64. 列車砲の一撃
試合はあっという間に七回の表まで進んでいた。
湊鴎賀は六回をパーフェクトに抑え込み、対するアルベルトも要所を締めて三塁を踏ませず。
両投手が多くの三振を奪って、その度に甲子園球場は歓声に包まれる。自然と、実況と解説にも熱がこもっていく。
「さあ、ここで斎藤に回ってきました。ツーアウトながら、遅稲田はこの試合初めて出したランナーを一塁に置いて、頼れる四番がバッターボックスに向かいます」
「両軍無得点。連打は期待出来ない湊くん相手ですし、ここは何としても長打が欲しい場面ですね」
バッターボックスの最後尾に立ち、大きな構えを見せるアルベルト。
その初球......ストレートをフルスイングして真後ろへのファール!
「湊、これは凄い球!152キロが出ました!」
「勝負所とみて、湊くんもギアをトップに上げてきましたね。でも斉藤くんもタイミングは合っていましたよ」
二球目、チェンジアップを見逃してボール。
アルベルトのバットは、ピクリとも動かない。
「今のは狙い球と違ったのでしょう。今までの二打席と同様、決め打ちすると腹をくくっている雰囲気があります」
「ここまでの二打席は、高々と上がった内野フライと三振でした。球種はそれぞれ、ストレートとフォークでしたね」
「ええ、一打席目は狙っていたストレートが来たものの予測以上に伸びたのでしょう。二打席目は初見のフォークを見切れませんでした。しかし、それぞれのインプットが済んだこの打席は前の二打席よりも期待できますよ。今までのデータを見ると、斉藤くんは試合中、打席を重ねる程に打率をあげています」
「さあ、ここまでは不発だった『列車砲』、球場に『コンバットマーチ』が鳴り響く中、三度目の正直となるか」
◇◇◇
アルベルト・フォン・ハーケンベルグは旧ドイツ王族の血を引く父と大手半導体メーカー令嬢の母の間に生まれた、いわゆる『上流階級』に属する人間である。
故に将来大きな事業を継ぐ可能性があり、幼いころから『社交の場』で通用するように様々な会合に参加しており、また教育されてきた。
そこは本音と建て前が入り混じり、感情の抑制と隠匿、人間関係の駆け引きが日常的に行われる一種の戦場だ。
そんな場で学びと実践を繰り返す中、いつしかアルベルトは3つの能力を獲得する。
それは『正確な客観視』と、『少ない情報からでも相手の性格を見抜く力』、そして『微表情を読み取る能力』だ。
試合の終盤ほどよく打つようになるアルベルト。その際たる理由は、先の3つの能力を野球に応用することで『読みに基づく球種とコースのヤマ張り』の正解率が、打席を重ねる度に上昇していくことにあった。三打席目にもなると、それは予測というより一種の『予知』に近くなっていく。
「すみません、タイムお願いします」
「ターイム!」
第三打席の3球目、ドロップを見逃しツーストライクとなったところでアルベルトは間合いを取るため一回打席を外した。
白い打撃用手袋のバンドを締め直しながら、思考を整理する。
(厄介な捕手だな......)
大樹匠は、なかなか掴みどころがない相手だった。基本的にセオリー通り投手を立てるリードをするが、時にセオリー無視で打者の裏をかくボールも使ってくる。故に、正確な客観視からの配球読みは機能しづらい。それに——
「おまたせしました......よろしく」
「はーい、よろしくっすー」
情報収集のためにこうやって声をかけた時の返答もこの調子だ。声のトーンや表情はまるで訓練された老紳士の様に飄々としていて、本心を掴みづらい。
(だが、おおよその傾向は掴んだ。それに……)
そこでアルベルトは、サイン確認している投手の方をじっと見る。
(こちらの性格や『微表情』は、大樹匠よりもずっと分かりやすい)
微表情というのは、無意識のうちに0.2~0.5秒の一瞬だけ顔に現れて消える「真の感情」を表すサインのことだ。それを元に、アルベルトは推測を立てる。
(先ほどの微表情は落胆のサイン。ワクワクしないボール球を要求されたかな?なら、基本的にはセオリー通り、投手を立てる傾向のある大樹としては『これで三振がとれたら最高、ダメでも次の球が生きる』という球種をチョイスしているはずだ。つまり、可能性が高いのはフォーク!ただ、これを見逃しても3球も落ちる球種を見せられた後のストレートに対応できる可能性は低い。なら......一か八か!)
現在、アルベルトが立っているのは縦1.5mの広さのあるバッターボックスの最後尾。いつも通りの立ち位置だ。
しかし今回はここからが違った。
彼は、打つ構えをとったまま湊鴎賀のピッチングモーション始動にあわせてサイドステップしたのである。
その動きはささやかなものにも関わらず、長身で脚も長い彼は打席内を1.2mほど一気に前へと移動。低めのボールゾーンに落ち切る前のフォークを豪快なフルスイングでカチ上げた!
そして——
砲弾の様な打球が、バックスクリーンの電光掲示板を直撃!
液晶パネルの『湊』と表示された部分を破壊した。
◇◇◇
「王太子が操りし超兵器、『列車砲』は移動式だった!狙いすました特大弾が、八幡の誇る『不沈艦』を撃破ー!!!」
「……驚きました。フォークを狙っていたのでしょうが、まさか『打席内で歩き、落ち切る前に打つ』とは……」
【夏の全国高校野球大会、決勝戦試合速報】
七回の表:アルベルトのツーランホームラン!遅稲田実業が二点のリードを奪う。




