49.5 ふつつかな後輩ではございますが
夏日朝顔は野球が好きだ。
自分がプレーするのも、上手い選手のプレーを見るのも、どっちも大好きだ。
だから、八幡高校に合格した時は心が躍った。甲子園で大活躍しプロ入りも確実と言われる湊鴎賀を間近で見ることができるからである。
シニアリーグで投手をしていた彼女にとって湊鴎賀は尊敬と憧れの対象であり、どんな練習をしているのかにも興味があった。
あと、ついでにいえば『背が高く野球が超上手い先輩』って好みのど真ん中でもある。顔も結構タイプだ、インタビューの受け答えも大人っぽくてかっこいいし、ずっと眺めていたい。
とはいえ、邪魔になったら悪い。自分の都合で推しの貴重な時間を奪うなどもってのほかだ、万死に値する。
そんな訳で、マネージャーになり遠まきに観察していると、なんと向こうの方から話しかけてきた。
「どうかした?夏日さん」
「ちょわ!?」
思わず変な声がでてしまった。
乙女がちょわって……と内心悶える夏日。
「な、何故私の名前を!?」
「いや、一度自己紹介してもらってるし」
ろくに話した事もないのに、もしかして入部当初の自己紹介だけで一年生全員を覚えたのだろうか。より彼への尊敬が深まる。
「もしかして、何か手伝う事がないか探してくれてた?最近よくこっち見てくれてたよね」
「ひぇ、邪魔にならない様にこっそり見てたつもりだったのにバレてたっス!?」
もしかして、気になって集中できなかったとか?
だとしたら申し訳ないことをしてしまったと謝罪したのだが……意外なことを言われた。
「全然いいのに。良かったら一緒にやってみる?」
「いいんスか!?」
ついそう答えてしまったが、いけないいけないと首を振り思い直す。
しかし、『こんなチャンス二度とないかもしれないッスよ』とか『せっかくの申し出、ありがたく受けたらいいじゃないッスか』と囁いてくる自分も確かにいて葛藤する夏日。
すると、なんと湊先輩は、本当は選手をやりたいのを我慢していることを見抜いてきた。そして、「とりま一回やってみてもいいんじゃない?」とすごく魅力的な申し出まで!
気がつけば、『プレーヤーとしてやりたい気持ちはある』と話していた。邪魔になったら悪いと思う気持ちに嘘はないが、後から考えると「こういえば彼なら『一緒にやろう』と言ってくれるのでは……」なんて、そんな打算的な気持ちがあった事も、また否定出来ない。そして、その通りになった。
「だってキミ、野球大好きじゃん!足を引っ張るのが怖い?全然大丈夫だよ、俺を見てたのもスキルアップのヒントがないか探ってたんだろ」
ええっと、概ねはそうッス。8割くらいは。
2割くらいは顔がタイプとか思ってたけど概ねは……
「そういう選手は間違いなく伸びる!他の名門野球部にも女子部員はいるし、男子部員はむしろ発奮するってきくぜ」
そういってくれるが、本当に良いのだろうか。どうやら彼は自分のことを『野球に一途な女の子』と思ってくれている様だ。
勿論野球は好きだし、確かにシニア時代は今は恋愛なんて興味ないっスって感じでずっとやってきた。なんなら『野球に集中せず自分の事を女として意識する男』を白い目で見ていたまである。
が、ぶっちゃけ今『一途』かと言われると、どうにも自信がない。年相応に恋愛ドラマとかは好きだしーー
「ほ、ホントっスか?ホントにお邪魔にならない?」
今だって、野球をしたい気持ちとはまた別に、ちょっとめんどくさい乙女心も顔を覗かせていることを自覚している。後からそういう『ずるい女の部分』がバレて、彼に見損なわれるのだけは避けたい。
「ああ、キミがいい投手になれる様、俺が責任持って指導するよ。と言うか、色々と教えさせてくれ!」
だが、憧れの先輩からそんなことを言われてしまっては、顔を赤くして頷くしかなかった。
ちなみに夏日、ベッドの下に『後輩が先輩にいろいろ教えられちゃうちょっとエッチな本』を隠し持っていたりもする。
あと、基本的に女性には敬称をつける憧れの先輩から『自分だけ敬称略で呼ばれる』って、美味しいポジションをゲットしちゃった感も……
とまあ、そんな訳でこの日の夜、夏日朝顔はベッドでゴロゴロ悶えつつ
「恋愛じゃないッス……湊先輩にはあくまでも野球を教えてもらうだけ……そう、この本にでてくるような先輩後輩ではなく、もっとストイックな……そう、言うなれば師匠と弟子の関係!」
なんて自己暗示をかけて、マネージャーから部員へとクラスチェンジしたのであった。




