62. 試合前の円陣
「青い空、白い雲、そして聖地・甲子園。全国各地から始まった3000校以上によるトーナメント、その最後まで残った2チームが今、このグラウンドに立っています」
もうすぐ始まる試合を盛り上げようと、この夏の実況に抜擢された若手アナウンサーが快活な声を響かせる。
「数々ドラマが起きた夏の物語もいよいよ最終章!待ったなしの大一番、夏の全国高等学校野球選手権大会決勝戦」
若手アナウンサーは燃えていた。尊敬する数々の先輩アナウンサーのように、歴史に残る名言を残してやろうと。
故に、公共放送のアナウンサーとして片方に肩入れしたアナウンスとならないように注意しつつも、内心では遅稲田実業を、そして斉藤アルベルトを応援していた。
伝説のアナウンス、その対象となるのは華のあるチームや選手こそ相応しいと考えたからだ。あと、自らが遅稲田OBという事情もある。故に、昨日も長い時間をかけて遅稲田実業が優勝した時の台詞を何パターンもシミュレーションしてきた。
「解説の越後さん。ズバリ、今日の試合の見所を教えて下さい」
水を向けられた解説者、越後は答える。
「そうですね、一言では言いきれないほど沢山ありますが、やはり、まず最初に注目すべきは本日投げあう両校のエースでしょう」
「つまり、湊鴎賀と斎藤アルベルトですね!」
「ええ、湊くんは県予選からここまで全試合で自責点がゼロ。防御率0.00という凄まじい投手です。一方の斎藤君も、ここまで大量失点した試合がない」
「そこだけ聞くと、現時点の成績では湊の方がやや上回っているという印象をうけますが、いかがでしょうか」
越後は思う、そりゃそうだろうと。
彼は内心では八幡を、そして湊鴎賀を応援していた。
社会人野球の元監督であるがゆえに、八幡の監督である竹中の手腕を高く評価していたからだ。また、現在の野球界の問題点について臆すことなく声をあげる湊鴎賀のことを応援したい気持ちもあった。あと、愛する妻と娘が最近アルベルトにゾッコンなのに若干ムカついているからでもある。
ただ、それはそれ。
解説者という仕事を引き受けた以上、どちらかに肩入れしたことは言わないつもりだ。
バランスを取る意味で、アルベルトについてもう少し語ることにする。
「否定はしません。しかし、斎藤君は今大会期間中にどんどん成長している印象を受ける」
連戦による疲労が心配されましたが中2日でコンディションもある程度回復しているでしょうし、今日はロースコアの投手戦、締まった試合になるのではと予想しますという越後の言葉に、若手のアナウンサーが成程と頷く。
「さあ、栄冠に輝くのは夏の連覇を狙う絶対王者八幡高校か、はたまたここまで数々のミラクルを起こしてきた遅稲田実業か。円陣を組む両校、日本中が見守る中まもなく試合開始です」
※※※
どのチームも当たり前のように行っている試合前の円陣。この儀式には『選手達の気分状態を良好にする効果がある』と報告されている。研究対象はサッカー部だったと記憶しているが、多分それは野球でも同じ。
長年の経験則からも同意できるところだし、真剣勝負の現場で長年続いているものには、キチンと意味があるものの方が圧倒的に多いからね。
というわけで
「さあ、円陣でエンジンをかけるとするか」
「くっだらねー」
「なんでや!おもろいやろがい!」
全く、ニックはこう言う時、時々空気が読めずに困る。まあ、試合ではそれがプラスに働く事も多いけど……
「いや、今のは鴎賀が悪いっす」
「先輩達、めちゃくちゃリラックスしてますね……」
「キャプテン、ここから先はビシッと頼んます」
「気楽に言ってくれるなぁ……」
そんな空気も、集まったチームメイト達と肩を組み、大きな丸を作ると一気に引き締まる。
最後の檄を飛ばすキャプテンの細川。
「俺達は強い!だから自信を持って、楽しんで、全力でプレーしよう。全員でカバーし合って、助け合って戦い抜こう」
その言葉に、全員が頷く。
「今日も勝つぞ!さあいこう!」
「「「「「 応! 」」」」」」
さあ、プレイボールだ。
キャプテン直々のお達しだし、全力で楽しんでいくぜ!




