56.入場行進の見所
山羊野は28歳の社会人である。しかし、平日というのに彼は現在、甲子園のスタンドに座っている。
とはいえ、仕事をサボタージュしているわけではない。なにせ彼はベンチャー企業の社長だから仕事は全て自己裁量なのだ。加えて言えば元来インドア派であり、スポーツにあまり興味もなかった。
しかも、今から行われるのは試合ですらない、開会式である。
なのに、なぜ彼がこんな所にいるのかというと、得意先の大企業社長が『高校野球大好きおじさん』であり、誘われたからであった。
「おっ、はじまるで山羊野くん」
うきうき話す取引相手の言葉通り、明明とした声のアナウンスと共にオープニングファンファーレが鳴り響く。
「わ、見事なものですね」
素直に感心する山羊野ににっこりする年配社長。
「そうやろう、そうやろう。さあ選手たちの入場や」
高校野球ファンには馴染みの曲に合わせて、各県代表校の行進が始まる。
「山羊野くんは高校野球について全然詳しくないと言っとったね」
「はい、お恥ずかしながら」
「いや、全然ええのよ。さて、そんな君に一つ『入場行進の楽しい観方』を伝えてもええかな」
「ぜひ、よろしくお願いします」
頭を下げる山羊野に、年配社長はこう答える。
入場行進はね——競馬のパドックのようなつもりで見ると楽しいんよ
「パ、パドックですか?」
「うん、コアな高校野球ファンはな『優勝校はどこか?』なんてことを仲間内で予想して楽しむんやけど、テレビや雑誌の前評判に加えてこの入場行進も貴重な情報源になるんよ。『どの県代表が勝ちそうか』って考えつつチームごとの雰囲気を見てごらん、きっと君にも感じ取れるものがあるで」
「なるほど」
「あ、そうや、もし君の目にとまった有力校が僕と一致すれば、この前提案してくれた案件、すぐに契約を結ぼか」
「本当ですか!?頑張ります」
というわけで、集中して目を凝らしてみる山羊野。
すると確かにチームごとに雰囲気に差があることに気付く。
「どう?なにか感じた?」
「ええっと、殆どの高校は晴れ舞台に高揚しているように見えます。ただ、ウキウキといい思い出として浮かれている高校もあれば、既にきりっと戦闘モードに入っている高校もあるように見えました」
「おっ、ええ着眼点やなぁ。そやねん、やっぱ初出場校とかは浮ついとるところが多いんよ。『甲子園出られただけで満足』ってところもあるな。逆にガチで優勝狙って来とるようなところは、もうこの入場行進から雰囲気が違う」
成程、言われてみればそんな感じがする。
「で、君からみてどこが勝ちそう?4つ程あげてみてくれる」
「えっと......」
先程、見ながらメモした高校名をあげる山羊野。
「まず、大阪十陰高校。次に熊大苫小牧高校。あと、八幡高校」
「......凄いなぁ君。それぜんぶ優勝候補やで」
年配社長は本気で感心しつつ、各チームの解説をしてくれた。
△大阪十陰
超激戦区の大阪代表。一昨年の甲子園優勝校。この夏は、春の選抜で二年連続準優勝していたLP学園を大阪府大会決勝にて2-1で撃破し甲子園行きを決めた。『超高校級』の右腕、松田健太郎に土をつけた実績は大きい。4人のプロ注目選手を擁する強豪校。
〇熊大苫小牧高校
昨夏準優勝、春選抜では優勝した超強豪校。神子大将、島津隼人という2人の『超高校級』を擁している。ただ、甲子園開幕直前にエースの神子が発熱と腸炎による下痢を発症。現在コンデションが悪いと情報あり。
◎八幡高校
湊鴎賀という『超高校級』を擁している。また昨年夏の優勝メンバーが6名も残る盤石の布陣。黒い噂が絶えず週刊誌に叩かれているが真偽は不明。県予選の初戦からここまでずっと、判官贔屓のアウェー感があった様だが、それをものともせず全試合を圧倒的なスコアで勝ち上がってきた。甲子園でもおそらくアウェーとなる事に加えてディフェンディングチャンピオンとしてのプレッシャーも予想されるが、それを跳ね返せるか。
「で、あと一校は?」
「それが、教えて頂いたことに反する独断と偏見になっちゃうんですが……遅稲田実業高校が気になりました」
「ほう、なんで?」
今まで常に笑みを浮かべ糸目だった取引相手の男。
その目が薄く見開き、キラリと光る。
「チーム全体が戦闘モードってわけではなかったんですが、先頭を歩くキャプテンの子が妙に華があったというか主人公感があったというか……すぐ負けちゃうイメージが全然湧かなくって」
「......君とはこれからも仲良くやっていきたいな」
年配社長が山羊野と大型契約を締結したのは、この後すぐのことであった。
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▲遅稲田実業
西東京代表。ここ数年は甲子園出場なし。ただし、敏腕社長二人はキャプテンに何か光るものを感じた様子。今大会のダークホースとなるのか???




