61. ホテルでの鼓舞
現在、8月20日。
10時45分、俺達八幡はホテルの会議室にて、最後の戦術確認を終えた。
道具やスケジュールについても当然チェック済み、この後11時からバスに乗って車内で軽食を摂りつつ甲子園に入る。
そこからウォーミングアップや試合前ノックと進み、13時になればこのメンバーで戦う最後の試合が始まる。
夏の全国高野球選手権、決勝戦だ。
なんだか感慨深いな。
そんな事を思いつつ周囲を見回すと、高揚感に……皆、ちょっとだけ硬さがあるか?
準決勝までとは少しばかりの質の違う緊張も混じった雰囲気を感じた。
まあ、何となく原因に予想はつく。
対戦相手である遅稲田実業のキャプテン、兼エースで四番の斉藤アルベルトの影響だろう。
もちろん、試合前に相手に呑まれるのは良い事ではないが......
「さあ、俺からは以上なんだが、まだ少々時間があるな。ここはひとつ最後にウチのエースから一言貰っておこうか」
そんなことを考えていたら、竹中監督からいきなり話を振られた。実はウチの監督、ときどきこういった無茶ぶりをすることがある。
まあ、たぶん俺と同じ事を感じていて、『空気を変えろ』っていう意図で出したパスだろう。
合点承知の助。ならここは1つ『ペップトーク』と洒落こもうか。
ペップトークとは、試合や練習の前に選手を励まし、やる気と自信を引き出す短い激励スピーチのことだ。
受容→承認→肯定→激励という構成になっていて、現状をこのテンプレに当てはめるとあら不思議、誰でもなかなかナイスなスピーチをすることができる。もちろん、野球と同じく即興で使いこなすには結構練習が必要なんだけどね。
じゃあ、俺がその練習したのかと言えば......結構した。
何故かと言えば、うんざりするほどキツイ練習の前にセルフ・ペップトークで自分自身を励ますためだ。メンタルコントロールの一環だね。
というわけで、ご清聴ください。
まずは受容から。
「皆、若干緊張してるみたいだな。でもまぁ、今日の対戦相手を考えると無理もないか」
皆が、おっ?って顔をする。
本心だぞ。
「何せアルベルトは現在、『王太子』なんて騒がれてる、時の人だもんな」
なぜそんなニックネームがついているかというと、一番の理由は彼がドイツ旧王族の血を引いていることにある。
そんなドイツ人エリートと日本の大手半導体メーカーの御令嬢の間に生まれた彼、金髪碧眼の高身長美丈夫というだけでも人気がでそうなのに野球も死ぬほど上手い。のみならず、エリート私立校の生徒会長を務め、メディアへも受け答えも120点という『わたしの考えた最高の少女漫画キャラ』みたいな男だ。
ちなみに、TVインタビューだと北欧系イケメンが美しい日本語を操ることでそこから更に30点くらい加点される。日本人の、特に野球ファンってそういうのに弱いんだよな。助っ人外国人選手がヒーローインタビューで『アリガトウゴザイマス!』って言うだけで大盛り上がりだし。
そして、そんな彼の率いる遅稲田実業。これがまた、少年漫画に出てくるようなチームなのだ。地区予選の決勝で西東京の雄である日大四高を劇的なサヨナラで下して以降、ここまで全試合をドラマチックな勝利で飾ってきた。
当然、メディアも連日彼らの話題で持ち切り。ただでさえ『王太子人気』が日々高まっている状況だったのが、一昨日の準決勝で最終回の表に熊大苫小牧の四番打者、島津隼人を三振に切って取り、裏にエースの神子大将からサヨナラスリーランを放ったことで大爆発した。
前世も凄かったアルベルト人気だが、おそらく今回はそれ以上。チームメイト曰く、昨日テレビをつけると、どの局も『アルベルト特番』をやっている状況だったという。まあ、俺はテレビ見てないんだけどね。
一方でウチは……ここだけの話、あんまり大衆受けがよろしくない。
まあ、この数か月週刊誌に色々書かれてきたからな。
けど、実の所それ以前からあんまり人気はなかった気もする。
まあ、この時代のスポーツ漫画には『怪我をおして頑張る話』が多く、『根性で痛みを乗り越えるのが美徳』みたいな価値観が主流な中で「そういうのはただの自己管理不足。ブラック企業に通じる危険な考え方だと思います」とか言ってきた男がエースなんだから仕方ないね。もちろん、信念を持っての言葉だから後悔は一切ないけど。
「だからきっと、本日の甲子園は相当なアウェーになるな。一般観客の99%は遅稲田実業を応援すると考えておいた方がいいだろう」
ゴクリ、と唾をのむ音が聞こえる。
もちろん、こちらにも心強い応援団はいて本日は2千人近い人が四国から応援に来てくれるそうだが、甲子園の収容人数は四万七千人以上。つまり、応援合戦になった場合の純粋な人数差は20倍以上。
そして応援は選手のパフォーマンスを向上させるという研究結果がある。高校野球ってメンタルスポーツの側面も強いし、ここまでの経験でも良くも悪くもその効果を実感している八幡ナインが今日の試合に不安を抱くのも当然だろう。
「中2日空いたから、コンディションも万全に近い状態で来るだろう、難儀なことだ」
昨年のノウハウもあり、エースの俺も両投げのウチとしては中1日の方が相対的に有利に戦えたんだけど、昨日は猛烈な雨で1日伸びたんだよな......流石アルベルト、『運命の女神に惚れられた男』と言われる天運も健在の様子。
「だからまあ......緊張するのは当然だ。でもそれは、俺達が真剣に、今日の試合に勝ちたいって思っているからだ。そして、そんな中で『若干の緊張』くらいで済んでいる皆にはアッパレをあげたいね」
一人づつ全員と目を合わせて笑顔を向ける。
受容は終わり、次は承認のフェーズだ。
「思い出せ、アウェーの雰囲気なんてこの夏何度もあった」
桝山商業戦とか、宜野立戦とか、大阪十陰戦とか、本当に凄かったもんな。
「そして、俺達はそれを全て乗り越えてきた。何故そんな事ができたかっていうと、俺達は強いからだ。断言する、俺達は何処よりもクオリティの高い練習を積んできた。片田舎の公立校が甲子園の決勝にいるのがその証拠だ」
みんな、ハッとした顔をする。
すでに色々と成し遂げきたことを思い出してくれたらしい。さあ、ここからは肯定フェーズ。
「それに打者としてお前らの厄介さは、紅白戦で何度も対戦してきた俺が一番よく知ってる。逆にお前らは、投手としての俺の厄介さも知っているだろう?」
周囲から笑いが漏れる。
よしよし、だいぶ硬さはとれたようだな。
なら、最後に激励だ。
「だから、必要以上に相手を大きく見積もる必要はないぞ。テレビでは『半導体メーカーの御曹司』とか騒がれてるらしいが、あんなもん、ちょっと顔がいいだけの電気屋のせがれだ。アルベルト様?斎藤だ、斎藤」
周囲から、そうだそうだと声が上がり始めた。
「だから……今日試合に出る奴は磨いてきた武器を存分に振るえ!てめぇのバットを斎藤に見せつけろ!でけぇのをぶちこんでやれ!」
皆の士気が高まって来た。
小梅ちゃん含め、普段おとなしいマネージャー数名も顔を紅潮させ、ふんすふんすと鼻息を荒くしている。
じゃあ......仕上げだ。
「今日は、ここにいる奴全員の力で勝つ。胸張って楽しんでいこうぜ!」
時計を見ると丁度11時になっていた。
ホテルを出発する時間だ。
試合開始は二時間後。
甲子園の試合時間は平均二時間ちょいだから、今から五時間後には、全てが終わっているだろう。
その時、ここにいる皆が笑顔でいられますように。




