45. 空澄みてより肥ゆる冬馬
天高く馬肥ゆる秋が過ぎて三年生は引退。
早いもので、もうすぐ今年も終わりだ。
そんな訳でちょっぴりおセンチな気分になりながら、現在俺は10回連続でくるくると側転している。タイヤ、タイヤ、私はタイヤ……
なんでこんなことしているかというと、身体の横側の筋肉、所謂サイドチェーンを鍛えるためだ。自重筋トレのビッグ6や能動的ストレッチのツイスト等を通して副次的に鍛えられてはいる部分だが、この冬はより重点的に鍛えていく予定。
そうそう、ビッグ6といえば五種目がマスターステップに到達した。『片手懸垂』ができるようになった時は嬉しかったね。
でも最後の一つ『倒立片手腕立て伏せ』は全くできる気配がない、『片手倒立』や『片手腕立て伏せ』なら出来るんだけど組み合わせると難易度が段違いだ。
まあ、あくまで野球のためのトレーニングだし無茶して肩を痛めてもいけないので、これは目標を修正し22歳までに達成したいと考えている。
ちなみに今のスペックはこんな感じだ。
身長:178センチ 体重:72kg
球速:149キロ スイングスピード:147キロ
身長は春から伸びてないからここで打ち止めかな。
球速も夏に島津を三振にとった時から伸びてないんだけど、これは冬にみっちりと鍛えて春には夢の150キロ台を常時出せるようになりたいと考えている。
「おー、また何か面白そうなことやってるねぇ」
みたいな事を考えていると背後から声をかけられた。
「あ、ダリア先輩。どーもです」
引退したのに何故いるかというと、彼女はもう進路が決まっているからである。甲子園で沢山テレビに映り『しごでき美人マネージャー』として有名になった彼女、就職希望だったところに酒饅頭で有名な地元の大手和菓子メーカー社長から逆スカウトされ、好待遇での就職があっさり決まったそうな。
また、来年の夏からは八幡の観光大使としても活動するらしい。こちらは『色々経験してみたい』って事で公募に参加しオーディションで圧勝した模様。フットワークが凄い。
ただ、野球部に顔を出すのは週一程度だ。本人が「もう引退したのに頻繁に顔出すのもあんまり良くないっしょ?」と案外謙虚で慎ましいことをいっているから。
こちらとしてはむしろ毎日でも来てほしいくらいなんだけどね。彼女の応援がある日は部員のやる気に目に見えてバフがかかっているので。まあ週一だからいい意味で慣れず、より強いカンフル剤になっているところもあるのだろうが。
そうそう、進路と言えば真田先輩も野球推薦で大学に行くことが決まった。だから今もグラウンドで一緒にトレーニングを行っている。
あれ?そう考えたら案外寂しくないかも。
「副キャプテンの仕事はどーだい?大変?」
「細川と匠が優秀すぎるんで、あんまりやる事なくてヒマですね。むしろ今後大変なのは春山さんの方だと思います」
「あー、小梅ちゃんは女子マネで一人だけ最上級生になるから後輩達を引っ張ってあげないとだもんねぇ」
そうそう。そんな小梅ちゃんは先日も『ダリア先輩は偉大だったよ……』って遠い目をしていた。甲子園の活躍もあり夏にも三名のマネージャー希望者が入部した結果、現在一年生には六人もの女子マネがいる。来年になるとさらに下も増えるだろう。
どちらかというと影から支えるタイプの彼女、基本的に優秀なんだが今までリーダー役を経験したことはなかったようで、不慣れ故の大変さもあるようだ。
ただ、個人的な意見を言わせてもらうと、どんなタイプの子であれ学生のうちに一度何かしらのリーダー役やまとめ役を経験しておくのはとても素晴らしい事だと思う。
例えば欧米の大学や外資系企業の面接では頻繁に「あなたのリーダーシップ体験について話してください」と聞かれるそうだ。
で、その理由は『メンバーにリーダーシップ体験がある人の割合が高いほど、そのチームは高い成果を出しやすいから』である。
日本には『船頭多くして船山に登る』という言葉もあるし『10人中10人そんなメンバーにしたら、チームとしては巧く動かないのでは?』と思う人もいるかもしれない。
しかし実際はその逆だ。
というのも、『リーダーを経験した人』って『リーダーの大変さ』がよーく分かるから「チームメンバーとしてのパフォーマンス」も大きく向上するんだよね。
一度でも会社の忘年会幹事やPTA会長をしたことのある人なら、結構理解出来る話だと思う。
ほら、決まった事について後からどうでもいい文句を言ったり、参加可否を問うてるのに期限すぎても返事をしなかったり、たいした用もないのに遅れてきたり、「オレは酒が飲めないから安くしろ」とゴネたり「規約なんて気にせず臨機応変やればいいじゃない」とか……しちゃう人がいるじゃん?
いたんだよ。マジで。
あと「幹事は仕事だ。仕事なんだから休日に一回くらい現地を下見しとけ」とか言ってきたオッサンもいたな。なら金出せや!こちとらただでさえ平日サビ残しとんのやぞ!そして無事成功したのを自分の手柄にしてんじゃねー!
あと「各チームでやることになってる出し物希望、幹事としてキッパリ断れ」とムチャ言ってきたババァもいた。出来るわけないやろボケ!医局長絡み案件な上に当時の俺は入職一年目のペーペーやぞ!
おっと、随分昔のことなのに、ついお口が悪くなっちゃった……
とまあ、無責任にそーゆーこと言っちゃう奴らは大体リーダーシップ経験がない人達だ。だって、自分がそんな経験してたら慎むべき行為だって理解できるはずだからね。
逆に一度そういう経験をした人は忘年会やPTAでもまとめ役が困るような事をしなくなる。仕事の『静まり返ってリーダーが困っている会議』なんかでも「リーダーの人困ってるし、しゃーねーな」と何かしら発言したりするようになっていく。
てなわけで、頑張れ小梅ちゃん。
勿論俺も、彼女のことは見守りつつ定期的に声をかけていくつもりだ。理解者が一人いるだけでも心理的負担って全然違うからね。
「鴎賀くん、もしかして小梅ちゃんの面倒みようとか考えてる?『理解者が一人いれば全然違うはず』とか考えてさ」
「……秋空先輩って凄いですね」
「その気持ちはとっても素敵だね。けど、小梅ちゃんならマネージャーが支えるべき選手から過剰に心配される事は望まないんじゃない?」
そうかな……そうかも。
ホント、ダリアパイセンってすげーわ。
「勿論、ホントにヤバそうなら助けてあげてね。ただ、様子見る限り今ん所大丈夫そうだよ」
思えばこの人が野球部へ顔出す回数減らしてるの、小梅ちゃんの独り立ちを促す意味があるのかもな。ナチュラルボーン陽キャリーダー、頼りになるぜ。
「小梅ちゃんの方はアタシもちょいちょい声かけてくし、鴎賀くんはエースなんだから自分の練習沢山頑張って、プレーでチームを引っ張ってあげてちょ」
「はい、ありがとうございます」
現状、小梅ちゃんの方は基本ダリアパイセンに任せて大丈夫そうだな。
マネージャー達がマネジメントをバッチリ頑張ってくれている分、俺は俺の責務を全うする事にしよう。




