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寿命五年の処方箋 ―地獄薬局・現世派遣録―

地獄と現世のはざまに、一軒の薬局がある。


表玄関は昭和28年。

奥の扉を開ければ、令和の現代へと繋がっている。


そこに集うのは、魂に深い「おり」を抱えた者たちだけ。


死者の国から現世へ派遣された調薬師・凛と、

訳ありの三人の男たちが、

今日も誰かの業を、静かに処方する。


――あなたの魂は、まだ救えますか?



地獄の最深部。静寂と業火が同居する一等地の執務室。


 重厚なデスクに座る閻魔は、愛用の高級万年筆を置くと、指先で眼鏡のブリッジを静かに押し上げた。


「……というわけで、この亡者の刑期は300年追加だ。連れて行きなさい」


 氷点下の冷徹さが室内に響き渡る。

 獄卒たちはその威圧感に震え、絶望に暮れる亡者を引きずるようにして連れ去っていった。


 重い扉が閉まる。

 静寂が戻った、その直後。


 軽やかなノックの音が響いた。


「閻魔のおじ様、お呼びかしら?」


 扉を開けて入ってきた凛の姿を認めた瞬間、閻魔の険しい表情は劇的に和らいだ。

 愛用のサーモント眼鏡をパチンと跳ね上げ、溺愛を隠しきれない満面の笑みを浮かべる。


「凛! 20歳の誕生日おめでとう! しばらく見ないうちに、また一段と綺麗になったね?」


「ありがとう。おじ様も素敵よ? 眼鏡を新調したの?」


「ああ、どうだい? 似合うかい?」


「とっても」


 凛はふっと笑って、それから表情を切り替えた。


「……まあ、そんなことより。私も20歳になったわけだし、『受罪適齢』でしょう? 何かそのお話があるんじゃないの?」


 鋭い指摘に、閻魔はふっと寂しげに目を伏せ、ため息をついた。

 豪奢なソファを凛に勧め、自らはガラスのテーブルに肘をつく。


「そうだね。この話は避けては通れないか……。可愛い凛を手元から離したくはないのだが」


「おじ様の気持ちは嬉しいけど、そうも言ってられないでしょ?」


 凛が腰を下ろすと、閻魔は組んだ両手の先から彼女を真っ直ぐに見つめた。


「お前の調薬、調香技術……。それは一体、どこで身につけたのだろうね?」


「それについては、おじ様の方がご存知なのでは? 私は他の受刑者と違って、前世の記憶がないのだもの」


「……ふむ」


 少しの間、沈黙が落ちた。


「では、本題に入ろう。地獄の時空に歪みができ、脱獄犯や魑魅魍魎の類、激しい悪意や憎悪が現世に零れ落ちているのは知っているかい?」


「おかげでおじ様は年中無休ね」


 凛が皮肉混じりに頷くと、閻魔の声から温度が消えた。


「現世に行ってほしい」


「……現世」


「現世で悪行を働き、そこを地獄へと塗り替えようとする『業の者』を、お前の調薬と調香で裁いてほしいんだ」


「裁く……。それで、私には何が得られるわけ?」


「刑期の短縮……。あるいは、執行の延長だ」


「ふふ、悪い話じゃないわね」


 凛の瞳に、好奇心の光が宿る。

 それを見届けた閻魔が、背後の扉へ静かに視線を送った。


「補佐官をつけよう。――えん


 扉が開く。


 現れたのは、濡れたような質感のウォームレッドの髪を持つ、長身の男だった。

 アンニュイな目元には退屈さと色気が混在し、彼の周囲だけ時間が凍りついたような冷気と、肌を焼くような熱気が同居している。

 男は、射抜くような琥珀色の瞳を凛に向けた。


「執行官もな。――よい


 炎の背後から、同じく長身の若者が静かに入室する。

 二人とも、見かけは25、6歳といったところか。


「執行官?」


「炎はこれ以上、刑期を延ばせない。お前との仕事で失敗を犯せば、宵が即座に奴の刑を執行する」


 閻魔の言葉に、凛は宵を凝視した。


 アッシュグレーの髪。幻想の中にいながら、彼一人だけが別次元の静寂を纏っている。

 深い紫の瞳が、こちらの思考のすべてを読み取ろうとするほど鋭く――けれど残酷なまでに優雅に、凛を貫いた。


「後は事務屋だ。――佐伯」


 最後に、二人よりは小柄だが、がっしりとした体躯の男が入ってきた。

 無精髭がワイルドな色気を醸し出しているが、手入れの行き届いた髪が清潔感を与えている。30歳前後だろうか。


(ちゃんと整えれば極上のイケメンなのに、この無頓着さが勿体ないわね……)


 凛は彼の漆黒の瞳を見つめ、心の中で評価した。


「宵と佐伯は地獄の役人兼受刑者。炎は大罪人だ。だが、三人とも腕は確かだぞ?」


「おじ様が私に中途半端な人をつけるとは思っていないわ。……よろしくね、炎、宵、佐伯」


 凛が挨拶を向けると、炎は挑発的にニヤリと笑い、宵は感情を読ませぬままフッと口角を上げ、佐伯は人の良さを感じさせる柔らかな笑顔を返した。


 三者三様。

 それだけで、少しだけ、この仕事が楽しみになった。


「拠点は昭和28年に合わせてある。そこにある『藤代薬局』がお前たちの根城だ。表玄関と店舗こそ昭和だが、奥の居住区は令和の現代に繋がっている。扱う案件は戦後から現代まで。真に深刻な、救いようのない問題を抱えた者だけが誘われる店だ」


「具体的に、私は何をすればいいの?」


「人々の魂に溜まった『おり』を解毒するための、薬の調剤、調香だ」


「……。なるほど、わかったわ」


 凛が立ち上がると、閻魔は別れを惜しむように、縋るような視線を送った。


「達者でな。報告を、ずっと待っているからな……」


 凛が扉を開けて歩き出したとき。

 炎、宵、佐伯の三人が、一瞬だけ意味ありげに閻魔を振り返り、無言で頷いた。

 閻魔もまた、苦渋に満ちた表情で彼らに頷き返す。


 バタン、と重厚な扉が閉まった。


 静まり返った執務室で、閻魔は震える声で独りごちた。



「……凛。今のままでは、お前は25歳までしか生きられんのだ……」


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


この物語は、生と死のはざまで生きる人たちの、

どうにもならない痛みと、

それでも続く日常を書きたくて生まれました。


凛も、炎も、宵も、佐伯も、

まだまだ語り切れていない部分がたくさんあります。

少しずつ、丁寧に描いていけたらと思っています。


次話では、昭和28年の藤代薬局が幕を開けます。


なお、本作の執筆にあたり、

文章の整理・推敲の一部にAIを使用しています。

物語のアイデア・構成・セリフはすべて作者本人によるものです。


また読みに来ていただけたら嬉しいです。

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