36. 機動部隊との邂逅
春のチャンプチームとして乗り込んだ夏の甲子園。昨年蓄積したノウハウに加え二、三年のレギュラー組は昨年からの慣れもありコンディション管理は概ね順調。一年生二人も中学の頃に大きな大会や遠征を経験しており、メンタルも意識も高水準なので体調はバッチリだ。
ぐったりしているのは部長の冬雪先生くらいだな。引率に加えて優勝候補の一角として取材やら応援団の手配やら、本当に色々あったから……あ、白目を剥いて寝てる。本当にお疲れ様です。
そんな訳で迎えた初戦、八幡は全国的に名の売れた甲子園常連校相手に5ー0で勝利する。普通に強敵だったが、なんか普通に勝てた。
まあ清美の中岸チィモンや古張の辻井、大阪十陰の田中将やLP学学園のマツケンのようなプロ注目選手はいなかったからな。もっとも、そんな相手にもコロっと負ける時もあるのが一発勝負の怖さなんだけども。
そして現在、宿舎で二回戦で当たる相手の映像を見ているんだが、真田キャプテンと河野の二遊間コンビや細川、菊池に三年生の伊予先輩といったリリーフ投手陣が軒並みゲンナリ顔をしていた。
「うへぇ、これ嫌だなぁ……」
「ワイが投手でも絶対イライラしますわ」
そうか、この夏からはここも台頭してくるんだ。
『白井、ここでまた決めてきた!本日なんと5つ目の盗塁成功!チームでは合計9つ、スローガン『機動破砕』に偽りはありません』
勢いに押されて捲し立てるように話すアナウンサーの声がテレビから流れてくる。
群馬県代表、近代高崎高校。
その特徴はこの時代としては非常に先進的な『セイバーメトリクス』という客観的データを用いたレギュラー選考と『機動破砕』というスローガンで作り上げた超高度な走塁技術の数々である。
前者から説明していこう。
まず、前提として野球選手には5つの道具がある。即ち、ミート、長打、守備、足、肩だ。
メジャーリーグで殿堂入りした背番号51のようにその全てに優れた選手のことを『5ツールプレイヤー』といい、これが野手の理想像とされている。勿論、大半の指揮官もこの5ツールを基準にスタメンを決定していく。
当然だ。
ヒットを連発する、時に特大のアーチを描く、スペクタクルな守備でスタンドを沸かせ、一点を争う土壇場で盗塁を決め、相手走者をレーザービームで爆死させる……そんな選手はグラウンド上で鮮烈な光を放つのだから。
しかし前世、この先で甲子園に旋風……というか暴風雨を巻き起こした野球スタイルを作り上げた近代高崎の名将、山本論助は違った。
後に『流行の最先端の更に十年先を生きていた』と評される事になる山本監督、大学院でデータ解析と統計学を学んだ彼は、野球に『幻の第6道具』が存在する事にどの指導者よりも早く気づき、レギュラー選考の最重要指標として取り入れたのである。そして、それは正しかった。
ちなみにその道具が何故この時代まで日の目を見ていなかったかというと、5ツールの鮮烈な光に隠れ、また相手投手や審判など周囲の環境にも左右される個人で完結しない能力だったからに他ならない。
しかしその重要性たるや、合理主義の最先端たるメジャーリーグにおいて『野球チームの成功と勝利に最も大きく寄与するツール』と結論づけた解析結果もある位だ。
そんな、2020年代の野球において5ツールと同等以上に評価されるようになった第6の道具とはーー『選球眼』である。
ボール球を振らず、難しい球はカットしながら打つべき球を見定め、投手に球数を投げさせ、出塁する。言ってしまえばそんな、一見地味な能力ーーだがしかし、アドレナリンが噴出し興奮状態に陥る試合でそれを遂行することは困難を極める、故に選球眼は別名『打席内自制心』とも言われている。
そして名将、山本論助はそんな選球眼に直結する指標である『出塁率の高さ』と『三振率の低さ』をレギュラー選考に使う旨をチーム内に周知し、徹底した意識改革を行なった。
なお、セイバーメトリクスにおいて三振と凡打は別物とされている。打球がフェアゾーンにとべば走者進塁やエラーの可能性もあるからだ。
その結果、近代高崎の対戦相手は『なんか今日、全然三振がとれないし毎回ランナー背負って戦ってるな』という状態に陥る事になる。
そして、単体でも厄介なそれに山本論介はより凶悪なコンボをつけ加えた。それが『機動破砕』と評される超高度な走塁技術である。つまり近代高崎の選手達は『選球眼』に加えて5ツールの中のひとつ『足』もピカピカに磨きあげてきたわけだ。
近代高崎の十八番は組織戦。
攻撃の際、彼らは投手VS打者という一対一のシンプルな『果し合い』ではなく、守備陣VS打者&走者という何でもアリで複雑怪奇な『戦争』を仕掛けてくるのだ。
ビーチ・フラッグ という『20メートルの超短距離を爆発的に走るスピード』と『瞬時の判断力』に特化した競技がある。
近代高崎はその元日本チャンピオンを外部コーチに招き盗塁、走塁技術に磨きをかけてきたそうだ。
その走力たるや全員足に推進装置が付いているんじゃないかってくらい速い。守備が少しでももたつけばセーフで、隙を見せれば貪欲に次の塁を狙い、もちろん盗塁だって仕掛けてくる。
そして、そんな機動力があるランナーが塁上にいる場合、バッテリーの負担は激増する。
投手の場合は盗塁されないように注意を払う必要があり牽制、クイックなどマウンド上で行う動作が増える。故に、それまで好調だったのにランナー出した途端制球を乱す選手も多い。
また捕手にも『速球中心の配球』という制約が生まれ打者に狙い打たれやすくなる。緩く、曲がりの大きい変化球では投手が投げてからキャッチャーへ到達するまでの時間が長くなり、盗塁阻止が困難になるからだ。
加えて言うと、内野手の守備位置にも様々な制約がでてくる。牽制球や捕手からの送球を取れる位置にいる必要があるからな。
分かりやすくまとめると、盗塁を警戒すると投手のコントロールは甘くなり、捕手の配給は単調になり、守備も少々脆くなる。
しかし、そんな盗塁警戒の代償を嘲笑うかのように近代高崎の選手は塁に出ればガンガン盗塁を仕掛け、毎度のように成功させていった。
結果、『ノーヒットで得点』なんて事態が頻繁し、投手のメンタルとリズムは粉微塵に破砕され、そこからズルズルと大量失点を喫する光景がこの先十年近く、焼き直しのように続くことになる。
そんな難敵を前にして俺はーー
「ま、『機動破砕』の方は何とかなりそうだな」
自分でもちょっと驚くくらい、楽観的だった。
「え、凄いじゃん!」
「弱点でも見つけたの?」
そんな様子をみたダリアパイセンと小梅ちゃんが尊敬の眼差しでこちらを見てくる。これは何かスマートな解決策を考えついたのかと思っている顔だ。
「いや、全然。凄く高度な事をやっているし、俺個人ではどうしようもないな」
そっと目を逸らされた。
いや、『機動破砕』には明確な弱点がないから投手個人レベルで頑張ってもどうしようもないんだって!
『集団からリンチされている気分だった』
とは、とある対戦高校エースの談。前世、将来プロへ行く好投手が近代高崎に二桁失点KOされた時の事をきかれた際、そうコメントを残していた記憶がある。
「じゃあ、どうするんだよ?」
訝しげな顔をするニック。
「いやいや、お前二年も一緒に野球してきて気づかないのかよ?」
だってほら、みてみろよ。
ウチの大樹匠はやる気満々って顔をしているぜ。
先にも言ったが『機動破砕』を相手に投手個人レベルで頑張ってもどうしようもない。なにせ明確な弱点がないからな。突出した個がいても戦争には勝てないのである。
ならどうするか?
答えは単純。
捕手と二人がかりで上回ればよかろうなのだァー!




