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その野球小僧、前世知識で鍛錬中につき  作者: いのりん


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50. 知っておくべき前提

 現在、一週間後に四国大会を控えた四月中旬の土曜日。

 全体練習後、自主練習の時間だ。


「よーし、全員に資料は渡ったな」


 先日、夏日に『俺が教える』って啖呵切っちゃった俺は、どうせなら体系立ててまとめて伝えてちゃおうと『スポーツが上手くなるために押さえておくべき前提』というテーマで講義を行うことにした。


 で、せっかくだし他にききたい奴がいるか希望を募ってみたら、まさかの全部員が受講する事態に。

 俺と付き合いの長い三年は知ってることばかりだと思うんだけどね……まあ、知識の整理と再学習も大事だし別にいいっか。


「これ、師匠が作ったんスか」

「え、うん」

「すっご……ありがたすぎるっス」


 変な所で感心された。


 まあ、この時代の高校生ってパワポで作った資料とかまんまり馴染みがないだろうしな。

 とはいえ、ちょっと昔に自分の知識の棚卸しとして作ったものを流用してるだけだからそんなに手間が掛かっているわけでもない。


「じゃあ、一枚目から説明していくぞ。ただ聞くだけじゃなくて、各自メモとったり、身体動かしたり、質問しながら聞いてくれ。そっちの方が記憶に定着しやすいからな」


 ラーニングピラミッドと呼ばれる、学習定着率を示したモデルをご存じだろうか。学習法の違いによる知識の定着具合を視覚的に示したものなんだけど、それによると単に講義を聴くだけの『受動的学習』の場合、学んだ内容の定着率はわずか5%にとどまっていた。


 一方、実際に体験し、自ら手を動かして学ぶ『能動的学習』方式ならその定着率は75%にまで飛躍するとされている。


 なろう小説でも、読んだだけの作品ってすぐ内容を忘れちゃうけど感想やレビューを書くとなかなか忘れないだろ?あれと一緒だな。


「じゃあ、資料の一枚目な。『スポーツにおいて何かしらのプレーがうまく出来ない』場合、選手には『スキル』か『フィジカル』のどちらか、あるいはその両方が不足している。野球でこの例を各自考えて書き出してみよう。」


 ちなみに提示した資料には『スキル不足』の例として『自転車に乗れない高校生』、『フィジカル不足』の例として『成人男性よりも走るのが遅い低学年陸上部』と書かれている。


「書けたかー?じゃあ夏日、答えてみてくれ」

「えっと、ピッチャーの場合、身体は強いのにぜんぜんストライク入らないの人はスキル不足、フォームが綺麗でコントロールもいいのに球が遅いの人はフィジカル不足……で合ってるッスか?」

「バッチリだ。だから前者がコントロールよくしようとフィジカル練習したり、後者が球を早くしようと技術練習するのは方向違いの努力になる。まず、そこを理解しておいてくれ」


 一年生達をみると、成る程って顔をしていた。


 勿論、こいつらも感覚的にはわかってた事だと思うんだけど、一度こうやって言語化しておけば将来迷走するのを防げる。


「では、次に『スキルの身につけ方』を伝えて行く。これは今日1番大事な所だ。自主練の八割をフィジカル強化に割いている俺が言っても説得力ないかも知れないが、野球はスキルが極めて大事なスポーツだからな」


 心技体という言葉があるが、野球で結果を出すための優先順位は技>体>心だと俺は考えている。


 フィジカルのある陸上部や水泳部が野球上手かと言われたら別にそんな事はないし、練習からノーコンで空振りばかりしている選手が強気で試合にのぞめるわけがないからな。


 逆に正しい動きを繰り返せばその動きに必要な力は自然とつくし、それで成功体験を繰り返せばメンタルも安定してする。だから、真っ先に習得すべきは高い技術力だ。


「二枚目の資料を見てくれ、スキルを身につける際、『知識』、『イメージ』、『感覚』など色んな角度からのアプローチ方法がある。そして、指導者の発する言葉がそのどれに当たるものか、理解してないと悲劇がおこる」

「ひ、悲劇っスか……」


 そう、悲劇。


「さっきはピッチャーだったから、今度はバッターを例にしてみようか。まず『知識』、これを言い換えれば『正しいバッティングフォームは物理的に正しく説明できるか』という事になる。まず地面反力をつかって並進運動して、それを回転運動に変換させて、その運動連鎖でバットを加速させて……とまあこの辺は後でじっくり資料を読み込んでみてくれ」


 物理学で、『ニュートンの運動の三法則』ってあったと思うんだけど実はあれ、スポーツを理解もする上でめっちゃ大事。


 例えばこの時代の野球界、『スイングスピードが同じなら重いバッター程飛距離が出る』とか、そんな誤った通説がまかり通ってるんだけど、そんなわけ無いってすぐわかる様になるから。


「で、次は『イメージ』だ。さっきの『知識』と地続きになるんだけど、そもそも野球って本人のイメージと実際の動きにすごいギャップがでる」

「どうしてッスか?」

「重いバットやボールを扱い円運動させるから、慣性力とか遠心力がかかるんだよ。菊地、ちょっとモデルとして一回バット振ってみてくれ」

「ワイですか?わかりました」


 皆の前で、菊池に一回バットを振ってもらう。うーん綺麗ないいスイングだなぁ。


「じゃあ今度は、ちょっと極端なダウンスイングとアッパースイングで一回ずつ振ってくれ」


 再び、わかりましたと菊池。ブン、ブンとスイング。


「夏日、今の見た感想を言ってみて」

「えっと……少しだけ軌道が変わったけど、極端に変わった感じはしないっス」

「えっ、ホンマに!?」


 そう、ホンマに。


「野球で『もっとガッツリ上から叩け!』とか言われる事があるだろ?あれって指導者はそういう『イメージ』で振るとちょうどいいバット軌道になるって意味で言う事があるんだよ。それを、受け取り手がそんなの物理的に正しく無いでーすって『知識』から無視すると……」

「上達もしないし、指導者にも嫌われちゃうッスね」


 そうそう、そーゆー事。


 あと、スイングが遅く慣性力が殆ど働かない小学生がプロ野球選手と同じ様に『真上から叩くイメージ』で打つとゴロしか打てなくなったりもする。この辺、知っておくべき前提を押さえておかないと加減が難しい。


「あと『感覚』も同じだな。野球のバッティングって一瞬の動きだから、長々と正しい動きを伝えるよりも『いいか、グッと入ってバーンだ!』みたいな感覚言語でアプローチした方が結果的に上手く行く場合もある」


 俺は前世、この辺を理解してなくて伸び悩んだ時期があった。後輩達にそう言う思いをしてほしくは無い。


「と言うわけで、一年生はまず正しい『知識』を身につけよう。で、野球部には寄付金で買わせて貰った高性能のビデオカメラやパソコンがあるから、それらを使って自分の理想の動きと実際にしている運動のギャップを把握してくれ」


 タブレット等の映像媒体を使い、選手が自らの動きを即時確認する。

 これは2020年代のプロスポーツだと割とメジャーな練習手法だ。


「そこから、その差を埋めるのに丁度いい『イメージ』や『感覚』を掴み理想の動きをできる様にして、最後にひたすら反復練習で身体に覚えてこませていく。このプロセスを踏めば、効率的にスキル習得が出来るはずだ」

「す、凄いっス!」

「ははは、ありがとな。では次にーー」






 こんな感じで『フィジカル』や『メンタル』などについても教えていった結果、後で後輩達からめちゃくちゃお礼を言われた。


 どうやら、自分は得るものがないのに無償で面倒を見てくれる気前のいい先輩だと誤解されたらしい。


 別にそんなことはないんだけどな。なんだかむず痒い気分だ。まあ自分に損はないから積極的に誤解を解く気もないんだけど。





 はじめに言った『ラーニングピラミッド』の話、実はあれには少しだけ続きがある。


 そこに書かれていた『最も効果的な学習法』はなんだと思う?


 正解は、『他者に教えること』だ。なんと記憶定着率が90%にも達するらしい。


 だから大人になって何か知識を身に付けたいなら、金を払ってセミナーに通うより、少額でもカネをもらって人に何か教えた方がいいってことだな。


 例えば、必死のパッチで調べたことを、なろう小説で主人公に語らせてみたりとかね!

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― 新着の感想 ―
いや、この辺の内容は」「.5」の話で大人になった細川やニックがあいつはこんな事を言っていたとかやっていたなんて子供たちにTVを見ながら話すパターンだと思っていたんですよ。
〉必死のパッチ これ調べてみたら、元は将棋の言葉でそこから派生した関西で使われる言い回し、と出てきた。 私、生まれも育ちも大阪なのに欠片も知らなんだ…。これだから似非関西人は…。 野球小説でも、世…
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