54.標的にされた五番
アップが終わり、まもなく桝山商業との決勝戦が始まる。
天候は晴れ、風はなし。球場の雰囲気はアウェー。
プロ仕様球場なのに観客席はその多くが埋まっており、その7〜8割は桝山贔屓っぽい。
伝統校の復権をみたいのと判官贔屓、あと俺達が巷でヒール役になってる影響もあるのかな……まあ、俺達は八幡応援団の期待に応えられる様全力を尽くすだけだ。
三塁側スタンドを見ると、そこには千人単位で駆けつけてくれている八幡の皆様。その中には俺が一年生の時のキャプテンや三年生投手などOBの姿も多く見えた。ベンチ外メンバー全員の声援も、きちんとこの耳に届いている。
この試合、ウチは先攻になった。
オーダーは下記の通りだ。
1.ファースト 細川流
2.センター 菊地
3.ピッチャー 湊鴎賀
4.キャッチャー 大樹匠
5.サード ニック
6.ショート 河野
7.ライト 前田山英五郎
8.レフト 二宮忠八
9.セカンド 大家百次郎
「プレイボール!」
審判のコールで試合開始。
対峙する桝山商業のエースは例年通り『純粋なボールの威力よりも打者の打ちにくさを追求』してきたタイプ。
そして今年は『コッキング期に変化をつけてくる右スリークォーター』の投手だった。
この辺、ちょっとだけ説明しておこうか。
野球の投球フォームは5つのフェーズに分かれているんだけど、コッキング期というのはその中の、『グラブからボールが離れてから、前足をつくまで』の時期を指す。
分かりにくければ『最初の方の、バッターに向けて横移動している時期」と思ってくれたら大体OKだ。
そして、訓練されたピッチャーであればこのコッキング期までは変化をつけても球速やコントロールを大きく損なうことはないとされている。
俺も基本的に足を上げて投げるが、ランナーが出たら盗塁されない様すり足クイックに切り替えるしね。
ただ、今日の対戦相手である桝山商業のピッチャーはそれを毎球変えてくる。ゆったり高く足をあげ、そこからまたゆったり下ろして投げることもあれば、勢いよくサッと下ろして投げることもある。そもそも足を上げず、急にすり足で素早く投げてきたりもする。
だからバッターとしてはタイミングが取りづらく、そこに脳のリソースを割かれる結果、ミスショットしやすくなるという寸法だ。
まあ、ピッチャーもフォームが固まらないから諸刃の剣なんだけど、桝山のエースは高校生活の三年間、そこを重点的に練習したしてきたらしく非常に上手く身体を制御していた。
その術中にハマった細川と菊池がゴロを打たされ早々にツーアウト。バッターボックスに立つのは俺。
(まあ、俺には通用しないけど……ね!)
なぜなら俺は脳の情報処理量が多くなる様に長年訓練してきたし、この手のタイプの攻略方法も知っていて、それを実践できる技術もあるからだ。
早めに始動し、もう変化をつけられない右足接地の直前から投手の動きにシンクロ、甲子園の一流投手に比べると球威に劣る外角直球をコースに逆らわす左中間へと弾き返す。
「湊、ナイスバッティング!」
「先輩、さすがですわ!」
ツーベースとなり塁上でガッツポーズ。さあ、次はチャンスに強い匠だ。景気良く先制点といこうぜ。
と思っていたんだが……
「ボール、フォアボール!」
キャッチャーが座ってこそいるものの、桝山バッテリーは明らかに匠との勝負を避けて歩かせてきた。まあ、初回からランナーを溜めるのはギャンブル性が高いんだけど一点勝負と見れば気持ちは分かる。
結局、後続のニックが打ち取られ、一回の表、八幡は無得点に終わった。
一回裏、今度はこちらの守備。
三者凡退に締めたが、少々気になることがありベンチで匠とすり合わせを行う。
「なあ匠、さっきの3人偶然だと思うか?」
「いや、チーム単位でニックを狙って来てるっすね」
そう、桝山商業の全打者からは明確に『サードに打球を飛ばそう』という強い意図を感じた。左打者は流してゴロを打つ打ち方をし、右打者はセーフティバント、さらにそれを布石にバントの構えからのバスターを仕掛けてきたのである。
「なめられたもんだぜ」
憤慨するニック。まあ、そりゃそうだ。元来、決して守備が下手な訳じゃないからなコイツ。ただ、気合が入りすぎるとヘマすることがあるので、そこが少々心配ではある。過剰に意識しないようにあえて言わないでおくが、多分桝山商業はそれも織り込み済みで仕掛けて来てるのだろう。
一発勝負の高校野球はメンタルスポーツの側面もあって、プレッシャーがかかるほど失策って増えるからな。甲子園の一回戦データを見てみると一試合の平均失策数は約2.5個。緊張する場面では県代表クラスの選手でもエラーするのが当たり前なのだ。10回守備機会があれば1回はミスすると思っていた方がいい。
そして、その一回が致命傷になることだってある……
「さあ、今度はこっちの攻撃だ!お前ら、早く先制して湊を楽にしてやれ!」
一瞬、悪い方向に思考が傾きかけたところで竹中監督が激をいれてくれた。
大変ありがたい。そしてその通りだよ、リードすればプレッシャーも減るからな。
2回の表。
八幡は1人ランナーを出すものの無得点。
2回の裏。
桝山商業はサード狙いを継続。ニックの送球が一度、若干低めに乱れたが、一塁手の細川がうまく捌き三者凡退。
3回表。
先頭の細川がツーベースで出塁、菊池が送って一死三塁でバッターは俺。ここで勝負を決めてやるぜ!
と思っていたんだが
「ボール、フォアボール!」
俺と匠は連続で勝負を避けられた。バッターにも大きなプレッシャーのかかる一死満塁で、打者はニック。
その初球、焦らすように長くとったセットポジションからピッチャーが投じたボールは甘いコースから外に逃げていくスライダーだった。それに手を出したニック。
好調時のニックであれば長打にできる球だった様にも思うが、バッティングは非常に繊細な技術だ。僅か4センチ、指二本くらいのズレで結果には雲泥の差が出る。
今回は力んだのか若干ミスショットして、早いゴロが前進守備のショート真正面にとんだ。
痛恨のダブルプレー、無得点でチェンジである。
3回裏。
桝山商業はサード狙いを継続。ニックの送球が今度は高めに乱れる。長身の細川が小ジャンプして捌き三者凡退。
桝山商業側のスタンドに「サードは穴だぞ!」なんて心無いヤジを飛ばすオヤジが出現。うぜぇ。
4回の表。
八幡は再び、1人ランナーを出したが無得点。
4回裏。
桝山商業はサード狙いを継続。ニックが一度ゴロをファンブルしたがそこから素早く送球しアウト。三者凡退。結果だけみれば八幡はここまで一人のランナーも許していない。
スタンドからは「もしかして、二試合連続完全試合がみれるかも!」なんて声が聞こえはじめる。
5回の表。
再び、一死満塁でニック。内野フライを打ち上げ凡退。続く河野も抑えられ無得点。
5回裏。
試合が動いた。
まず、ワンナウトから一度セーフティバントの構えを見せてからのバスターでサードを狙ってきた打球が若干イレギュラー。
それを弾いたニックは拾い直して一塁へ転送したが、判定はセーフ。イレギュラーしてたし正直ヒット判定でもおかしく無いんだけど、スコアボードにはエラーのランプが灯った。
スタンドからは「あー、完全試合が」とか「やっぱりサードは穴だぞ」なんて声が聞こえる。
続く打者はバントを選択。サード前に強めに転がしてきた。二塁でフォースアウトが取れるか判断に迷う、嫌味なバントだ。
「ニック、無理せずゆっくり一塁でいいっす!」
「いや、いける!」
そこでニックはミスをした。
急いで二塁へ転送したボールが大きく逸れて、外野を転々とする間にランナーが進塁。一死一、三塁となる。
そこから俺はギアを上げ、全力で三振をとりに行ったが桝山商業のキャプテンに根性でスクイズを決められて失点した。
五回終了時、スコアは1ー0
一点ビハインド。
こちらに残された攻撃ターンは……4回のみ。
バックネット裏話
犠牲バントのセオリーは『打球を殺し確実に走者を次の塁へ送る』事です。
が、物事には応用というか、その先がある事が多い。
筆者は現役時代、そのレベルの野球はできていませんでしたが、例えば本当に巧い選手とチームは犠牲バント一つとってもフィルダースチョイスや送球エラーなどのミスを誘発させるため、『あえて、一歩間違えれば二塁フォースアウトがとられそうなギリギリのコースと強さを狙って転がしてくる』なんて事があるそうな。
プロ級の好投手から点を取るには時にギャンブルも必要!というわけで、対戦相手の守備力と味方ランナーの走力を完璧に頭に入れた上で、『二塁に投げたくなるけどギリギリ間に合わず、かつ、ほんの少し送球もしづらい体勢になる場所』をピンポイントで狙ってくるわけですね。
今回、ニックを狙ってバントしたのは、そう言ったプレーを沢山練習してきた桝山商業の中でも一番バントが上手な打者でした。
なお、このレベルのバントになると素人目にはあえてギリギリを狙ったか結果オーライか全然分からないし、ほんの少しのミスでフォースアウトを取られる事もある。
なので、あえて狙っている非常に巧い選手が外野から、『アイツはバントが下手』とか言われちゃうこともよくあるそうです。不憫。
今流行っているセイバーメトリクスには現れず、評価もされないことから失伝寸前となっている職人技のご紹介でした。




