57. 高校野球の深淵
開会式も無事終わり、夏の甲子園が開幕だ。
プラカードガールの子にも応援してもらったし、優勝出来るように頑張るぞい。
そんなわけで、俺達八幡の初戦は沖縄代表、宜野立高校とマッチアップすることになった。
宜野立高校は、この春に21世紀枠で甲子園に出場してベスト4入り、宜野立旋風を巻き起こした大人気チームだ。
そりゃそうだろう。
だって、判官贔屓の塊なんだから。
人口約5000人の過疎地から甲子園出場。
地域密着型の県立公立校で、メンバーのほとんどが地元出身の所謂、幼なじみチーム。
ついでに言うと『村の半分の人が甲子園に応援に行った』なんて逸話もあるくらいなのだ。
日本人ってそう言うの好きだよな。
ちなみに俺も大好きだ。
そういや前世、めちゃくちゃ応援してたわ。
俺達と少々似ている気もするが、八幡は結構都会だからちょっとニュアンスが違うんだよね。なにせウチは現在30000人以上の人口を誇ってるし、市営バスも90分に一本くらいはくる。あとイノシシも最近あんまり出ないし。
しかし、この宜野立、決して野球のレベルが低い訳ではない。というか、むしろ高い。
何故なら、宜野立村は人気プロ野球球団、阪神ジャガーズの春季キャンプ地だから。地元の子供たちは幼い頃からプロの最先端技術を間近に見て育つのだ。
それに加えて宜野立高校はもう一つ、『辺境で生み出された超強力なオリジナル変化球』というロマンの塊みたいな設定まで持っている。
なろう小説かな?
ところがどっこい、これは現実。
この春、宜野立高校の快進撃を支えたのが、強烈な縦回転で大きく落ちる『宜野立カーブ』という特殊な変化球だ。
このボール、同校の野球部監督が円盤投げに着想を得て作り上げたらしい。手の甲を一度バッター側に向ける特殊な投げ方で、それゆえ習得するのが非常に難しく、非常に強力ながら同校以外には中々広がらず2020年代にも投げ手が殆どいない幻の魔球だ。
どんなボールかというと、強烈なトップスピン回転のかかった縦方向変化球である。
もしかしたら『卓球やテニスのドライブ回転』と言った方がわかりやすいかもしれない。ストレートがバックスピンによって上に伸び上がるのと真逆で、トップスピンのボールというのは下方向へ急速にボールを落とす力が働く。
つまり『宜野立カーブ』というボールは、野球界に存在するあらゆる球種の中で一番落差が大きく、打者の見逃し率も空振り率も高い球種なのだ。
この結構な初見殺しの魔球と130台中盤のストレートのコンビネーションを駆使する投手力が、宜野立高校のストロングポイントである。
そんな相手に俺達は勝てるだろうか。
いや、違うな。
勝つんだ。
***
「宜野立カーブ凄いボールだったね」
「ホント、この三年間、紅白戦で何度も湊と対戦してて良かったぜ」
「軌道も変化量も瓜二つだったっすもんね。初対戦なら相当な初見殺しだったハズっすよ、アレは」
結論から言うと、勝てた。
一つ勝因をあげるなら向こうの生命線である『宜野立カーブ』の軌道が俺の『ドロップ』と瓜二つだったことがある。
投げ方こそ違うものの、『横回転が殆どかかっていないトップスピン回転のボール』というコンセプトは一緒だからな。物理的には同じような変化をするのだ。
魔球による初見殺しに失敗した宜野立に残ったのは、キレの良い変化球と速いストレート。それに固い守備と粘り強いバッティングとチームワーク、あとそんな彼らを後押しする大声援だけだった。
正直、めちゃくちゃ手強かったです。
特にランナー満塁となって、指笛と共に『ハイサイおじさん』が流れはじめた時の球場の盛り上がりは凄まじいものがあったな。
あの時、サードライナーをニックが横っ飛びで好捕してくれてなかったら、試合の結末は逆だったかも知れない。
「鴎賀くんナイスピッチング、それに皆も、お疲れ様」
「春山さんもね、春の試合映像からマネ達がまとめてくれた配球データがなかったら、絶対もっと苦戦してたわ。大変だと思うけど次もよろしくね」
「うん、任せて」
ともあれ、一回戦突破だ。
二回戦はこの後に試合をするニチームの勝った方と行う事になる。次の試合までは日数もあるので、しっかりとクールダウンをすませたら偵察がてら試合を見て帰ろうと言う事になった。
マッチアップは昨年春に苦戦した花弁和歌山と……黒霧実業?知らないところだな。前世の記憶にもない。
けどまあ、今更か。
島津隼人が熊大苫小牧に行ったみたいに歴史が変わったのだろう。宜野立みたいに真摯に野球に取り組む素敵なチームなら、どっちがきても大歓迎だ。
***
試合終了後、八幡のレギュラー陣はこぞって渋面を浮かべていた。
「結局、勝ったのは黒霧実業か」
「けど……」
「胸糞悪いチームっすねぇ」
普段、飄々としていてる大樹匠までもが不快感を露わにしている。
「う、上杉先輩、なんで師匠達はあんなに怒ってるんスか?」
ちょっと怖いんスけど……という一年生部員、夏日朝顔。その問いに一年生の指導役となっている二年生レギュラーの上杉もまた、顰めっ面で答える。
「ああ、夏日達はまだ『こう言うチーム』を見た事がなかったか。簡単に言うと、さっきの試合で黒霧実業が色々『反則』しとったからやな。去年の夏も疑わしいのが何校かおったけど、黒霧は特に露骨で酷い」
「は、『反則』っすか……」
「ああ、後でビデオ見てみ?例えば黒霧のセカンドランナーな、捕手の出すサインみてバッターに球種やコースをハンドサインで伝えとったわ」
「え、ズル……」
これは『サイン盗み』という行為で、高校野球でもプロ野球でも禁じられている。
かつてサイン盗みは「当たり前の戦術」だったが、日本高野連が1998年、サインを伝える行為の禁止を通達したことを境に『違反』となった。
見抜かれないよう各チームのサインが複雑化し試合時間が長引いたことや、正々堂々のスポーツマンシップに反する行為というのが理由だ。
が、高校野球ではなんと、この反則行為に対する罰則規定がない!
注意されたら「あ、やって無いですけど今後紛らわしい動きしないように気をつけまーす」とでも言えばそれで終わりなのだ。
結構ガバガバである。
ただまあ、学生スポーツだし基本的に性善説に基づきそんな規定になったのも決して不自然ではないだろう。選手宣誓でも『我々はスポーツマンシップにのっとり〜』というのがお約束の文言だ。
しかし、実のところ高校野球には多くの金が絡む!
ゆえに勝利に固執する監督が指示しチーム単位で行う強豪校もこの時代には存在していた。『サッカーにはマリーシアって言葉もあるし、バレない反則は反則じゃ無いんだよ』なんて理屈をつけて。
八幡は勿論行ってはいない、これまで名勝負を繰り広げてきたライバル校も同様だ。桝山実業は敬遠策などいやらしい野球をしてきたが、アレはあくまでルールの範囲内だった。
「他にも、『オン・ザ・ラインからのデッドボール戦法』ってのをチーム単位でやったりしとる。後で説明したるけどアレはもう、一部の選手が先走ったんやなくて監督の指示で間違いないやろうな」
「最低っスね」
スポーツの世界においてルール範囲内で色々細工するのと反則行為は、全く異なるものだ。
特に、多くの選手の進路や金銭が絡む大会で行われるアンチスポーツマンシップ、反則行為やドーピング等は本来得られるハズだった他人の利益を不当に詐取するという意味で、犯罪と何ら変わらない。
「許せないし絶対に負けてほしくないっス。けど……そんな相手に対策はあるんスか?」
「ああ、問題ないと思うで、だってウチには百戦錬磨の竹中監督がおるし……」
そう言って上杉はちらりと一人の男をみる。
「エースは『そう言う輩、絶対に許さないマン』の鴎賀先輩やさかいに」
視線の先にある背番号1の背中からは、ゴゴゴ……なんて効果音が上がりそうな程のオーラが立ち上っていた。




