表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

その悪意、回収します

冥界薬局、始動です。


年齢がバグった先輩たちと、

バブルの夜へ繰り出す第二話。


どうぞよろしくお願いします。


「炎さんはさ?」


歩きながら凛が尋ねると、炎は肩を竦めた。


「炎でいいぜ?」


「……じゃ、宵さんは宵でいい?」


宵が静かに頷く。


「佐伯は――」


「ちょっと待て! なんで俺だけ最初から“さん”なしなんだよ?!」


即座に食ってかかる佐伯に、凛がふっと吹き出した。


その瞬間、それまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。


---


「炎は何したの? 猶予の期限リミットがないなんて、かなりヤバいじゃん」


地獄での刑罰は、生前の罪によって決まる。

閻魔が定めた使役を果たすことで、藤代薬局の面々の刑期は削られていく。


だが、炎だけは違った。


彼は仕事が失敗した瞬間、その場で刑が即座に執行される「一発実刑」の身だ。

つまり炎は、“刑期を減らすため”ではなく、“執行という名の破滅を先延ばしにするため”だけに働いている。


「あー、俺は長生きだからな。悪さなら、覚えてねえくらいしてる」


さらりと言う炎に、深刻さはまるでない。


「長生き?! 今いくつ?」


「数えてねえけど……二千は超えてるかな」


凛がぎょっと目を見開く。


「化け物?!」


整った若者の姿から、二千年という歳月はまるで感じられない。

凛は恐る恐る宵を見た。


その視線を受け、宵が僅かに口元を緩める。


「俺は若いよ」


「いくつ?」


「五百……」


「ねえ! “若い”の意味、知ってる?!」


凛の即答に、炎が堪えきれず吹き出した。


当然、次は自分の番だろうと身構えた佐伯が待つ。

だが、誰も聞かない。


妙な沈黙だけが落ちた。


「……おい」


誰も反応しない。


「ねえ! 俺は?! 俺には聞かねえのかよ?!」


その必死さに、三人の笑い声が重なった。


---


「俺は……戦前生まれだからな」


「え、1番若いの?!」


凛が素直に驚く。


炎や宵より、佐伯の方が年上に見える。

見た目だけなら、四、五歳は上だ。


「享年で止まってるんじゃねえか?」


炎が何気なく言い、凛も「確かに」と頷いた。


「じゃあ炎と宵は、かなり若くして死んだんだ?」


一瞬だけ、炎と宵の視線が交わる。


「……まあな」


宵が短く答えた。

その声には、軽く触れてはいけない温度があった。


---


「宵は……何したか覚えてるの?」


少し迷いながら、凛が尋ねる。


「助けたい女を、助けられなかった」


意外なほど、宵はあっさり答えた。


「その女を殺した連中を、地獄に突き落とした。何人もな」


低く冷たい声音。

けれどそこには、今なお燃え尽きない執着が滲んでいた。


凛は、宵の横顔をじっと見る。

底冷えするほど綺麗な男だと思った。


でもきっと、この男は――

女のためなら、本当に地獄まで落ちる。


「……不謹慎だけど、宵らしい」


「褒めてるのか? それ」


察したのか、宵が笑う。


「ある意味ね」


---


凛がふっと俯いた。

視線が足元に落ちる。


風もないのに、長い髪が僅かに揺れた気がした。


「佐伯は?」


ようやく順番が回ってきて、佐伯が少し目を丸くする。


「俺は……戦争があったからな。間接的に、何人も殺した」


「でも、それは時代が――」


凛が思わず遮る。

だが佐伯は静かに首を振った。


「俺が、俺を許せねえんだよ。時代だと言われてもな」


苦く笑うその顔は、苦悩を知っている分だけ、妙に男前だった。


---


「凛は、覚えてないんだって?」


炎が覗き込むように聞く。


「うん。綺麗さっぱり」


凛は肩を竦めた。


「地獄に転生してからのことしか覚えてないの。だから、おじ様に教えてもらうまで、自分の誕生日も知らなかった」


「お?」


佐伯がぽんと手を打つ。


「そういや今日、誕生日じゃねえか」


「じゃあ祝うか。チーム結成祝いも兼ねて」


炎も楽しそうに笑った。


「どこ行く?」


「まず“どの時代に行くか”だろ」


宵が冷静に突っ込む。


「戦後すぐは何もねえしなぁ。昭和のケツか、平成初期あたりじゃね?」


「さてさて、お嬢は行ける口かね?」


佐伯がニヤニヤしながら手を揉む。


「……これって経費で落ちるかな」


凛の呟きに、佐伯が即座に頷いた。


「領収書は貰っとけ。基本だ」


事務屋らしい返答に、また笑いが起きた。


---


結局、彼らが選んだのはバブル全盛期のプールバーだった。


麻布の街を歩く炎と宵は、その浮世離れした容姿でひどく目立ち、佐伯はいい男として普通に目立った。


だが一番目立ったのは、そんな男たちを従えた凛だった。


通り過ぎる人々は、まず炎と宵の整った顔立ちに目を奪われ、次に佐伯を見、最後にその中央を歩く凛を見る。


正反対のタイプが並んでいるのに、不思議なほど絵になっていた。

浴びせられる羨望の眼差しは、決して悪い気分ではなかった。


(ふふん、これぞ閻魔特権……!)


佐伯が時代に合わせた巨大なショルダーホンで、閻魔に電話をしている。


「お嬢、経費で落ちるそうだ。……それと……閻魔さんも来たいそうだが?」


途端に凛が、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「おじ様には改めて連れて行ってもらうから、今回はパスって伝えて」


「……かなり拗ねてるぞ?」


「しょうがないな、代わって」


---


凛が重たいショルダーホンを受け取る。


「重たっ! ……あ、おじ様? ……え? 別に嫌がってるわけじゃないの。でも、おじ様がいると、上司と飲んでるみたいで、彼らも緊張しちゃうでしょ? ――それに、私、おじ様とは二人きりがいいな。わがままかな? ……え? 本当? ありがとう! じゃあ次は銀座がいいな。おじ様の眼鏡、私が選んであげる」


電話を切ると、凛はニヤリと小悪魔のように笑って三人を振り返った。


「閻魔まで転がしやがる……」


男たちは、戦慄混じりの感心を漏らした。


「私、この時代好きなんだー。服も可愛くない?」


凛は長い髪に凝った前髪を作り、ボディラインの出るワンピースに身を包んでいた。

男性陣は、肩パッドの入ったオーバーサイズのスーツをラフに着崩している。


「似合ってるんじゃねえか?」


炎が視線を逸らす。


「空気がやたら入るな、この服……」


宵は落ち着かなさそうに自分の袖を確かめている。


「似合ってるよ、お嬢。最高だ」


佐伯だけがニコニコと保護者のような顔で頷いた。

凛がくるりと一回転して見せると、ワンピースの裾が夜の空気をはらんだ。


---


バブル全盛期の店内は、好景気の熱気をそのままボトルに詰めたような空気で満ちていた。


音楽が大きく、笑い声が重なり、誰もが何かに酔っている。


凛は、注がれる視線の質が少しずつ変わっていくのを、肌で感じていた。

羨望と、それに混じる、じわりとした悪意。


「バブルが弾けるなんて知らない、幸せなおバカさんたち……」


気配を読み取って凛があたりを見回す。

華やかな空気の裏側で、柱の影やカウンターから凛に対して「よどみ」のような悪意が集中していた。


おりか? 小さいな」


炎が呟いた。


「凛、席を外せ。香薬こやくは作れるか?」


宵が鋭い視線で周囲を牽制しながら言う。


「トイレで作ってくる。アトマイザーに詰めてくるよ」


凛が自然な動作で立ち上がった。

宵の瞳を見つめ、炎の肩にそっと手を置き、佐伯にウィンクを投げてから、彼女は優雅に歩き出す。


明らかな挑発。


「佐伯、後を追え。澱たちが向かったら面倒だ」


「トイレだぜ?!」


「追いかけてって、口説く振りでもしてりゃいいんだよ!」


炎に急かされ、佐伯が慌てて立ち上がる。

カウンターのスツールから腰を浮かせかけていた二人の女が、チッと舌打ちをして座り直した。


「凛、ちょっといいかい?」


佐伯がそれらしく凛に声をかける。


「佐伯さん? どうしたの? ちょっと待って、モレる……」


「モレ?!」


「前で待ってて」


凛は鮮やかに個室へ滑り込み、佐伯は護衛としてトイレの前を塞ぐ位置に居座った。


---


その一部始終を見ていた、柱の影の女たち三人が、すっと炎と宵に近寄る。


「お誕生日のパーティ?」


上目遣いの、媚びを含んだ視線。炎が気だるげに目を上げた。


「ああ、後輩の誕生日なんだ」


「へぇー……」


一人の女が、宵のスーツの胸元にそっと紙切れを差し込む。


「?」


「ポケベルの番号。連絡、待ってるから」


もう一人の女も、同じようにメモを炎に渡した。


「大胆だな」


「私たちに、興味湧いたでしょ?」


自信満々な女たちの瞳。


「悪いが……誰かとの関係を壊してまで、仲に入ってこようとされるのは好きじゃねえんだ」


炎が低く、地を這うような声で呟く。それでいて彼は楽しそうだ。


「その小賢しい悪意……悪い匂いはしないがな」


宵が深く、熱を帯びた息と共に言葉を吐き出す。


「……確かに……。うまそうだ……」


宵の表情にも抑え切れない悦楽が浮かんでいる。

獲物を見るような二人の瞳に、女たちの顔が引き攣った。


---


「佐伯、いる?」


凛の声に、佐伯がドアを振り返る。


「いるぜ、お嬢」


「炎の能力は?」


「奴の能力は『無』だ。澱を焼き尽くして、全てを初めから無かったことにする」


「宵は?」


「己が犯した罪、向けた悪意、憎悪を魂に刻み込み、忘れさせないまま漆黒の闇に送る」


「あんたは?」


佐伯はふっと、不敵に笑った。


「俺は掃除屋だ。澱をまとめて閻魔の縄で縛り、文字通り上司の元に送り返す」


「彼女たちは地獄から漏れた悪意に踊らされてるだけね?」


「そうだな」


「じゃ、始末はあんたに任せたよ」


「……おう。いい判断だ」


ガチャリ、とドアが開いた。


---


「私の先輩方に、何か御用?」


戻ってきた凛が、炎と宵の膝にアトマイザーを転がした。


「……あ、用ってほどじゃないけど……?」


「まあ、この三人、奪っちゃおっかなーなんて……」


「そのくらいの、軽い感じですぅ」


震える声を虚勢で包み、凛を馬鹿にしたような眼差しを向ける女たち。


「あんた邪魔だからさ。消えてよ」


凛が口の奥でふふっと笑う。


---


炎が退屈そうに手首にアトマイザーの中の『香薬こやく』をかける。


瞬間、彼の周囲に目には見えない「絶対零度の火」が奔った。

女たちに取り憑いていた澱が、炎の熱に炙られて悲鳴を上げる。


「このチーム戦は閻魔の評価の対象になるな?」


宵は首筋にそれをかけた。

闇が彼の背後で蠢き、女たちの背後から剥がれかけたドロリとした影を、鋭い眼光で睨みつける。


佐伯からはもうフローラルな匂いがかすかにしている。


三人が同時に動いた。


炎が指を鳴らすと、白光が奔り、女たちの肉体に一切傷をつけず、澱の外殻だけを「無」へと還す。

剥き出しになり、逃げ場を失った澱の核が、恐怖に震えた。


すかさず宵が冷たい視線を投げる。

宵が操る影が、澱の核の自由を奪い、漆黒の底へと引きずり込んでいく。


「……。待って……。違う!」


澱が放つ断末魔の叫び。

それは物理的な音ではなく、直接魂を揺さぶるような穢れた響きだった。


凛はその悍ましさに、わずかに肩を震わせ、一歩後ずさる。

地獄に慣れているはずの彼女でも、実戦の「悪意」の生々しさには気圧されていた。


それを見逃さず、炎と宵の連携によって完全に弱体化した澱の残骸を、佐伯が閻魔の縄で一気に縛り上げた。


「はい、お片付け終了っと」


炎が、宵が、佐伯が。

凛を完全に背後に庇うようにして立ちふさがると、空中に漂っていた禍々しい澱は完全に消滅し、佐伯の懐へと回収された。


---


誰も何も言わなかった。

バブルの喧騒が、遠いところから戻ってくる。


「始末には佐伯を使ったのか?」


炎が凛を振り返る。

凛は目の前の展開にほんの少し気圧されていたが、呼吸を整え、できるだけ軽く言った。


「乗っ取りでしょ、これ。デリートする程でも、闇に堕とす程でもないもの」


勝気な瞳が光る。


「まあな」


---


今まで敵意を剥き出しにしていた女たちは、きょとんとした顔で立ち尽くしていた。


「大丈夫ですか?」


凛が声をかけると、彼女たちはおずおずと頷いた。


「……何か、ご迷惑かけました?」


「全然!」


「あ……じゃあ、失礼します」


女たちは身を寄せ合い、夢から覚めたように元いた席へ戻っていく。


「……ねえ、ヤバい! あの人たちイケてない?!」


「激マブ!」


そっと振り返った彼女たちと目が合うと、「キャッ!」と黄色い悲鳴が上がった。


「激マブーっ!」


凛が笑いながら三人を見た。


「バーカ」


炎が呆れたように笑う。


---


「初戦としてはまずまずだな? ……さて、伸びた執行猶予は?」


宵が佐伯を見た。


「報告書を上げて閻魔のオヤジに聞いてみるが……良くて一日、悪くて数時間じゃねえか?」


佐伯が肩を竦める。

宵が改めて凛を見、ふっと笑みを漏らした。


「閻魔が見込んだだけあるな。調薬の速さ、香薬に整える技能……なかなかだ」


「俺の香りは?」


宵が自分の手首を嗅ぐ。


「『ナイトメア』。夜をイメージしたの。気に入った?」


「ああ、悪くない。危険な香りだ」


悪い顔で宵が微笑んだ。


「俺は?」


炎が聞く。


「『フレア』。宵とは対照的な、火のイメージ、お気に召した?」


「どストライクだ」


「お嬢……お前、絶対にこの時代を意識しただろ、俺の香り!」


佐伯の指摘に、凛は肩をすくめた。


「『タクティクス』! 佐伯を見てると、それしか浮かばなかったんだもん!!」


「お嬢ーーっ!!」


バブルの喧騒の中、新しいチームの笑い声が夜に溶けていった。

チームの空気がほぐれていく瞬間を、

この話では大事にしました。


佐伯だけ最初から「さん」なしの件、

書きながら一番笑ったところです。

彼は損な役回りが似合いすぎる。


宵と炎の過去については、

まだ表面をなぞっただけです。

もう少し先で、もう少しだけ深く。


本作の編集・推敲にはAIアシスタントを活用しています。

文章の磨き上げに使用しており、

ストーリーやキャラクターはすべて作者本人によるものです。


また次の話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ