53.決勝戦に向けての懸念
前回のあらすじ
ニックに子供が出来ました。
何も問題ないね、おめでとう!
協議の結果、ニックも真里愛さんも学校に残り卒業を目指す事になった。勿論、野球部員も継続である。
この決定には、竹中監督がゴールデンウィーク中の遠征を引き受け校長に恩を売っていた事や、しごでき養護教諭の冬雪部長が色々頑張ってくれた事、それにニックと真里愛さんの二人が今まで模範的な生徒だったのも大きかったようだ。
真里愛さんについては、今後つわりなど色んな問題もあるだろうが、貴重なモデルケースとして学校でも様々な配慮を検討してくれるという。
という訳で、これにて一件落着……とはならなかった。
壁に耳あり正直メアリーって本当なんだな。学校関係者の誰かから噂が広まったらしく、週刊誌に取り上げられてしまった。
『八幡の某中心選手、女子生徒を妊娠させていた』
『呆れた選手の名は、湊鴎賀?』
『高校に質問状を送ったが、期限までの回答はなかった』
的な事を書かれているらしい。
見出しの二つ目のは語尾に小さくハテナつけときゃいいじゃんのスポーツ新聞理論だな。あと、質問状は金曜日の終業一分前に送られていて、回答期限は翌週月曜日の始業後五分だったとのこと。
春選抜直後にやいのやいの言われたてたのがやっと下火になって来たと思ってた矢先、前回を遥かに上回る大火災が発生中だ。
あと、俺も雑誌記者に突撃された事があったな。部活帰りにノーアポで。初めは『まあ、コイツも仕事だしな』と思いつつノーコメントで通してたんだけど、『妊娠した女生徒が可哀想という気持ちはないんですか』と聞かれた時は流石にカチンと来たので大声で周囲に『不審者がいます。警察を呼んで下さい!』と通報を依頼した。
一応、護身用に持っていたボイスレコーダーでこっそり録音してるから、いずれ一番良いタイミングでお返しさせて貰おうと思っている。
梅雨で良く雨も降ってるし、良い感じに鎮火しねぇかなぁと思ったが全然そんなこともなさそうなので風評については早々に諦めた。というわけで以降は自分の努力でコントロールできるところ、例えば雨風の日にパフォーマンスを落とさない技術練習などに全集中。
さて、そんな中で夏の大会がスタートした訳だが、ここまで毎試合周囲からの好奇の目というか、アウェー感が凄かった。何度か観客席から汚ねぇ野次がとんだ事もあったっけ。
とはいえ、試合のスコアだけ見れば大きな波乱や危ない展開はなく勝ち進む事ができている。本日行われた準決勝も、前回負けた古治を一人の走者も出さないパーフェクトゲームに抑え、3ー0で勝利する事ができた。
今日も今日とて八幡の応援団は必死に声を張ってくれていたし、期待に応えられて嬉しい。そうそう、昨年卒業したダリアパイセンや国体でナイスピッチングを披露した伊予先輩も駆けつけてくれていたな。二人は決勝戦も観にきてくれるという。真田元キャプテンは大学野球が忙しく不在だが、ダリアパイセン経由で激励のメールを見せてもらった。
そんな俺達が明後日、決勝戦で戦うことになるのは……
「桝山商業が上がってきたか」
「清美じゃ無いの、ちょっとだけ意外っすね」
一年目の夏、初戦で当たった県下三強の一角、桝山商業だった。春選抜ベスト4まで行った清美を準決勝で撃破し、堂々の決勝進出である。
「ああ、だがゲーム運びがうまかったし強敵には違いない。特に明日は球場の雰囲気が桝山贔屓になるだろうしな」
がっぷり四つに組めばこっちがやや有利とは思う。ただ、一発勝負に何があるかわからないし、こっちには僅かながら懸念事項もあった。
「任せろ!明日こそ特大ホームランでチームの役に立ってやる!」
「……まあ、好投手相手にはヒットで充分だから気楽にな」
それは、目の前で気合いの入った様子をみせているニックのバッティングが絶不調に陥っている事だ。
元来、ガッツがあり、エラーしたらナイスプレーで取り返そうというプロ向き思考回路をしているニック。
そんな本人は今、『自分のせいで八幡がアウェー感溢れる中戦うことになっちまった』と責任を感じているらしく、それを挽回しようと打席内で力みまくっている。そのせいで、今大会の打率は一割未満だ。
落ち込んで弱気になってしまうよりはよっぽどいいのだが、明日の相手が小技でかわすタイプの桝山商業投手陣と考えるとちょっとだけ相性が悪い。あと、最近いい当たりが正面をついたりツキがないのも少し気になる。
とはいえ、他の上位打線は全員数字を残せているから今日みたいにニックがノーヒットでも最悪俺と匠で得点できれば大丈夫だろうという計算は立っている。
さあ、最後の夏の甲子園出場まであと一試合。
45時間後には、もう決勝戦がプレイボールだ。
コンディション、作戦、その他諸々、しっかりと準備して臨もう。
という訳で
「匠、明後日の事でちょっと相談があるんだけど……」




