56.5 私の知ってる噂とちゃうけど!
「じゃあ、たかちゃん、また後でね」
「うん、アズもしっかりね」
友人と別れた高瀬は『八幡』と書かれたプラカードを持ち所定の位置へと向かう。
彼女は兵庫県の進学校である県立東宮高校の二年生、そして本日、前年度優勝校である八幡のプラカードガールという大役をおおせつかった女である。
甲子園の入場行進を彩るプラカードガールは、1949年以降ずっと東宮の生徒が務めてきた。テレビにも映るし『これがやりたくて東宮に進学しました』なんて女生徒がいる位には花形の仕事だ。
当然、倍率も高く100人以上の立候補の中から選考会が行われ、姿勢、歩き方などが特に美しい者の中からプラカードガールが決まる。
まあ、高瀬が選考会に参加したのは仲の良い友人グループに誘われたからで、しかもその発起人はドジっ子属性持ちで選考中に転び不合格、『私の夢はアンタに託した!』とされた経緯があるのだが。
(しかし八幡かぁ。親戚の叔父さんには『黒い噂がある学校だから気をつけてな』なんて言われたけど……まあ入場行進でちょっかいかけられる事もないでしょ。それにゴシップ誌なんてガゼネタも多いし……)
そして高瀬は進学校に通う才女である。
ゴシップを鵜呑みにしない聡明さを持ち、2年生ながら園芸部長を務める優等生でもあった。
(もし万一、ちょっかい出されたら肘や膝で反撃すればいいしね)
そして、先生方は気づいていないが実は武闘派で結構やべー女でもあった。
多くの武道で肘や膝の使用が禁止されてる理由は、硬く鋭い箇所のため当て方を誤ると大怪我につながるからだと言われている。
(その際狙うべきは人中……いや、股間か?)
ちなみに、ムエタイなどの戦場格闘技で肘と膝を使う技が多いのは、急所に上手く当てると死人が出るからだ。
あと彼女が活動している園芸部には夾竹桃の木があって、鈴蘭とかジギタリスとかも咲いてて、雑草としてヨウシュヤマブドウが育ってたりもする。
***
当然と言えば当然なのだが、結局ちょっかいを出されるような事は一切なく開会式はつつがなく進行していく。
ただ、ゴシップ誌の影響か、プラカードガールとして先頭を歩く高瀬もスタンドから多数の『好奇の目』を感じた。
しかし八幡の選手達は一切動じる事なく淡々と行進を続ける。皆、真剣そのものだった。
(この人達、強いな……)
弱いチームは、ミスや外部の空気に容易に影響され、連鎖的に崩れていく。
一方で強いチームは、状況がどうであれ、崩れない。
八幡は、観客の視線や空気に左右されず、ただ自分たちのやるべきことに集中出来ているようにみえた。
そんな『既に戦いは始まっている』とばかりにピリッとした緊張感の中、高瀬はプラカードガールの役目を全うした。
外からは見たことがある甲子園球場。しかし内側から見ると思った以上に広く見えて少々緊張した。その中をしっかり歩けたことは良い思い出と自信になったと思う。誘ってくれた友人には感謝だ。
そんな事を思っている間に開会式は終了。
すると後で、八幡の選手達からお礼を言われた。
「本日はありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
そこには高瀬への敬意があった。
選手とプラカードガール、立場は違えど、双方真剣な気持ちで練習をつみ開会式に臨んでいた事をお互いがわかっていた。
「いえ、こちらこそありがとうございました。皆さん優勝目指して頑張って下さい、私も最後まで応援します」
***
八幡と別れた後、高瀬は友人と合流した
「お疲れ様ー。いやー八幡の人達、噂と違ってみんなめっちゃ良い人で……アズ?」
そこで高瀬は異変に気づく。友人は頬を上気させ、心ここにあらずと言った表情をしていた。
「あー……たかちゃん?」
「アズ、何かされたの?」
(もしそうなら許すまじ。アズが担当していたのは遅稲田実業だっけ?ヒ素だとバレるから……)
「遅稲田のキャプテンさん、かっこよかったぁ……」
「は?」
「いやホント、ちょっと前に生でみたアイドルよりもかっこ良かったよ!はぁ、遅稲田実業のプラカードガールできてよかった……」
プラカードガールは県内有数の進学校である東宮高校の『二年生』が務める。
何故三年生では無いのかというと、プラカードガール達は担当になった学校を、『大会中ずっと応援し続ける』ことになるからだ。受験勉強に響かないようにとの配慮である。
「三次元に、あんな王子様みたいな人がいるんだね、尊し。私、あの人のこと、一生推すわ……」
そして最後の最後まで自らが担当した高校を応援できるのは、大会毎に僅か二人だけ……




