61.5 スポーツ記事:アルベルトという男について
とある高校球児が今、時の人となっている。
今、甲子園で快進撃を続けている遅稲田実業のエース、『王太子』こと斉藤アルベルトだ。
まるで俳優のような姿をしており、それこそドラマの様に、毎試合一番いい場面で活躍していることから『運命の女神に惚れられた男』という異名までついている。
しかし、記者が取材したところ、彼のここまでの野球人生は決して順風満帆ではなかったようだ。
アルベルトが野球を始めたのは小学一年生の時。テレビで甲子園を見て、興味を持ったのがきっかけだったという。そして入団したチームは、この様な指導方針を持っていた。
『小学生の内から小さくまとまるな。小手先のテクニックを追ってくれるな。という訳で、試合には速い球を投げれる子、遠くまで打てる子を優先的に使う』
先進的な、素晴らしい方針だと思う。
しかし当時のアルベルトにとっては試練となった。
現在、190センチ近い身長を持つ彼からは想像出来ないかもしれないが、当時の彼は周りの同世代よりも頭ひとつ小柄だったからである。
器用で卓越した運動センスをもつ一方で、体格差が響き中々試合に出られないアルベルト。ここだけ切り取れば、二回戦でアルベルトと名勝負を繰り広げた近代高崎の『白い彗星』こと白井慧と似た境遇と言える。
ただ、そこから先が違った。
白井慧が守備、バント、ミートなどの『スモールベースボール』技術が伸びるように自分を磨いたのに対し、アルベルトは『小さいまま誰よりもパワフルな野球をするには?』と自分に問いかけ、誰よりも突き詰めていったのである。
結果、アルベルトは四年生でレギュラーの座を掴み、六年生になる頃には『あの、小さくて可愛らしいのにめちゃくちゃ速い球を投げて沢山ホームランを打つ子』として有名になった。そして、中学になって入った名門シニアでも一年生からレギュラーの座を掴んだという。
なお、この頃から既に同級生の女の子や周囲のマダム達からは『アル様』や『アルきゅん』などと呼ばれて大人気だったことと、本人は野球にストイックで恋愛に興味を示さなかったことも記録しておこう。
さて、そうした活躍に加えて品行方正、成績優秀でもあったことから文武両道の名門私立、遅稲田実業に進学が決まったアルベルト。身長も周囲に追いつき始め、ここからは順風満帆……と思われた所で、再び試練が訪れた。
成長痛である。
190cm近い長身への急成長に伴う激しい膝の痛みにアルベルトは苦しめられることになった。痛みで満足に走れない時期もあったという。また、身体のバランスが変わるということは、プレーする時の感覚も変わるということだ。
当然、パフォーマンスは低調になる。レギュラー争いからは脱落し、二年生の秋まではベンチにも入れなかった。
しかし、アルベルトは腐らない。満足に練習が出来ず試合に出れない期間中も、チームの一員としてレギュラーメンバーを献身的にサポートし、いち学生としても模範的に振る舞っていたという。
また、指導者も全体練習を途中で切り上げさせプールに通わせるなど、フィジカル強化と柔軟性向上に焦点を当てて育成していった。
結果彼は、周囲からの大きな信頼としなやかで強い身体を得ることになる。
そして三年目の春。成長痛が終わり、大きく強くなった身体に感覚が適応し始めた。それは、『成長』というよりも『進化』だった。エースとなった彼は、春の都大会で準優勝を飾る。
そこから先は、多くのメディアで取り上げられている通りだ。夏、ドラマチックに西東京大会を制して、甲子園でも劇的な勝利を繰り返す。
ただ、見ている者は楽しいかも知れないが、これも戦っている選手としては相当過酷な試練だったに違いない。それをアルベルトは、試合毎に成長し続けることで打ち破ってきた。
高校野球には、ごく稀にそんな選手が現れる。試合の最中、強いライバルとの衝突が引き金となり『爆発的な成長』を遂げる選手が。
初戦、アルベルトのストレートは143キロが最速だった。しかし、そこから試合毎に球速は増し、準決勝で島津隼人から三振を奪ったボールは153キロを記録している。
断言しよう。
もしも甲子園の初戦で遅稲田実業と八幡高校が戦っていれば、間違いなく八幡高校が勝利していたはずだ。
しかし、今はわからない。初戦とは別人と言えるレベルまで急成長を遂げた今のアルベルトなら……
たわいもない想像になるが、筆者はこう思わずにいられない。もしかすると、今までアルベルトが直面した数々の試練というのは……全てが彼を『英雄』として成長させるべく、神が用意したものではないかと。
そして多くの英雄譚は、恐るべき怪物と対決し、勝利する事で完結する。そんな彼が決勝で戦う相手はーー『高校野球史上最強の怪物』を擁し、今大会、圧倒的な力で他校を蹂躙してきた八幡高校。
ここまでの試合データを見た多くの専門家は八幡有利を予想するだろう。しかし、筆者はこう思わずにはいられない。もしかしたらーー
この夏、最大の試練の最中、更なる成長を遂げた英雄が見事な怪物退治を成し遂げるかも知れない、と。




