52.八幡高校の聖母
前回のあらすじ
ニック、部活辞めるってよ
急遽、三年生だけによる緊急ミーティングが開かれることになった。みんな、のっぴきならない理由があるにしても仲間として何か力になりたいという顔をしている。俺もその一人だ。
「皆、最後の夏を前にこんな勝手、本当にすまない」
シン……と静まり返った会議室でそう言って話を切り出したニック。
「結論から言う。俺は学校を辞めて家の手伝いをしようと思う。理由は彼女の真里愛が妊娠したからだ、そして俺は二人の子供を絶対に中絶させたく無いと考えている」
空が落ちてくる様な衝撃だった。その場にいる三年生全員が、ショックを受けた顔をしている。
「ま、前に『そう言うことは卒業まで我慢する』って言ってたじゃないか……」
「ひ、『避妊』してなかったんすか……?」
特に仲の良かったキャプテンの細川や、副キャプテンである匠の動揺は大きい様だ。友としても立場的にも思う所は大きいだろう。
女子マネのトップとして後輩マネ達に『恋愛は自由だけど、頑張ってるチームメイトに迷惑をかけない様に節度あるお付き合いをしてね』と説いてきた小梅ちゃんも、何とも言えない表情をしている。
「そのつもりだったんだが……」
その後ニックが語った内容はこうだった。
まず『避妊はマスト』、『だからそう言う行為は卒業まで我慢する』ということをニックと真里愛さんはお互い固く誓い合っていたそうだ。
とても賢明な判断だと思う。ゴム製のヘルメットを装着していても可能性はゼロじゃないからな。
それはそれとして愛し合う二人、その前段階のハグやキスまではしていたという。アダムとイブのスタイルで。
まあ、問題ない範疇だろう。
で、その際ニックのニック坊が指先一つでダウンして、その時にひでぶした液体が真里愛さんの秘孔にアタタしていた可能性が否定出来ないとのこと。
「ジーザス……」
思わず声にでてしまった。
理論上はあり得る。
勿論、通常の妊娠経路ではない。普通その程度で妊娠するとは思わないだろうし、一枚しか買ってない宝くじで一等賞が当たるような超低確率だが、実際、今回と似た経緯で「それが原因である可能性が高い」と結論付けられた妊娠報告例があったはずだ。
匠の占いに出てた『思わぬ吉報』ってこれかよ!
確かにおめでたいことではあるが……
……ん?
何かひっかかるな。
えーっと……だから……つまり……
「真里愛は浮気する様な女じゃないし、俺の子供で間違い無いと思う。お互いの親にも、もう事情を話した。先月18歳になったし、責任をとってすぐに結婚するつもりだ」
皆、こう言う時、何と言っていいのか分からないのって顔をしている。じゃあ、とりあえず俺から言わせて貰おうか。
「ニック、俺からちょっと一言いいか?」
「ああ……湊は口酸っぱく注意するよう言ってたのに本当に……」
「いや、別に責める訳じゃなくてな。とりあえず、子供ができたことと結婚、両方ともおめでとう」
ポカンとした顔をするニック。
「あ、ありがとう?」
「それで質問なんだが、そんな祝事と、お前が学校や野球部を辞めなきゃならないこと、一体何の関係があるんだ?」
「いや、だってこのままじゃチームが出場停止とか……」
「ならないぞ」
周囲を見ると、そうなの?って顔をしている奴がちらほらいるな。この辺、ちょっと説明しとこうか。
「ニック、俺が皆に注意喚起した内容を言ってみな」
「えっと、『法律違反はするな、エッチな事をする時は同意を得て、あと性についてしっかり勉強しておけ』だよな」
「ああ、その通りだ。つまり俺は、『絶対に避妊しろ』なんて一言も言ってない。」
なぜなら『避妊の強制』なんてのは憲法で保証されている『自己決定権』を犯す理不尽な命令になるから。
驚きに目を見開くニックに俺は説明を続ける。
名門校が暴力、喫煙、飲酒などで出場停止処分をくらい全国ニュースになるのはそれが法律違反だからだ。
でも『互いの合意のもと性交渉して妊娠』ってのは誰も悪いことをしていないだろ。バリバリの合法だし何なら少子化対策で国から褒められるまである、なんてことを。
「で、でもおかしいだろ。野球部員が結婚してて子持ちとか聞いた事ないぞ」
「そりゃ珍しいけど、多様性の時代じゃん?子供どころか孫まで出来てから高校入学するご年配の人とかもいるんだし」
「あとほら、校則とか」
「あー、不純異性交友禁止ってやつな。大丈夫だぞ」
基本的にルールの強さは憲法>刑法>民法>>(越えられない壁)>>校則だ。そして二つ以上のルールが相反する時は基本的に上位のものが適応される。
「そもそも、八幡の生徒手帳にはこう書いてある『もし不純異性交友をした者がいれば、五枚以上の反省文を提出すること』、だからまあ反省文かけばOKだ」
周囲を窺うと、そういうもんなのかって顔をしていた。基本的に賢い匠や小梅ちゃんなんかは、「詭弁の様な気もするっす……」とか「湊君さあ……」って顔をしているが、空気を読んで何も言わないでいてくれてる。サンキュー。
「で、でも……」
「あとなニック」
まだ罪悪感を感じてるらしきニックに、俺は切り札をだす。これが本命だ。
「お前、真里愛さんや生まれてくる子供に罪悪感を抱かせたいのか?『妊娠したからパパは最後の夏を諦めたんだ』って」
「そんな訳ないだろ!」
「だよな。あと、家を継ぐにしても高卒資格はあった方がいい。そしてもし近い未来に先立った金が必要なら……」
そこで俺は息を吸い断言する。
「この夏、打ちまくってプロになれ、ニック!」
「プ、プロ?!」
驚いているが、いけそうな気がするんだよな。最近の紅白戦で対峙する打者ニックの迫力は、甲子園で戦った高卒プロ入りする強打者達と遜色がないレベルだ。
そしてプロ野球選手は退職金がない代わりに『契約金』って名目でまとまった金の先払いがある。
「てなわけで、一緒に竹中監督や冬雪先生に事情を説明しにいこうや」
皆が幸せな未来を迎えられるよう、頼れる大人達にも味方になってもらおうぜ!




