、と痛く縮む。


足が勝手に止まった。


温かい食べ物の匂い。


それは、メイにとって優しさの匂いであり、裏切りの匂いでもあった。


村の老婆がくれたスープ。


宿場町で与えられた冷めかけの椀。


手のひらを温めてくれたものは、いつも最後には取り上げられた。


だから、欲しいと思うこと自体が怖かった。


瞬は屋台へ近づいた。


「おっちゃん、スープ二つ。あとパン。肉もある?」


屋台の親父は、岩から削り出したような顔をしていた。


眉は太く、鼻は潰れ、顎には短い髭がびっしり生えている。顔だけ見れば、今にも「金がないなら帰れ」と怒鳴りそうな迫力がある。


親父は瞬を見るなり、目を丸くした。


「お、お前さん、さっき黒い巨人をぶっ飛ばした英雄様じゃねぇか!」


「いや、ぶっ飛ばしたというか、結果的に飛んだというか」


「どっちでもいい! うちで食ってくのか!」


「食う。というか、この子に食わせたい」


瞬が少し横へずれる。


親父の視線がメイに向いた。


メイの体が硬くなる。


布の端を握る指に力が入った。


親父は、メイの汚れたローブ、泥のついた靴、細い肩、そして顔を隠す布を見た。


ほんの一瞬。


その一瞬が、メイにはひどく長かった。


また聞かれる。


その布は何だ、と。


顔を見せろ、と。


怪しい、と。


しかし、親父は何も言わなかった。


ただ、鍋の蓋を開け、湯気の中へ大きな木杓子を差し込んだ。


「大盛りでいいな」


瞬が即答する。


「超大盛りで」


「おいおい、嬢ちゃんの体、細いぞ。そんなに入るか?」


「入る。というか、入れてほしい。見た感じ、三日分くらい足りてない」


メイは慌てて首を振った。


「そ、そんなには……」


その瞬間。


ぐううううう。


腹が鳴った。


王都の大通りの音を押しのけるほど、はっきりと。


屋台の親父が黙った。


瞬も黙った。


メイは布の下で顔を真っ赤にした。


親父は、無言でさらに具を足した。


肉を一切れ。


もう一切れ。


根菜を山のように。


最後にパンを二つ。


瞬が小さく頷いた。


「おっちゃん、わかってるな」


「腹の音は嘘つかねぇからな」


「名言っぽい」


「名言だ。飯屋の親父は、腹の音だけは信じる」


そう言って親父は、木の器になみなみとスープを注いだ。


湯気が立つ。


白く、柔らかく、夜気の中へほどけていく。


メイはそれを見つめた。


手を伸ばせなかった。


瞬が代金を払う硬貨の音が、ちゃり、と響く。


その音に、メイの胸が少しだけ痛んだ。


金も信じられなかった。


でも、この男はその金で、自分のために食べ物を買っている。


それが、どうしていいかわからないほど怖かった。


「ほら」


瞬は器を手に取ったが、メイへ押しつけはしなかった。


屋台の脇にある粗末な木の台へ器を置き、少し離れた。


「ここに置いとく。熱いから気をつけろよ」


メイは、恐る恐る近づいた。


木の器から伝わる熱が、指先に触れる前からわかる。


彼女は両手を伸ばした。


指先が器に触れる。


温かい。


その瞬間、胸の奥が痛んだ。


痛いほど、温かかった。


まるで、自分がどれほど冷えきっていたのかを、無理やり思い知らされるようだった。


「……いただいて、いいんですか」


声が震えた。


瞬は当然のように答える。


「いいに決まってるだろ。食べるために買ったんだから」


「でも、私は……何も返せません」


「返す?」


瞬は首を傾げた。


「じゃあ、うまそうに食ってくれればそれでいい」


メイは黙った。


うまそうに食べる。


そんなことが、返すことになるのだろうか。


わからない。


でも、器の熱は確かだった。


メイは、木の匙を持った。


手が震える。


匙の先がスープに触れ、湯気が指先を濡らした。


一口、すくう。


根菜の甘い匂い。


肉の脂の深い香り。


香草のほろ苦さ。


メイは、少しだけ息を吸ってから、それを口に運んだ。


熱かった。


舌が驚く。


喉が震える。


それから、温かさがゆっくり落ちていった。


喉を通り、胸の奥を通り、空っぽだった胃の底に届く。


体の中で、消えかけていた火が、ほんの少しだけ息を吹き返した気がした。


メイの手が止まった。


瞬は、何も言わなかった。


屋台の親父も、黙って鍋をかき混ぜている。


大通りの音だけが、遠くで揺れていた。


メイは、もう一口食べた。


今度は少し大きく。


パンをちぎり、スープに浸す。


乾いたパンが汁を吸い、柔らかくなる。


それを口に入れた瞬間、彼女の目の奥に熱いものが滲んだ。


泣きたくない。


ここで泣いたら、また期待してしまう。


優しさにすがってしまう。


そう思ったのに、涙は勝手に出てきた。


一粒だけ。


布の下から頬を伝い、器の縁に落ちる。


瞬は、それを見た。


けれど、見なかったふりをした。


その代わり、自分の器を持ち上げ、わざと明るく言った。


「うまっ。おっちゃん、顔は岩石なのに味は優しいな」


「誰の顔が岩石だ」


親父の低い声が飛んだ。


瞬は真顔で言う。


「味との落差がすごい。見た目は魔王軍の門番、味は実家のおばあちゃん」


「褒めてんのか、けなしてんのか、どっちだ」


「両方」


「客じゃなきゃ鍋に沈めてるぞ」


瞬はスープをすすりながら笑った。


メイは、そのやり取りを聞いていた。


馬鹿みたいな会話だった。


意味もない。


危険もない。


誰かを傷つけるためではない言葉の往復。


そのくだらなさが、胸に染みた。


口元が、ほんの少しだけ動いた。


笑った、というほどではない。


けれど、凍りついた唇が、わずかにほどけた。


瞬は、その小さな変化を見逃さなかった。


胸の奥が、奇妙に跳ねる。


美しいからではなかった。


もちろん、布の隙間から見える顔立ちは、泥と疲労に隠れてなお目を引くものがある。


でも、それだけではなかった。


この子は、こんなにも傷ついている。


食べ物を前にしても、最初に出る言葉が「いいんですか」だった。


助けられても、まず自分を遠ざけようとした。


それなのに、温かいものに触れた時、ほんの少しだけ、人間らしく笑いそうになった。


その危うさが。


その必死さが。


瞬の胸に、なぜか強く残った。


大通りの風が吹いた。


屋台の湯気が、二人の間を白く流れていく。


その湯気の向こうで、メイは黙ったまま、また一口、スープを口に運んだ。


メイは、黙々と食べ続けた。


最初は、匙の先に少しだけすくっていた。


けれど、一口、また一口と温かさが体の中へ落ちていくたび、空腹がようやく自分の存在を思い出したように暴れ始めた。胃の奥がきゅうと縮み、喉が次の一口を求め、指先が器を離さなくなる。


メイは恥ずかしそうに顔を伏せたまま、それでも食べる手を止められなかった。


根菜を噛む。


甘い。


肉を噛む。


柔らかい。


パンを浸す。


汁を吸ったパンが、舌の上で崩れる。


熱が、体の中に戻ってくる。


それはただの食事ではなかった。


凍りついていた体に、まだ自分が生きているのだと知らされる行為だった。


「……おいしい」


小さな声だった。


湯気よりも薄く、夜風に消えそうな声。


けれど、瞬には聞こえた。


彼は少しだけ目を細めた。


「よかった」


ただ、それだけ言った。


その言い方が、またメイを困らせた。


何かを求める声ではなかった。


恩を着せる声でもない。


褒められたい声でも、感謝を引き出そうとする声でもない。


本当に、ただ、よかったと思っている。


それがわかるから、怖かった。


メイは匙を握る指に力を込めた。


優しさは怖い。


温もりは怖い。


何度も、そう思ってきた。


でも、いま目の前にあるスープは温かい。


その温かさだけは、否定できなかった。


「足りるか?」


瞬が尋ねた。


メイは反射的に首を振った。


「だ、大丈夫です。もう十分で……」


ぐううう。


また腹が鳴った。


今度は先ほどより少し控えめだったが、それでも十分すぎるほど正直だった。


屋台の親父が無言で鍋を持ち上げた。


瞬も無言で硬貨を置いた。


メイは慌てた。


「い、いえ、本当に、もう……!」


「おかわりだな」


親父が断定した。


「いや、腹の音が追加注文してた」


瞬も頷いた。


「本人確認なしで注文を通すんですか……」


メイが思わず呟くと、瞬がぱっと顔を明るくした。


「お、今のツッコミ、かなり自然だったぞ」


「つっこみ……?」


「いや、なんでもない。大丈夫。今のはいいやつだった」


「いいやつ……?」


メイはわけがわからず、ほんの少しだけ首を傾げた。


その仕草を見て、瞬の胸にまた何かが残った。


怯えきっている。


傷つきすぎている。


それなのに、完全に閉じきってはいない。


どこかに、まだ柔らかいものが残っている。


ほんの少しの会話に戸惑い、温かいものに涙を落とし、腹の音に恥じらう。


それは、彼女がただ壊れてしまった存在ではない証のように見えた。


瞬は、そこに惹かれた。


強いからではない。


可哀想だからでもない。


壊されかけても、まだ人であろうとしている。


そのことが、胸の奥でどうしても光って見えた。


親父が二杯目の器を置いた。


今度はさらに具が多い。


肉も、根菜も、パンまで追加されている。


メイは、器を見つめたまま固まった。


「……こんなに、いただけません」


「食え」


親父は短く言った。


その声は乱暴だった。


けれど、不思議と突き放す音ではなかった。


「腹減ったやつが遠慮してると、鍋の中身が怒る」


「鍋が……?」


「うちの鍋は気が短い」


瞬が真剣な顔で言った。


「そうなのか?」


親父が瞬を見る。


「知らない」


「適当言うな」


親父の大きな手が、瞬の頭を軽く叩いた。


ごん。


叩いた親父の方が、手を押さえた。


「硬っ!? なんだその頭!」


瞬は真顔で額を押さえる。


「机の角に勝った頭です」


「何の話だ」


「俺の始まりの話です」


「知らんわ!」


親父が怒鳴り、瞬が笑う。


そのやり取りに、メイの口元がまた少しだけ動いた。


今度は、さっきよりほんの少しだけ長かった。


笑ってはいけないと思った。


でも、我慢できなかった。


あまりにも馬鹿みたいで。


あまりにも普通で。


誰も石を持っていなくて。


誰もメイを見つめていなくて。


ただ、目の前の二人がくだらないことで言い合っている。


その光景が、胸の痛いところを少しだけ撫でた。


瞬は、その小さな笑みを見て、息を止めかけた。


一瞬だった。


本当に一瞬。


布に隠れた顔の下で、唇がわずかにほどけただけ。


それでも、その笑みは、王都のどの灯りよりも頼りなく、だからこそ目を離せなかった。


守りたい、とは少し違った。


救いたい、と言うにはまだ早い。


ただ、この笑みが二度と消えないようにしたい。


そう思った。


瞬は、自分でも驚くほど静かに、その感情を胸の奥へ置いた。


メイは二杯目も食べ始めた。


今度は少しだけ、匙を動かす手が落ち着いている。


食べながら、彼女は何度も小さく礼を言った。


「……ありがとうございます」


一口食べて、また。


「すみません」


パンを受け取って、また。


「ありがとうございます」


そのたびに瞬は、胸が少し苦しくなった。


この子は、食べ物を受け取るだけで謝る。


温かいものを口にするだけで、許しを乞うような顔をする。


どれだけ奪われてきたら、こんなふうになるのだろう。


どれだけ拒まれてきたら、空腹の自分を満たすことにまで怯えるのだろう。


瞬は、軽い冗談を口にしかけて、やめた。


今は笑わせるより、食べさせる方が大事だと思った。


「なあ」


メイの手が止まる。


瞬は、慌てて声を柔らかくした。


「名前、聞いてもいいか?」


メイは、匙を握ったまま固まった。


名前。


その言葉も、久しぶりに誰かから向けられた気がした。


災い。


魔女。


化け物。


怪物。


最近のメイは、そんな呼ばれ方ばかりされていた。


名を聞かれることは少なかった。


名を呼ばれることは、もっと少なかった。


「……メイ、です」


消え入りそうな声だった。


瞬は、静かに繰り返した。


「メイ」


たった二文字。


けれど、メイの胸が小さく震えた。


そこに嫌悪はなかった。


恐怖もなかった。


探る響きも、疑う響きもない。


ただ、名前として呼ばれた。


それだけのことが、あまりにも久しぶりだった。


瞬は自分を指差した。


「俺は瞬。佐藤瞬。まあ、この世界だとサトウが名字なのか名前なのか説明が面倒だから、瞬でいい」


「……シュン、さん」


メイが、恐る恐る呼んだ。


瞬は、なぜか少し照れた顔をした。


「さん、はいらないけど……まあ、今はそれでいいか」


「……シュンさん」


もう一度呼ばれて、瞬は咳払いした。


屋台の親父が横目で見る。


「英雄様、顔がにやけてるぞ」


「にやけてない」


「鍋の蓋に映ってる」


瞬は鍋の蓋を見た。


確かに、少しにやけていた。


「これは……スープがうまい顔です」


「苦しいな」


「人生はだいたい苦しいものです」


「急に深そうなこと言ってごまかすな」


親父が呆れたように笑った。


メイは、その会話を聞きながら、最後のパンをスープに浸した。


器の底が見え始める。


温かさが、体の中にゆっくり広がっていた。


眠気も、少し遅れてやってくる。


これまで張り詰めていた糸が、ほんの少しだけ緩んだせいだった。


けれど、その緩みがまた怖い。


安心してはいけない。


ここは居場所ではない。


この人も、いつか変わるかもしれない。


紫の瞳を見たら。


この布の下を知ったら。


きっと、同じ顔をする。


メイは、無意識に布を押さえた。


瞬はそれに気づいた。


気づいたが、何も聞かなかった。


聞けば、彼女はまた逃げ道を探すだろうと思った。


だから代わりに、彼は空になった器を見て言った。


「よし。食えたな」


「……はい」


「偉い」


メイは、目を瞬かせた。


「偉い……?」


「うん。ちゃんと食べるのは偉い」


「そんなの……普通です」


「普通ができないくらいしんどい時もあるだろ」


瞬の声は、何気なかった。


けれど、メイの胸には深く入った。


普通ができないくらいしんどい時。


それを、この人は知っているのだろうか。


知らないのかもしれない。


ただの思いつきかもしれない。


でも、その言葉は不思議と、責める形をしていなかった。


メイは返事ができず、空になった器を両手で包み込んだ。


もう中身はない。


それでも、器にはまだ温もりが残っている。


冷えきった手には、それだけで十分だった。


やがて、王都の空は完全に夜へ沈んだ。


大通りの賑わいは続いていたが、夕暮れの赤は消え、ランタンの橙色が石畳を照らしている。建物の影は濃くなり、路地の奥にはまた夜が溜まり始めていた。


瞬は親父に礼を言い、メイの方を見た。


「少し歩けるか?」


メイは頷いた。


食べたことで体は温まったが、疲労は消えたわけではない。立ち上がると、膝が少し揺れた。


瞬は手を出しかけて、止めた。


その代わり、少し前を歩いた。


「無理だったら言えよ。休む場所、探すから」


「……はい」


メイは小さく答えた。


二人は屋台を離れた。


背後で、親父が鍋をかき混ぜる音がする。


湯気の匂いが少しずつ遠ざかっていく。


石畳を踏む靴音が、夜の王都に重なった。


瞬の足音は、軽い。


メイの足音は、細い。


こつ。


こつ。


こつ。


通りの向こうでは、まだ誰かが英雄の名を呼んでいる。


けれど瞬は、その声の方を見なかった。


彼は、少し後ろを歩くメイの足音だけを聞いていた。


消えそうで。


頼りなくて。


それでも、確かに前へ進んでいる音。


メイは布の下で、目を伏せた。


まだ信じてはいない。


まだ救われてもいない。


でも、空っぽだった腹は温かくなった。


名前を呼ばれた。


無理に触れられなかった。


それだけで、この夜は、さっきまでより少しだけ怖くなかった。


二人の影が、ランタンの光を受けて石畳に伸びる。


近づいては離れ、また重なりかける。


その先の夜道で何が待っているのか、メイはまだ知らなかった。


自分の布が剥がされ、隠し続けた紫の瞳を、瞬が見ることになるとも。


そして、その時初めて。


これまで何度も壊れてきた世界が、同じようには壊れないことを知るとも。


まだ、知らなかった。

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