63. 開拓者の竜巻
試合が始まった。
八幡は後攻となったので、まずは守備から。やはりというか、球場にいるのは遅稲田を応援する人が殆どで、プレイボール早々から物凄い歓声が聞こえる。
でもまあ、今更その程度でパフォーマンスを落とす俺ではない。セルフモニタリングによる心拍数は124、本日も好調なり。
「バッター、アウト。チェンジ!」
三人で片付けて、アルベルトとの対決は次の回に持ち越し。次はこちらの攻撃ターンだ。
◇◇◇
「湊、三番打者を三振に切って取りました。越後さん、今のピッチングをどうご覧になりましたか」
「立ち上がりが不安定になるピッチャーというのは多いんですが、湊くんは本日も素晴らしい安定感ですね。ボールの威力もさる事ながら、何よりもコントロールが素晴らしい」
コントロールですか、というアナウンサーに越後は、ええと頷き解説を続ける。
「ストライクゾーンは投手からみて四角形なんです。で、ストライクを取ろうと凹凸でいう凸型の部分、所謂『真ん中付近の甘い所』にボールが集まるピッチャーも多いのですが、湊君は凹型の際どい所ばかりにボールを集めています」
普通、一打席の内に一、二球はチャンスボールが来る物なんですがそれが限りなくゼロに近いんです。打者は相当打ちにくいでしょうねと越後。
「遅稲田もそれが分かっているので初回から細かい駆け引き......バントの構えをしたり、カウントによって構え打席内の立ち位置を変えるなどの工夫してきましたが、それでも制球は乱れませんでした。」
「成程、精錬されたコントロールが武器なんですね。では、今投球練習を行っている斉藤については如何でしょうか」
「斉藤くんには、また全然違う強みがあります。まず第一にあげられるのは、お茶の間でもお馴染みとなったこの個性的な投球フォーム、『トルネード投法』でーー」
◇◇◇
今から10年ほど前に海を渡り、『日本人はメジャーで通用しない』という通説を覆した開拓者がいる。
そして、その『英雄』の代名詞とも言える投球フォームとアルベルトのそれは、驚くほど酷似していた。
打者から背番号がハッキリと見える程身体を捻り、全体重を一度軸足に集約させてから高速回転運動として一気に解放する、まるで『竜巻』の様な投球フォーム。
通称、トルネード投法。
習得には強靭な身体が必要で一般的なフォームよりもコントロールがつけにくい一方、自然災害のごとき絶大なエネルギーを生み出すことのできるロマン投法である。
そしてこの投法にはもう一つ、副次的なメリットがある。
一度バッターから完全にボールを隠し、高速回転運動と共に一気に射出するため、バッターがタイミングを取りづらいのだ。
当初、『変わったフォーム』という扱いだったトルネード投法だったが、2020年代には『当時のMLB打者攻略に最適化された勝てるフォーム』だったとも再評価されている。
つまり、ボールの威力を高める王道投法と、打者から見た打ちにくさを追求する邪道投法のハイブリッドってわけだな。ぶっ壊れ性能、乙。
「ミーティングで竹中監督が言ってた通りだ。事前予測から一拍ズレて、そこから急にボールが目の前にくる印象」
「ん、了解」
惜しくもショートゴロに倒れた細川から情報を貰った俺は、ネクストバッターサークルでアルベルト攻略に向けたイメージを固めていく。
彼のメインウェポンは、長身の右オーバーハンドから繰り出される角度のついたストレートとフォークボール。
時々サブウェポンとしてカーブも投げるが、基本的には二球種だけで真っ向勝負してくる。近代野球では珍しくなった『このボール、打てるものなら打ってみろ!』っていうスタイルだな。
「バッター、アウト!」
審判のコールが響き、球場が盛り上がる。
菊池がフォークで三振したのだ。
そして、俺に最初の打席が回ってきた。左打席に立ち、ミーティングと先の打者二人の反応を総合し狙い球を決める。
(初球、外角よりの甘いストレートを狙う……)
アルベルトが投じてきたのは、えげつない角度がついた重そうなストレート。だが、ほぼ狙い通りのコースにきた。
ゴキゲンな蝶になって、甲子園の浜風に乗ってスタンドまで飛んでいけーと左中間を狙って打ちかえすーーが
(ぐっ……ちょっと差し込まれた!)
打球が飛んだのはサードの後方。
死にかけた蛾のような打球がフラフラと上がる。
ただ、ライン際にポトリと落ちてレフトが追いつく間に二塁まで到達することができた。勝った気は全然しないが、結果はツーベースだ。チャンス到来。
「よっしゃ、頼んだ匠!」
そして打席に立つのは、チャンスに滅法強い八幡打線のポイントゲッター。ここで先制する事が出来れば、一気に有利になる場面である。
ストレートとフォークを見逃しカウント1ー1。
そこからストレートをファール、フォークを見逃してボール、ストレートを見逃してボールでフルカウントとなった。
流石だ、フォークに簡単に手を出さない。そしてフルカウント、相手捕手との読み合いにも強い匠はこういう時ほどよく打つ。
(ん……?)
そこで、アルベルトは一度セットポジションを解除した。一回プレートを外し、滑り止めのロジンを二度、軽く触るそぶりをみせる。
なにか気のなる事でもあったのか、間合いを取って仕切りなおしだ。そして投じられたボールはーー
(ここで?!)
この試合、今まで一球も投げなかったサブウェポンのカーブだった。メインウェポンの二球種よりも威力に劣り、今までの全試合では主に下位打線へのカウント球という使い方をしてきたボールを決め球に使うという奇襲。
珍しく、完全に読みを外されたらしい匠。焦ったのかボールゾーンへ落ちていくカーブに手を出し、サードゴロに打ち取られこの回八幡は無得点で終わった。
◇◇◇
「大樹との初対決は斉藤に軍配。『王太子』が仲間達に讃えられながらベンチへと戻っていきます」
「いやー、驚きましたね。まさかあそこでカーブを投げるとは……今までの試合には無かった配球パターンです。これはこの先、八幡の打者陣に迷いが生じるかもしれませんね。」
「成程。それは、あえて温存していた作戦だったという事でしょうか。それともハイリスクハイリターンの勝負に行った?」
アナウンサーの問いに越後は、「うーん」と考え、これはあくまでも推測ですが……と言葉を続ける。
「どちらも違うような気がします。まず、最終回までリードされていた事から分かる様に、準決勝で戦った熊大苫小牧は作戦を温存して勝てる相手ではありませんでした。しかし、ハイリスクというのもまた違う気がします。大樹匠は狙い球を絞って打つタイプで、バッテリーには狙いを外せばカーブでも打ち取れるはずだという計算があったのではないでしょうか」
「なるほど、高度な駆け引きがあったわけですね」
再びマウンドに登る湊鴎賀をみて、アナウンサーは話題を変える。
「さあ、エースと四番の初対決。勝負の展望について、どうみますか?」
「湊君は今大会、金珠高校や大阪十陰などの超強力打線を尽く抑え込んできました。強打者のことを『大砲』と呼ぶことがありますが、応援曲に肖り『不沈艦』と評されることもある彼に並の大砲でダメージを与えることは難しいでしょうね」
「ということは、斎藤が湊を攻略するのは難しいと?」
やや不満げなニュアンスを含ませるアナウンサーの問いを越後は、いいえ、なにせアルベルトは並みの大砲ではありませんから、と否定する。
「そう......例えるなら彼は、『列車砲』です」
「れ、列車砲!?」
思わぬパワーワードの出現に驚きつつ、内心で歯噛みするアナウンサー。
それ自分が言いたかった!の心境である。
列車砲。
それは、旧ドイツ陸軍の超兵器。
運用困難な特大口径・超重量の大砲を鉄道車両に搭載し、レール上を走行させることによって実用化。要塞攻略において圧倒的な破壊力を示したロマン砲である。
特にミリオタに大人気の『グスタフ列車砲』などは口径80センチを誇る。かの『戦艦大和』の主砲でさえ口径46センチだったと聞けば、どれだけ規格外な兵器だったかわかるだろうか。
「ええ、斎藤くんはここまでの試合、打率は『そこそこ』といった数字です。一方で、出塁率と長打率を足した打者の指標『OPS』では超一流を示す1.000を大きく上回っている。なぜなら、ここまで打ったヒットは全てがツーベース以上の長打だからです。規格外の長距離砲と言っても過言ではないでしょう」
「なぜ、そんなに長打ばかり打てるのでしょうか」
「一つはフラミンゴの様に脚を高く上げて大きくステップし、腕が伸び切った所にミートポイントをおくという『飛ばすことに特化したスイング』をしていること。そしてもう一つ、『狙い球を極端に絞っていること』が考えられます」
越後は言う。球種が増えた現代野球ではヤマを張って打つタイプでも普通、『ストレート意識7割:変化球意識3割』や『変化球のどれかが来たら打つ』という戦略で打席に立つものが多いのだと。しかし斎藤は打席内で、『この辺に来るカーブ!』のように極端なヤマを張っている打者特有のリアクションを度々しているらしい。
「勿論、打者有利なカウントでそうする打者は多いんですけどね。ほら、プロ野球でもツーボールから甘い変化球をあっさり見逃す打者がいるでしょう?ただ、斎藤はツーストライクになってもヤマ張りを継続し一撃必殺を狙ってくる。サインを出すキャッチャーは相当プレッシャーが掛かるでしょうね」
「しかし、斎藤は打率も決して低くはありません。そんなことが何故可能なんでしょうか」
「うーん、配球を読むのが上手いのか別の理由があるのか......この回はその辺も注目してみたいですね」
「というわけで、一回裏とは攻守を入れかえて、怪物と英雄の第二ラウンド開始です」




