第11話:路地裏の影と、差し伸べられた手 〜救いとは、名前を呼ばれる前に差し出される手である〜
王都グランドルの夜は、光に満ちていた。
大通りには、まだ昼間の熱が残っている。黒い巨人を退けた英雄の噂は、夕暮れを越えても冷めることを知らず、酒場の扉が開くたびに、笑い声と歓声が石畳の上へこぼれ落ちていた。
「シュン様だ!」
「英雄様が王都を救ったんだ!」
「見たか、あの一撃!」
人々の声は、明るかった。
灯されたランタンの炎が風に揺れ、赤や橙の光を道に落としている。焼き肉の脂が炭へ落ちる音。パンを売る店先から漂う香ばしい匂い。馬車の車輪が石畳を踏む、ごとん、ごとんという硬い音。すべてが重なり合い、王都そのものが大きな祝いの器になったようだった。
けれど、その光は、路地の奥までは届かない。
大通りから一本外れた細い道。
さらにその奥、古い建物の壁と壁に押し潰されるような路地裏では、夜の色が濃く溜まっていた。石壁は昼間の雨を吸ったまま乾ききらず、ところどころ黒く湿っている。割れた瓶の欠片が、遠くの灯りを受けて、弱く、冷たく光っていた。
風が通るたび、壁際に溜まった紙くずが、かさ、かさ、と小さく鳴る。
その音に、メイは肩を震わせた。
彼女は、路地の隅に座り込んでいた。
膝を抱え、頭から古びた布を深く被っている。ローブは破れ、裾には泥が固まり、靴の先は擦り切れている。額には、まだ乾ききらない血の跡があった。王都の外で男たちに石を投げられた傷だ。風が触れるたび、そこがじくりと痛んだ。
けれど、メイはその痛みをほとんど気にしていなかった。
痛みには慣れていた。
石の痛みも。
罵声の痛みも。
手のひらから何かがこぼれ落ちていく痛みも。
何度も味わいすぎて、もう自分がどこから傷ついているのか、わからなくなっていた。
「……英雄」
大通りの方から聞こえてきた言葉を、メイは小さく繰り返した。
英雄。
誰かを救う者。
誰かに望まれる者。
街の光の中心に立ち、人々に名前を呼ばれる者。
メイは、ゆっくりと自分の手を見た。
細い指。
土と血で汚れた爪。
何かを守ろうとすれば、怖がられる手。
誰かを助けようとすれば、拒絶される手。
この手で子供を受け止めた。
この手で盗賊を追い払った。
この手で騎士を救った。
この手で集落を守ろうとした。
それなのに、残ったのはいつも同じだった。
出ていけ。
近づくな。
魔女。
災い。
化け物。
「……私も、何かを守りたかっただけなのに」
声は、夜気に溶けた。
誰にも届かない。
それでよかった。
届けば、また傷つく。
誰かが振り向けば、また見られる。
見られれば、また壊れる。
メイは布の端を強く握った。左目を隠すための布。もう何度も泥にまみれ、雨に濡れ、血を吸って、布というより傷口に貼りついた古い包帯のようになっている。
それでも、これを外すことはできなかった。
この布の下には、メイが世界から追い出され続けた理由がある。
紫の瞳。
たった一つの色。
それだけで、どれほどの言葉が刃に変わるのか、メイは知っていた。
腹が鳴った。
ぐう、と低く、情けない音がする。
メイは反射的に腹を押さえた。
大通りから漂ってくる食べ物の匂いが、余計に胸を締めつける。焼いた肉。温かいスープ。甘い菓子。どれも、人のいる場所の匂いだった。
人の輪の中にある匂い。
メイが近づけば、必ず壊れてしまう匂い。
「食べたいな……」
呟いた瞬間、自分がまだそんなことを願えることに、少し驚いた。
もう何も信じないと決めた。
誰にも期待しないと決めた。
どこにも居場所を求めないと決めた。
それでも体は生きたがっている。
温かいものを欲しがっている。
眠れる場所を探している。
それが、少しだけ悔しかった。
メイは立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らなかった。膝が笑い、石畳に手をつく。冷たい。指先から、夜の冷えが骨へ染み込んでくる。
その時だった。
「おい」
低い声が、路地の入口から落ちてきた。
メイの体が固まる。
暗がりの向こうに、男が三人立っていた。
一人は小柄で、目だけがぎらぎらしている。もう一人は細長く、頬がこけ、口元に嫌な笑みを浮かべていた。最後の一人は大柄で、肩幅が広く、路地の狭さをさらに狭く見せていた。
酒の匂いがした。
安い酒。
汗。
古い革。
そして、獲物を見つけた時の人間の空気。
メイは、すぐにわかった。
逃げなければならない。
けれど、背後は行き止まりだった。
湿った石壁があるだけだ。
「こんなところで何してんだ?」
細長い男が、ゆっくり近づいてくる。
靴音が、こつ、こつ、と路地に響いた。
メイは布を押さえながら、少しずつ後ずさった。
「……何も、持っていません」
「持ってるかどうかは、こっちが見る」
小柄な男が笑った。
その笑い声は、大通りの明るい笑いとは違っていた。湿った壁に貼りつき、剥がれず、耳の奥に残るような音だった。
「顔、隠してるじゃねぇか」
大柄な男が言った。
「怪しいな」
メイの指に力が入る。
布だけは。
そこだけは。
「やめてください」
声が震えた。
男たちは、その震えを聞いて、ますます笑った。
「やめてください、だってよ」
「お上品だな」
「もしかして、どこかの貴族の逃げた娘か?」
細長い男の手が伸びてくる。
メイは身を縮めた。
力を使えば、追い払える。
三人くらい、簡単だ。
けれど、その考えが浮かんだ瞬間、喉の奥が冷たくなった。
まただ。
また、自分の力で誰かを怖がらせる。
また、化け物だと言われる。
また、壊してしまう。
メイは動けなかった。
「顔を見せろ」
男の指が、布の端に触れた。
その瞬間。
路地の入口から、場違いなほど明るい声がした。
「おーい、そこの人たち」
男たちの動きが止まった。
メイも、顔を上げた。
大通りの灯りを背に、一人の男が立っていた。
逆光で、顔はまだ見えない。
けれど、輪郭だけははっきりしていた。背は高く、立ち方に妙な力みがない。まるで散歩の途中に知り合いを見つけたみたいな、軽い気配。
風が路地に流れ込む。
大通りの光が、彼の背中からこぼれ、暗い石畳の上へ細く伸びた。
「その子、嫌がってるだろ」
男は、少し首を傾げた。
「そういうの、普通にダサいと思うぞ」
細長い男が、ぎろりと振り返った。
「なんだ、お前」
その声には、苛立ちと酔いが混じっていた。自分たちだけの暗がりに、勝手に光を差し込まれたことが気に入らない。そんな顔だった。
逆光の男――瞬は、路地の入口で頭をかいた。
「いや、なんだって言われてもな。通りすがりというか、迷子というか、飯屋探してたら、明らかに雰囲気悪い現場に出くわしたというか」
「関係ねぇだろ」
「関係ないかどうかで言えば、たぶん関係ない」
瞬は素直に頷いた。
男たちが一瞬、間の抜けた顔をした。
「だったら――」
「でもさ」
瞬の声が、少しだけ低くなった。
大通りの喧騒が、遠くなる。
石畳を撫でる風の音が、路地の中で細く鳴った。壁の染みから落ちた水滴が、ぽたり、と割れた瓶の欠片に落ちる。その小さな音さえ、はっきり聞こえるほど、空気が張り詰めた。
「嫌がってる子を三人で囲むのは、俺の中では、見過ごすと後味悪いやつなんだよ」
瞬は一歩、路地へ入った。
靴底が石を踏む。
こつん。
ただそれだけの音だったのに、メイにはなぜか胸の奥に響いた。
光の中から入ってきたその男は、剣も構えていなかった。鎧も着ていない。威圧するような怒鳴り声もない。
それなのに、男たちの空気がわずかに変わった。
獲物を見つけた時の薄汚い余裕が、ほんの少しだけ剥がれる。
「ふざけんなよ」
小柄な男が短剣を抜いた。
刃が、路地の暗がりで鈍く光る。
「英雄気取りか?」
瞬は、少しだけ困った顔をした。
「いや、その言い方はちょっと照れるな」
「褒めてねぇ!」
小柄な男が踏み込んだ。
短剣が、瞬の腹へ向かって走る。
メイは息を呑んだ。
危ない。
そう思った瞬間には、もう終わっていた。
瞬は、半歩だけ横へずれた。
本当に、それだけだった。
短剣は空を切り、小柄な男の体が前へ流れる。瞬はその肩に、ぽん、と手を置いた。
力を込めたようには見えなかった。
叩いたわけでもない。
ただ、友人を呼び止めるくらいの軽さだった。
次の瞬間。
「ぐへっ」
小柄な男は、石畳に顔から沈んだ。
沈んだ。
比喩ではなかった。
鼻先から額まで、石畳に少しめり込んでいた。
「……あ」
瞬が固まった。
「ごめん。軽く止めたつもりだった」
路地に、短い沈黙が落ちた。
大柄な男と細長い男が、地面にめり込んだ仲間を見下ろす。
メイも、布の奥で目を見開いた。
恐怖とは違う。
理解が追いつかない。
「お、おい、何した……」
「いや、肩をこう、ぽんと」
瞬は自分の手を見た。
「ぽんの威力じゃねぇんだよ!」
細長い男が叫び、大柄な男へ視線を送った。
「やれ!」
大柄な男が唸り声を上げ、拳を振り上げた。
壁いっぱいに影が広がる。
その拳が落ちれば、普通の人間なら骨ごと砕ける。
瞬は、少しだけ眉を寄せた。
「女の子相手にも、それやるつもりだったのか?」
声は静かだった。
大柄な男の拳が止まるはずもなかった。
瞬は片手を上げた。
受け止める。
ごん。
鈍い音がした。
拳と掌がぶつかった音ではない。
巨大な木槌が、見えない壁にぶつかったような音だった。
大柄な男の顔が歪む。
「いっ……!?」
瞬は、その手を握った。
「痛いか?」
「は、離せ……!」
「痛いの、嫌だよな」
瞬の目が、少しだけ細くなる。
「じゃあ、他人にもやるなよ」
そのまま、軽く手首をひねった。
大柄な男の体が、宙に浮いた。
「え」
男本人が、一番驚いた声を出した。
次の瞬間、彼は路地の隅に積まれていた木箱へ、ふわりと投げ込まれた。
ふわり。
瞬の感覚では、たぶんそうだった。
だが実際には、木箱が盛大に砕けた。
ばきゃあああんっ!
乾いた木片が飛び散り、何かの野菜らしきものが夜空へ舞い上がる。丸い根菜が一つ、細長い男の頭に落ちた。
ごん。
「痛っ!」
瞬は慌てて手を上げた。
「すまん! 野菜まで巻き込むつもりはなかった!」
「そこじゃねぇ!」
細長い男は、完全に青ざめていた。
短剣を持つ手が震えている。
逃げたい。
だが、仲間を置いて逃げるのも怖い。
目の前の男から目を離すのも怖い。
その迷いが顔に出ていた。
瞬は、一歩近づいた。
「なあ」
「ひっ」
「この子に謝って、もう二度とこういうことしないって約束するなら、俺はこれ以上何もしない」
「ほ、本当か?」
「本当」
瞬は真面目に頷いた。
「俺、暴力反対派だから」
石畳にめり込んだ男。
木箱に刺さった男。
頭に根菜を受けた男。
その三点を結ぶと、かなり説得力のない宣言だった。
細長い男は、震えながらメイの方を見た。
「す、すまなかった!」
それだけ叫ぶと、地面にめり込んだ小柄な男の襟を掴み、力任せに引っ張った。
抜けない。
「抜けねぇ!」
「ちょっと貸して」
瞬が近づき、小柄な男の襟首をつまむ。
ぽん。
小柄な男は、栓を抜くように石畳から抜けた。
顔面は白く、完全に気絶している。
「よし、生きてる」
「よしじゃねぇ……」
細長い男は泣きそうな顔で仲間を担ぎ、大柄な男を木箱から引きずり出すと、三人まとめて路地の出口へよろよろと走っていった。
途中、大柄な男が足をもつれさせ、小柄な男が荷物のように揺れた。
「覚えてろよ!」
細長い男が、震える声で叫ぶ。
瞬は首を傾げた。
「覚えてた方がいいのか? 反省するなら忘れない方がいいけど」
男たちは返事をせず、夜の大通りへ消えていった。
路地裏に、静けさが戻った。
遠くの歓声。
ランタンの揺れる音。
風に転がる紙くず。
砕けた木箱から落ちた根菜が、石畳の上でころころと転がり、メイの足元で止まった。
メイは、動けなかった。
目の前で起きたことが、現実なのか分からない。
三人の男が消えた。
誰も自分の布を剥がさなかった。
誰も紫の瞳を見ていない。
それなのに、助かった。
その事実が、うまく胸に入ってこなかった。
瞬は、少し離れた場所で立ち止まった。
すぐに近づこうとはしなかった。
メイが震えていることに、気づいたからだ。
路地の暗がりの中で、彼女は布を握りしめている。指先は白くなるほど力が入っていた。逃げ場のない壁際で、今にも消えてしまいそうなほど小さくなっている。
瞬の胸の奥に、さっきまでの軽さとは違うものが落ちた。
この子は、助けられたのに安心していない。
男たちが去っても、まだ何かに怯えている。
しかも、自分を怖がっているだけではない。
自分自身が何かをしてしまうことを、恐れているように見えた。
瞬は、そこに引っかかった。
ただ守られるだけの弱い子ではない。
力がないから怯えているわけでもない。
この子は、たぶん何かを抱えている。
傷つけられてきたのに、それでも誰かを傷つける側にならないように、必死で自分を縛っている。
それが、瞬には不思議なくらい強く見えた。
「……大丈夫か?」
瞬は、声を柔らかくした。
メイは答えない。
布の奥で、浅い呼吸だけが震えている。
瞬はしゃがみ、メイと目線の高さを合わせた。
「ごめんな。怖かったよな」
その言葉に、メイの肩が小さく揺れた。
怖かった。
その一言を、誰かから向けられたのは、いつ以来だっただろう。
村では、怖がられた。
宿場町では、追い出された。
湖畔では、剣を向けられた。
渓谷では、差し出された。
王都の外では、石を投げられた。
誰も、メイが怖かったかどうかなど聞かなかった。
怖がっているのは、いつも相手の方だった。
だから、メイはうまく返事ができなかった。
喉の奥が痛い。
声を出せば、何かが崩れてしまいそうだった。
瞬は、彼女の額に残る血の跡を見た。
ローブの破れ。
泥だらけの靴。
細い手。
そして、腹を押さえるように丸まった姿。
「腹、減ってるだろ」
メイは、びくりとした。
否定しようとした。
けれど、その前に腹が鳴った。
ぐうう。
路地の静けさの中で、あまりにも正直な音だった。
メイは布の下で耳まで熱くなった。
瞬は、笑わなかった。
からかうこともしなかった。
ただ、少しだけ安心したように息を吐いた。
「よかった」
「……何が、ですか」
ようやく、メイの声が出た。
細く、掠れて、今にも切れそうな声だった。
瞬は言った。
「腹が鳴るなら、まだちゃんと生きようとしてるってことだろ」
その言葉は、メイの胸の奥に、ゆっくり落ちた。
生きようとしている。
そんなふうに、自分を見たことはなかった。
自分はただ、追い出されて、逃げて、歩いて、倒れなかっただけだと思っていた。
けれど、この男はそれを、生きようとしていると言った。
瞬は、右手を差し出した。
大通りの灯りが、その手の輪郭を薄く照らしている。
「飯、食いに行こう」
メイは、その手を見た。
差し出された手。
何度も欲しかったもの。
でも、何度も奪われてきたもの。
老婆の手は背中を撫でたあと、出て行けと言った。
ガルドの手は銀貨をくれたあと、それを踏んだ。
アレインの手は剣を握った。
ガロンの大きな手は家族と言ったあと、自分を差し出そうとした。
だから、メイは動けなかった。
この手も、いつか変わるかもしれない。
この光も、いつか自分を焼くかもしれない。
触れた瞬間、また何かを期待してしまうかもしれない。
それが、何より怖かった。
「……私は」
メイは、布を握りしめた。
「近づかない方が、いいです」
瞬は首を傾げた。
「なんで?」
「私は……」
言えなかった。
紫の瞳のことも。
災いと呼ばれたことも。
助けても拒まれたことも。
言葉にすれば、この瞬間も壊れてしまう気がした。
瞬は、しばらく黙っていた。
それから、差し出した手を無理に近づけず、そのままの位置に置いた。
「じゃあ、今は近づかなくてもいい」
メイが、ゆっくり顔を上げる。
布の奥から、片方だけの視線が瞬を見た。
「でも、腹減ってるやつを見つけて、飯に誘わないのは、俺の中では結構ダメなことなんだ」
瞬は、少しだけ笑った。
「だから、手は取らなくていい。少し離れて歩いてもいい。嫌なら途中で逃げてもいい。でも、飯だけは食え」
メイの唇が震えた。
優しい言葉だと思いたくなかった。
信じたくなかった。
それなのに、胸の奥が痛かった。
凍りついた場所に、急に温かいものを当てられたような痛みだった。
大通りの方から、焼いた肉の匂いが流れてくる。
人々の笑い声。
遠くの歌声。
風に揺れるランタンの光。
メイは、まだ瞬の手を取れなかった。
でも、立ち上がった。
足元がふらつく。
瞬は反射的に支えようとして、すぐに手を止めた。
彼女が怯えたのを見たからだ。
その気遣いが、またメイの胸を締めつけた。
「……行きます」
かすかな声だった。
瞬は、明るく頷いた。
「よし。じゃあ、まずは温かいものだな。スープとか。パンとか。あと肉。肉は大事」
メイは返事をしなかった。
けれど、ほんの少しだけ、歩き出した。
瞬は彼女の半歩前を歩く。
近すぎず、遠すぎず。
大通りの光へ向かって。
路地裏の闇を背にして。
その時、王都の空を一羽のカラスが横切った。
黒い翼が、ランタンの光を一瞬だけ遮る。
メイは、顔を伏せたまま歩いた。
まだ救われたわけではない。
まだ信じたわけでもない。
けれど、冷たい石畳の上に倒れるはずだった夜が、ほんの少しだけ先へ延びた。
そして瞬は、隣ではなく、少し後ろを歩く少女の小さな足音を聞いていた。
こつ。
こつ。
こつ。
それは、今にも消えそうな音だった。
でも、確かに前へ進む音だった。
瞬は、その音から目を逸らせなかった。
この子を放っておけないと思った。
可哀想だからではない。
守らなければならない弱者に見えたからでもない。
震えながらも、誰かを傷つけることを選ばなかったその姿が、どうしようもなく胸に残ったからだ。
光の中へ戻る瞬の背中を、メイは少し離れて追った。
その距離は、まだ遠い。
けれど、二人の影は、王都の石畳の上で、初めて同じ方向へ伸びていた。




