44.三年生投手の改造
「国民体育大会」、通称「国体」。
九月末から十月上旬に行われるこの大会、野球では基本的にその夏の甲子園で準々決勝以降に進出したチームや開催県の代表など、精鋭チーム8チームが選ばれて戦うことになる。
ちなみに、今年の開催地は晴れの国、岡山。試合開場はマスカットスタジアム。前世、草野球で何度か試合した事があるけど、とても美しい球場だ。
両翼99.5メートルとプロ基準でもかなり広く、普段草野球をやっていた河川敷球場なら楽々ホームランになる会心の一撃がツーバウンドしてやっとフェンスに届いた思い出がある。
あと、隣接する公園にはスリルいっぱいの水上遊具があったな。失敗したら水にドボン!だ。試合前、子供と一緒に落ちて濡れた。
「で、その国体で投げるのたぶん俺じゃん」
「ええ、順当にいけばそうなるでしょうね」
そしてこの国体は、チームにもよるが大体は甲子園で頑張った三年生のご褒美的なイベントにもなる。一、二年生は翌年春の甲子園出場をかけて秋季大会に参加し、とくに日程も秋季大会とモロにかぶるので、三年生だけでチームを組んで出場することが多いのだ。
八幡の三年生は10名。サポートやケガ人対策のため、秋大会ベンチ外となる一年生数名を連れて行きはするが、基本はその10名で戦う事になるだろう。で、三年生でガッツリ投手してきたのは目の前の伊予先輩だけだから彼が先発し完投を狙う展開になるはずだ。
そんな伊予先輩だが、甲子園での登板機会はない。
「ぶっちゃけさ、湊は熊大苫小牧とかの三年を俺が抑えられるとーー、ああやっぱ答えなくていい、答え辛いだろうし自分でも分かってるから」
そんな伊予先輩のスペックはこんな感じ。
直球:MAX129キロ
変化球:カーブとスライダー
コントロール:そこそこ
特に弱点はないが突き抜けたものも無い、『一般的な高校三年生投手』という感じだな。
一方、島津や神子が不在とはいえ全国から選手を集める熊大クラスの三年は、ベンチメンバーでもその打力は『一般的な高校の四番打者』を軽く上回る。
「かっこよく抑えたいとか、勝ちたいとかそこまで虫の良いことは言わない。ただ、三年生の最後の試合を大差のコールド負けにはしたく無いんだ。」
だから、少しでもマシな試合となるように何かアドバイスはないかと伊予先輩。前から思ってたけど責任感のある良い先輩だよな、力になりたい。
「了解です。ただ、俺も人にピッチングを教えた経験は少ないので上手くいく確証はありませんし、投球スタイルを少し変えてもらう事にもなります。それでもよろしいでしょうか?」
「ああ、もし失敗しても構わない。何か変えなきゃどうせジリ貧なのは分かってるしな。ありがとう」
「では、これから一ヶ月はひたすら『低めのコントロールを磨く練習』をしましょう。ちょうど今から俺もその練習をやるところだったんですよ」
そう言って俺は、ブルペンのマウンド横に色んな種類のボールが沢山入ったコンテナを置いた。そこから5メートル離れたところにネットを置き、さらに5メートル離れたところは空コンテナを置く。ちなみにコンテナはミカン農家のお下がりである。
「こちら、『パラボリックスロー』といって『滑らかな動き』と『距離感』を掴む練習になります」
言いながら俺は、ネットを超えるように山なりにボールを投げて、空コンテナに入れていく。
これはT大学で野球を専門に研究しているK准教授が提唱しているトレーニング方法だ。研究論文が出ており、コントロールを良くする効果があることが実験でも確かめられている。
「力をセーブして軽く投げるので、故障リスクが低く沢山投げる事ができます。この練習をひたすら繰り返してキッチリ低めに投げられるようになりましょう」
「分かった。やってみる」
そう言って取り組み始める伊予先輩。うんうん、素直って大事。彼は社会人になっても伸びるタイプだな。
そのまま、お互い並んで200球ほど投げた後、伊予先輩は座ったキャッチャーにも軽く20球ほど投げてもらう。
「良い感じでしたよ。ちなみに、本番も結構軽く投げていいです。というか軽く115キロくらいで投げてください。あと左右のズレは多少無視していいです」
いいのか?という顔をされるが良いのだ。
野球のボールをコントロールする場合、左右よりも高低の方が大切だ。基本低めに投げたほうが長打を打たれにくいからな。俺がマツケンからホームランを打った際も、コースは完璧だったが高さが甘かったからスタンドインしたわけだし。
そしてコースと高さの両方をキッチリコンロールするのはかなり大変だが、高さだけに絞れば難易度はかなり下がる。力を抜いて投げていいなら尚更だ。だから先輩には、『高さ』という一兎だけを全力で得てもらう。
正直、草野球レベルならこれだけでも完封を狙える。ただ、甲子園上位クラスをある程度抑えるにはもう一手必要だろう。というわけで
「あと、国体までに『縫い目に指をかけないツーシーム』をマスターして欲しいです。」
「それはどうして?」
「打者にとって『何故ミスショットしたのかわからない不思議なボール』になるからです。あとツーシームって『握りを変えてストレートを投げる』だけだから短期間でマスターしやすいんですよね」
野球のボールには縫い目があり、その部分が盛り上がっている。
で、別名4シームとも言われる通常のストレートは、その盛り上がりに指を引っ掛けて投げたボールが一回転する間に4回盛り上がった部分が空気に接触し強い揚力を得る。
が、先輩にマスターしてもらう『縫い目に指をかけないツーシーム』は指を引っ掛けない分ボールの回転数が少なく、一回転する間に2回しか盛り上がった部分が空気に接触しない。結果、ほぼストレートのボールが手元でほんの少し垂れる。
ちなみに俺の場合は元のバックスピン成分と回転数が多いので垂れない普通のストレートになり、「これならチェンジアップ使った方が良いっすね」とのことでお蔵入りになった。
「ぶっちゃけますと、それでもヒットは打たれるでしょう。ただ、常時110キロ台のストレートを見せていると油断して長打の欲をかき強引に振り回す打者も出てくると思うんですよ。」
「そいつにツーシームをミスショットさせるわけか」
ご名答。ウチの三年内野手は真田キャプ……先輩を筆頭に守備が上手い選手が多いので、そこでアウトを狙う訳だ。内野ゴロゲッツーなら最高だな。
「ちなみに、向こうがバントを選択したら簡単にさせてOKです。一点もやりたくないならともかく、大量失点を防ぎたい場合はワンナウトもらえて逆にありがたいですからね」
「ありがとう、そのプランなら何とかコールド負けは防げるかもしれないな」
「いやいや、やるからには勝ちを目指しましょうよ。そうだった、あと過緊張でコントロールを乱さないように心拍数を調整する方法があるんですがーー」
***
こうして一月ほど練習をつみ迎えた国体、伊予先輩は地元岡山県の私立強豪を相手に見事九回を完投。4失点にまとめてゲームを作った。試合は3ー4で負けてしまったが、悔いのない良い試合になったらしい。
なお、もの知り顔で先輩に指導していた俺の方は秋季大会県予選の決勝で古張に負けた。カッコつかねぇな。
でもまあ、野球ってプロ優勝チームの勝率が五割台も珍しくない世界だし強豪相手に時々負けることがあるのは仕方ない。
……仕方ないが、やっぱ悔しいな。
ちなみにスコアは1ー0で、こちらは十五残塁。
とにかくあと一本が出なかったのが痛かったが、四球で出したランナーをポテンヒットで返した俺も良くなかった。コントロールの大切さを再認識した次第だ。
一応、県ニ位として四国大会には出られたし、その決勝で県三位枠から勝ち上がってきた清美を破って優勝したから春選抜はほぼ当確だが、スコアは2ー1と薄氷の勝利。
県下三強相手には敗北する可能性も高いことを再認識した次第だ。一度負けた悔しさを忘れないように、気を緩めないようにしないといけないな。
……この冬は今まで以上にしっかりと鍛えなくては。




