その悪意、回収します
冥界薬局、始動です。
年齢がバグった先輩たちと、
バブルの夜へ繰り出す第二話。
どうぞよろしくお願いします。
「炎さんはさ?」
歩きながら凛が尋ねると、炎は肩を竦めた。
「炎でいいぜ?」
「……じゃ、宵さんは宵でいい?」
宵が静かに頷く。
「佐伯は――」
「ちょっと待て! なんで俺だけ最初から“さん”なしなんだよ?!」
即座に食ってかかる佐伯に、凛がふっと吹き出した。
その瞬間、それまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
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「炎は何したの? 猶予の期限がないなんて、かなりヤバいじゃん」
地獄での刑罰は、生前の罪によって決まる。
閻魔が定めた使役を果たすことで、藤代薬局の面々の刑期は削られていく。
だが、炎だけは違った。
彼は仕事が失敗した瞬間、その場で刑が即座に執行される「一発実刑」の身だ。
つまり炎は、“刑期を減らすため”ではなく、“執行という名の破滅を先延ばしにするため”だけに働いている。
「あー、俺は長生きだからな。悪さなら、覚えてねえくらいしてる」
さらりと言う炎に、深刻さはまるでない。
「長生き?! 今いくつ?」
「数えてねえけど……二千は超えてるかな」
凛がぎょっと目を見開く。
「化け物?!」
整った若者の姿から、二千年という歳月はまるで感じられない。
凛は恐る恐る宵を見た。
その視線を受け、宵が僅かに口元を緩める。
「俺は若いよ」
「いくつ?」
「五百……」
「ねえ! “若い”の意味、知ってる?!」
凛の即答に、炎が堪えきれず吹き出した。
当然、次は自分の番だろうと身構えた佐伯が待つ。
だが、誰も聞かない。
妙な沈黙だけが落ちた。
「……おい」
誰も反応しない。
「ねえ! 俺は?! 俺には聞かねえのかよ?!」
その必死さに、三人の笑い声が重なった。
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「俺は……戦前生まれだからな」
「え、1番若いの?!」
凛が素直に驚く。
炎や宵より、佐伯の方が年上に見える。
見た目だけなら、四、五歳は上だ。
「享年で止まってるんじゃねえか?」
炎が何気なく言い、凛も「確かに」と頷いた。
「じゃあ炎と宵は、かなり若くして死んだんだ?」
一瞬だけ、炎と宵の視線が交わる。
「……まあな」
宵が短く答えた。
その声には、軽く触れてはいけない温度があった。
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「宵は……何したか覚えてるの?」
少し迷いながら、凛が尋ねる。
「助けたい女を、助けられなかった」
意外なほど、宵はあっさり答えた。
「その女を殺した連中を、地獄に突き落とした。何人もな」
低く冷たい声音。
けれどそこには、今なお燃え尽きない執着が滲んでいた。
凛は、宵の横顔をじっと見る。
底冷えするほど綺麗な男だと思った。
でもきっと、この男は――
女のためなら、本当に地獄まで落ちる。
「……不謹慎だけど、宵らしい」
「褒めてるのか? それ」
察したのか、宵が笑う。
「ある意味ね」
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凛がふっと俯いた。
視線が足元に落ちる。
風もないのに、長い髪が僅かに揺れた気がした。
「佐伯は?」
ようやく順番が回ってきて、佐伯が少し目を丸くする。
「俺は……戦争があったからな。間接的に、何人も殺した」
「でも、それは時代が――」
凛が思わず遮る。
だが佐伯は静かに首を振った。
「俺が、俺を許せねえんだよ。時代だと言われてもな」
苦く笑うその顔は、苦悩を知っている分だけ、妙に男前だった。
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「凛は、覚えてないんだって?」
炎が覗き込むように聞く。
「うん。綺麗さっぱり」
凛は肩を竦めた。
「地獄に転生してからのことしか覚えてないの。だから、おじ様に教えてもらうまで、自分の誕生日も知らなかった」
「お?」
佐伯がぽんと手を打つ。
「そういや今日、誕生日じゃねえか」
「じゃあ祝うか。チーム結成祝いも兼ねて」
炎も楽しそうに笑った。
「どこ行く?」
「まず“どの時代に行くか”だろ」
宵が冷静に突っ込む。
「戦後すぐは何もねえしなぁ。昭和のケツか、平成初期あたりじゃね?」
「さてさて、お嬢は行ける口かね?」
佐伯がニヤニヤしながら手を揉む。
「……これって経費で落ちるかな」
凛の呟きに、佐伯が即座に頷いた。
「領収書は貰っとけ。基本だ」
事務屋らしい返答に、また笑いが起きた。
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結局、彼らが選んだのはバブル全盛期のプールバーだった。
麻布の街を歩く炎と宵は、その浮世離れした容姿でひどく目立ち、佐伯はいい男として普通に目立った。
だが一番目立ったのは、そんな男たちを従えた凛だった。
通り過ぎる人々は、まず炎と宵の整った顔立ちに目を奪われ、次に佐伯を見、最後にその中央を歩く凛を見る。
正反対のタイプが並んでいるのに、不思議なほど絵になっていた。
浴びせられる羨望の眼差しは、決して悪い気分ではなかった。
(ふふん、これぞ閻魔特権……!)
佐伯が時代に合わせた巨大なショルダーホンで、閻魔に電話をしている。
「お嬢、経費で落ちるそうだ。……それと……閻魔さんも来たいそうだが?」
途端に凛が、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「おじ様には改めて連れて行ってもらうから、今回はパスって伝えて」
「……かなり拗ねてるぞ?」
「しょうがないな、代わって」
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凛が重たいショルダーホンを受け取る。
「重たっ! ……あ、おじ様? ……え? 別に嫌がってるわけじゃないの。でも、おじ様がいると、上司と飲んでるみたいで、彼らも緊張しちゃうでしょ? ――それに、私、おじ様とは二人きりがいいな。わがままかな? ……え? 本当? ありがとう! じゃあ次は銀座がいいな。おじ様の眼鏡、私が選んであげる」
電話を切ると、凛はニヤリと小悪魔のように笑って三人を振り返った。
「閻魔まで転がしやがる……」
男たちは、戦慄混じりの感心を漏らした。
「私、この時代好きなんだー。服も可愛くない?」
凛は長い髪に凝った前髪を作り、ボディラインの出るワンピースに身を包んでいた。
男性陣は、肩パッドの入ったオーバーサイズのスーツをラフに着崩している。
「似合ってるんじゃねえか?」
炎が視線を逸らす。
「空気がやたら入るな、この服……」
宵は落ち着かなさそうに自分の袖を確かめている。
「似合ってるよ、お嬢。最高だ」
佐伯だけがニコニコと保護者のような顔で頷いた。
凛がくるりと一回転して見せると、ワンピースの裾が夜の空気をはらんだ。
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バブル全盛期の店内は、好景気の熱気をそのままボトルに詰めたような空気で満ちていた。
音楽が大きく、笑い声が重なり、誰もが何かに酔っている。
凛は、注がれる視線の質が少しずつ変わっていくのを、肌で感じていた。
羨望と、それに混じる、じわりとした悪意。
「バブルが弾けるなんて知らない、幸せなおバカさんたち……」
気配を読み取って凛があたりを見回す。
華やかな空気の裏側で、柱の影やカウンターから凛に対して「よどみ」のような悪意が集中していた。
「澱か? 小さいな」
炎が呟いた。
「凛、席を外せ。香薬は作れるか?」
宵が鋭い視線で周囲を牽制しながら言う。
「トイレで作ってくる。アトマイザーに詰めてくるよ」
凛が自然な動作で立ち上がった。
宵の瞳を見つめ、炎の肩にそっと手を置き、佐伯にウィンクを投げてから、彼女は優雅に歩き出す。
明らかな挑発。
「佐伯、後を追え。澱たちが向かったら面倒だ」
「トイレだぜ?!」
「追いかけてって、口説く振りでもしてりゃいいんだよ!」
炎に急かされ、佐伯が慌てて立ち上がる。
カウンターのスツールから腰を浮かせかけていた二人の女が、チッと舌打ちをして座り直した。
「凛、ちょっといいかい?」
佐伯がそれらしく凛に声をかける。
「佐伯さん? どうしたの? ちょっと待って、モレる……」
「モレ?!」
「前で待ってて」
凛は鮮やかに個室へ滑り込み、佐伯は護衛としてトイレの前を塞ぐ位置に居座った。
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その一部始終を見ていた、柱の影の女たち三人が、すっと炎と宵に近寄る。
「お誕生日のパーティ?」
上目遣いの、媚びを含んだ視線。炎が気だるげに目を上げた。
「ああ、後輩の誕生日なんだ」
「へぇー……」
一人の女が、宵のスーツの胸元にそっと紙切れを差し込む。
「?」
「ポケベルの番号。連絡、待ってるから」
もう一人の女も、同じようにメモを炎に渡した。
「大胆だな」
「私たちに、興味湧いたでしょ?」
自信満々な女たちの瞳。
「悪いが……誰かとの関係を壊してまで、仲に入ってこようとされるのは好きじゃねえんだ」
炎が低く、地を這うような声で呟く。それでいて彼は楽しそうだ。
「その小賢しい悪意……悪い匂いはしないがな」
宵が深く、熱を帯びた息と共に言葉を吐き出す。
「……確かに……。うまそうだ……」
宵の表情にも抑え切れない悦楽が浮かんでいる。
獲物を見るような二人の瞳に、女たちの顔が引き攣った。
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「佐伯、いる?」
凛の声に、佐伯がドアを振り返る。
「いるぜ、お嬢」
「炎の能力は?」
「奴の能力は『無』だ。澱を焼き尽くして、全てを初めから無かったことにする」
「宵は?」
「己が犯した罪、向けた悪意、憎悪を魂に刻み込み、忘れさせないまま漆黒の闇に送る」
「あんたは?」
佐伯はふっと、不敵に笑った。
「俺は掃除屋だ。澱をまとめて閻魔の縄で縛り、文字通り上司の元に送り返す」
「彼女たちは地獄から漏れた悪意に踊らされてるだけね?」
「そうだな」
「じゃ、始末はあんたに任せたよ」
「……おう。いい判断だ」
ガチャリ、とドアが開いた。
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「私の先輩方に、何か御用?」
戻ってきた凛が、炎と宵の膝にアトマイザーを転がした。
「……あ、用ってほどじゃないけど……?」
「まあ、この三人、奪っちゃおっかなーなんて……」
「そのくらいの、軽い感じですぅ」
震える声を虚勢で包み、凛を馬鹿にしたような眼差しを向ける女たち。
「あんた邪魔だからさ。消えてよ」
凛が口の奥でふふっと笑う。
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炎が退屈そうに手首にアトマイザーの中の『香薬』をかける。
瞬間、彼の周囲に目には見えない「絶対零度の火」が奔った。
女たちに取り憑いていた澱が、炎の熱に炙られて悲鳴を上げる。
「このチーム戦は閻魔の評価の対象になるな?」
宵は首筋にそれをかけた。
闇が彼の背後で蠢き、女たちの背後から剥がれかけたドロリとした影を、鋭い眼光で睨みつける。
佐伯からはもうフローラルな匂いがかすかにしている。
三人が同時に動いた。
炎が指を鳴らすと、白光が奔り、女たちの肉体に一切傷をつけず、澱の外殻だけを「無」へと還す。
剥き出しになり、逃げ場を失った澱の核が、恐怖に震えた。
すかさず宵が冷たい視線を投げる。
宵が操る影が、澱の核の自由を奪い、漆黒の底へと引きずり込んでいく。
「……。待って……。違う!」
澱が放つ断末魔の叫び。
それは物理的な音ではなく、直接魂を揺さぶるような穢れた響きだった。
凛はその悍ましさに、わずかに肩を震わせ、一歩後ずさる。
地獄に慣れているはずの彼女でも、実戦の「悪意」の生々しさには気圧されていた。
それを見逃さず、炎と宵の連携によって完全に弱体化した澱の残骸を、佐伯が閻魔の縄で一気に縛り上げた。
「はい、お片付け終了っと」
炎が、宵が、佐伯が。
凛を完全に背後に庇うようにして立ちふさがると、空中に漂っていた禍々しい澱は完全に消滅し、佐伯の懐へと回収された。
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誰も何も言わなかった。
バブルの喧騒が、遠いところから戻ってくる。
「始末には佐伯を使ったのか?」
炎が凛を振り返る。
凛は目の前の展開にほんの少し気圧されていたが、呼吸を整え、できるだけ軽く言った。
「乗っ取りでしょ、これ。デリートする程でも、闇に堕とす程でもないもの」
勝気な瞳が光る。
「まあな」
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今まで敵意を剥き出しにしていた女たちは、きょとんとした顔で立ち尽くしていた。
「大丈夫ですか?」
凛が声をかけると、彼女たちはおずおずと頷いた。
「……何か、ご迷惑かけました?」
「全然!」
「あ……じゃあ、失礼します」
女たちは身を寄せ合い、夢から覚めたように元いた席へ戻っていく。
「……ねえ、ヤバい! あの人たちイケてない?!」
「激マブ!」
そっと振り返った彼女たちと目が合うと、「キャッ!」と黄色い悲鳴が上がった。
「激マブーっ!」
凛が笑いながら三人を見た。
「バーカ」
炎が呆れたように笑う。
---
「初戦としてはまずまずだな? ……さて、伸びた執行猶予は?」
宵が佐伯を見た。
「報告書を上げて閻魔のオヤジに聞いてみるが……良くて一日、悪くて数時間じゃねえか?」
佐伯が肩を竦める。
宵が改めて凛を見、ふっと笑みを漏らした。
「閻魔が見込んだだけあるな。調薬の速さ、香薬に整える技能……なかなかだ」
「俺の香りは?」
宵が自分の手首を嗅ぐ。
「『ナイトメア』。夜をイメージしたの。気に入った?」
「ああ、悪くない。危険な香りだ」
悪い顔で宵が微笑んだ。
「俺は?」
炎が聞く。
「『フレア』。宵とは対照的な、火のイメージ、お気に召した?」
「どストライクだ」
「お嬢……お前、絶対にこの時代を意識しただろ、俺の香り!」
佐伯の指摘に、凛は肩をすくめた。
「『タクティクス』! 佐伯を見てると、それしか浮かばなかったんだもん!!」
「お嬢ーーっ!!」
バブルの喧騒の中、新しいチームの笑い声が夜に溶けていった。
チームの空気がほぐれていく瞬間を、
この話では大事にしました。
佐伯だけ最初から「さん」なしの件、
書きながら一番笑ったところです。
彼は損な役回りが似合いすぎる。
宵と炎の過去については、
まだ表面をなぞっただけです。
もう少し先で、もう少しだけ深く。
本作の編集・推敲にはAIアシスタントを活用しています。
文章の磨き上げに使用しており、
ストーリーやキャラクターはすべて作者本人によるものです。
また次の話でお会いしましょう。




