51.ままならぬ風評
気がついたらもう六月半ば。
この梅雨が明け少ししたら、高校最後の夏だ。
なんか、転生してからここまであっという間だったな。タイムのフローはアローのごとし、体感的には一年もたっていない気がする。
まあ、きっとそれだけ充実していたのだろう。
と言うわけで忘れないうちに、この二ヶ月の事を一度簡単にまとめておこうかね。
まず、四月下旬から五月の頭にかけて行われた四国大会で八幡は優勝した。
俺は春選抜の足の怪我が完治してないから欠場したんだけど、代わりに細川が非常に良いピッチングをしてくれた。匠や河野や菊地のセンターラインも鉄壁の守りだ。
あと、ニックが良いところで打ちまくった。
本人は「配球のヤマが当たった」と言ってたが、打率七割、ホームラン四本の大当たりは、確かな実力も無いと達成出来ない大記録。たいしたもんだ。
で、そんな四国大会が終わるとすぐにゴールデンウィーク。これは、ちょっとした小旅行みたいになった。
昨年、全国的に有名になった八幡高校。その校長がけっこう顔の広いベテランで、近隣県の色んな学校から『開校◯◯年の記念招待試合をして下さい』とお願いされていたらしい。で、竹中監督に「全て断ると角が立つから何件かだけでも……」と頼みこんできたそうな。
それをできる範囲でお受けした結果、広島→岡山→香川と移動しつつ三連戦を行う運びとなった。
海を渡る際にはしまなみ街道と瀬戸大橋を使ったんだけど、よく晴れていて橋の上から見える瀬戸内海が凄く綺麗だったな。
広島県の穴子飯やもみじ饅頭、岡山県の蒜山焼きそばやきび団子、香川県の骨付鳥やレモンケーキを楽しみつつ、宿泊は各県にある青年の家。
正直に言おう、スッゲー楽しかった。
冬雪部長は忙しさのあまり白目を剥いていたが……校長の無理を聞いたわけだし、業績評価とかで報われるよう方々にステマしときますね。
なお、試合は菊地や河野の二年生投手を中心に、一年生投手も試しつつ全部勝った。多少点も取られたが、細川とニックと匠が打ちまくってたからな。あの三人はもう、その辺の高校生が抑えられるレベルじゃ無い。
そうそう、女子部員の夏日朝顔も登板した。ちな、彼女の結果は一回ニ失点。「師匠達みたいにはいかなかったっス……」と凹んでいたが、観客もいて余計に緊張するだろう高校初登板で大きくコントロールを乱すことなく投げてたのは大したもんだと思うよ。マジで。
そんな中で俺はというと、全試合の終盤に代打で一打席だけ出場。どの打席も打つぞオーラを全力で出しつつ完璧にタイミングとり、そして一度もバットを振らず見逃し三振した。
これは遠征前に竹中監督と話し合い立てた予定通り。怪我が完治して無いから、招待試合を見に来た観客へ顔見せをしつつ、打席内での実戦感覚を養うのが目的だ。
五月中旬からは足の怪我が完治したので下半身の本格的なトレーニングや投球練習を再開。夏に備えていった。
ちなみにリハビリ期間中には昔習っていたチアダンスの先生の元を訪れ、全てのダンスの基礎であるバレエ由来の足指トレーニングやバーレッスンなんかも行なってきた。
だから、足の機能性は受傷前よりもさらに高まっているはずだ。人間の足というは、かの有名なレオナルド・ダヴィンチが『人間工学上の傑作であり最高の芸術品』と評した部分だからな。より高度なレベルで戦うアスリートになる程しっかりチューニングしておく必要があるのさ。足指や足裏を整え活性化し、感覚器の精度が高めることで運動の質も変わってくるからね。
そうそう、この間、一部のゴシップ誌に色々書かれたこともあったようだな。というか春先からよくネット上ではプチ炎上しているらしい。
読んでも良いこと無いのは分かってるから俺は未読なんだけど、記事の見出しはこんな感じという事だけは人づてに聞いた。
『練習前に日焼け止め!?優勝校エースの実態』
『練習中にサングラス、八幡のドン』
『休憩中にはお菓子とジュース』
『湊鴎賀、神聖なるグラウンドでBBQ!』
『特別待遇エースと17名の女子マネ。特別ご奉仕♡』
『八幡エース、部活中にマニキュア』
『親善試合で舐めプ?』
『文武両道はムリ?成績急降下』
うーん……全部心当たりがあるなぁ!
まず、日焼け止めは小学生の頃から使っている。紫外線の浴びすぎは皮膚病のリスク因子にもなるし、そもそも日焼けというのは『日光皮膚炎』とも言われる一種のやけどだからね。そして、肌の炎症を修復するためには大量のエネルギーが必要になる。リカバリーの観点からすると、そのエネルギーはもっと筋肉や骨の修復にまわしたい。
サングラスも同じ様な理由だ。目に強い紫外線を浴び続けると脳から活性酸素が分泌され、脳疲労や全身の倦怠感を引き起こす他、長期的には目の炎症・病気に繋がる。だから、サングラスをかけるプロアスリートは多い。
休息中にはオレンジジュースを飲みグミを食べている。目的はビタミンCとゼラチンの同時摂取によって血中のコラーゲン構成アミノ酸濃度を高める事だ。こうすることで、靱帯を初めとした軟部組織のリカバリーが促進されてく。
BBQは身体作りだ。今八幡は、補食に使うため寄付金と部費で定期的に肉を買わせてもらっている。普段は家庭科室でマネージャーに焼いてもらってるんだがその日は設備点検とかで使えず学校の許可を貰った上でやった。焼肉はいいぞ、高校野球部員に不足しがちな亜鉛や鉄や脂質をまとめて摂取出来るからな。ちなみに、この辺が不足すると回復が遅くなり疲労骨折リスクも上がる。脂質が骨折予防というのは意外かもしれないが、骨を作るビタミンDは脂溶性だからな。前世、二回も疲労骨折したことのある俺としては、肉の摂取は疎かに出来ない所だ。
俺にマネージャーが多く付き特別待遇して貰っているのも事実。特に怪我からの回復過程では、動画やデータを沢山とりたかったからな。その辺の機器を使える二年生以上のマネージャー複数人と機器の操作を覚えたい一年生が見学についた結果、女子に囲まれた中で練習する事になってた。
マニキュアは爪割れ防止の一環だな。俺は昨夏の決勝戦、ストレートで島津隼人から三振を奪った際に爪を割っている。確か前世、2020年代には『爪を保護するスポーツ用マニキュア』ってのがあったハズなんだが今はまだ発売されていなかった。そんな折、たまたま新しく入った女子マネに『親がネイリスト、本人の夢でもある』ってオシャレな子がいたので、意見交換しつつ色々と試していた訳だ。
親善試合で舐めプは見逃し三振の事だろうな。あの時は完治間近で、リハビリがてら皆と軽く走ったりキャッチボールまではしていたから俺が投げずにガッカリした観客はいたかも知れない。
成績が落ちたのも事実。入試時点では首席だったのに商業科内の四位まで落ちたからな。授業は真面目にきいているし宿題も休み時間中に片付けて提出しているが、家では睡眠第一でほぼ勉強してないから仕方ないところではある。簿記とかは前世チートが使えないジャンルで、将来の為に必要だから勉強してはいるが特段強く興味がある分野ってわけでも無いしな。個人的には四位も別に悪くない順位と思っているが、アスリートとして『優勝と4位は別物』と言われたらそれはそう。
そういった記事を読んだ心優しい人から「あの、今、悪質なデマで騒がれてて大変ですよね……」と気の毒そうに言われることがあるが、俺としては「すみません、どの件でしょうか?あとたぶんそれ事実です」って感じだ。
この件に関してメンタルダメージはそんなにない。勿論、悪意ある切り取り方に何も思うところがない訳じゃないけどね。その辺は将来俺が『叩いちゃいけない感のある絶対的スーパースター』になってから系列会社や文責記者に『倍返し(未来の流行語)』させて貰えばいいやって感じだ。
別に後ろめたいことしてる訳じゃないしな。人の噂も七十五日というし、多分夏には落ち着いているだろ。しらんけど。
あと、八幡高校全体が悪く言われず良かったって気持ちもちょっとある。人生二度目の覚悟ガンギマリ男と一般的な高校生だとまた捉え方もちがうだろうし。
そういえば、匠が年明けに皆の今年の運勢は〜とか言ってたっけ。確かこうだったはずだ。
湊鴎賀:逆風、思わぬトラブルあり。言動注意
細川流: 飛躍の年、自信をもって行動せよ
ニック: 最高の運気、思わぬ吉報あり
おおう、全部当たっとる……夏にエースや三番打者の座を奪われないように精進せねば。特にニックの打棒は勢い止まらず絶好調だからな。
そうそう、野球部の運勢についても言ってたな。えっと確か……
「湊」
「ん、どうした?」
細川だった。なんか顔色が悪い気がする。
「大変だ。ニックが……」
その後に続いた言葉は、俺にとって信じられないものだった。
ニック、部活辞めるってよ。
八幡野球部の運勢:『やや悪めの波乱万丈』




