34.新加入の戦力
四月中旬、男子部員15名と女子マネージャー3名を新しく迎えた俺達は紅白戦を行うことになった。
俺を除くスタメン8名に代打・守備固めで甲子園に出場したメンバーを加えたAチームと、出場機会なしの控え組+新入生+俺で構成されたBチームの対戦だ。
現在は七回の攻守交代。
なんと、甲子園クラスのAチームを相手に5ー0でこちらがリードしていた。何故こんなスコアになっているのかというと三つの理由がある。
一つ目は
「あー、しくったわー」
「仕方ない仕方ない」
燃え尽き症候群に陥ったAチームのモチベーションが低いこと。
二つ目は
「さあ、このまま勝ちきりましょう!」
「ワイのとこにもどんどん打たして下さいや!」
こんな感じで元気よく躍動している新入生2人の存在。ちなみに名前は河野と菊池。河野は中学の優秀な後輩で、菊池は関西強豪シニアの出身だ。
河野は右投げ右打ちオールラウンド型遊撃手。菊池は左投げ両打のセンターで、やや小柄ながらそれを補って余りある全身がバネの様な身体能力の持ち主だ。なお、二人とも投手経験者でもある。
共に私立強豪からスカウトが来ていたけど、昨年の夏と秋の大会をみて八幡に来ることを決めたらしい。サンキュー、その選択に後悔はさせないぜ!
そして三つ目は
「じゃ、俺はここで交代するわ。後しっかりな」
「はい、ありがとうございました監督」
Bチームに助っ人で入った竹中監督が攻守に大暴れした事だ。大学野球をしながら教員免許を取得し、数年前まで社会人野球で捕手をしていた彼の実力は本物である。
主人公が学生のバトル漫画で、先生方が超強い作品ってあるじゃん?大体あんな感じだと思ってくれたらいい。
「あ、捕手が変わるみたいっすね。チャンスかも」
そんな訳で、匠の言う通り捕手が変わるこの回から先がAチームにとっての好機。流れを変えて一気に逆転するため集中力を増すべき場面なんだけど……
「いうて、この点差はもう無理だろ」
「いやー、竹中監督マジ半端なかったな(笑)」
Aチームのモチベーションは低いまま。
結局6ー0でゲームセットとなった。
***
そんな試合後、監督の竹中は全員の前でこう切り出した。
「さて、Bチームの大勝だったな。特に甲子園クラスの打線を0点に抑えるなんて大したもんだ。と言う訳でーー春の四国大会はBチームの面子で戦う」
部員の間に動揺が走る。
「か、監督。それはAチームメンバーは全員が控えに回るという事でしょうか」
「ちょっと違うな、ベンチ外になる。お前ら、選抜の間周りにサポートして貰っただろ。その分今度は周りを応援してやれ」
竹中監督がそう伝えたとき周囲の反応は様々だった。
悔しさや不満をあらわにするもの、まだ実感が掴めていないもの、試合に出れることに喜びあるいは張り切るもの……
そうして迎えた四国大会。
8チームによるトーナメント戦の初戦に八幡は勝利したが、次の準決勝で敗れる。
敗因は色々あるが、一番は捕手の怪我だった。
大樹匠などはあっさりやってのけているが、緊迫した試合の中で140キロ超のボールを正確に捕球するのは普通の高校生にはとても大変な作業である。
大樹匠に代わって湊鴎賀とバッテリーを組んだ三年生捕手は初戦の終盤に突き指して交代。交代出場した二年生捕手も準決勝の序盤に同じく突き指。第三捕手は一年生で、そもそも湊の全力投球を捕球できず。
苦肉の策としてスピードを落とし打たせてとるピッチングへ切り替えるも、それで勝つには相手打線が少々強力で、そして守備が柔らかすぎた。
季節は5月へ。
この月、八幡は実戦練習や紅白戦を多く行った昨年とは違い、基礎練習と近隣高校との練習試合に時間を割いた。練習試合に出場するのはBチームの面子ばかりで勝率は七割程度と少々寂しい。特に湊鴎賀の出場しない二試合目は五割を切る有様だった。
そうして迎えた6月。
一月半ぶりに行われた紅白戦は激戦となった。かつての腑抜けぶりはどこへやら、Aチームは必死の形相で球に喰らい付き3ー2で勝利をもぎとる。
その結果をみて監督の竹中は「湊の計画通りか……」と呟いたのだった。
***
ちなみに20代になってから正月に集まった時、「実はあの時のは俺の発案でなー」ってネタばらしするとこんな反応が返ってきた。
「うわ、性格悪っ!」
「めっちゃフラストレーション溜まったわ!」
はっはっは、ワロス。
「でも、確かに効果はあったっすね……」
そうだろう、そうだろう。
紅白戦の多い八幡で、しかもレギュラーとして当たり前に試合に出れるようになるとつい忘れがちなんだけどさ、アスリートってのは基本、控えに甘んじる状況が続くと試合に出たくて出たくて堪らなくなってくるんだよ。
ちなみに、競技から完全に距離を置くんじゃなくて近くで見せたほうが効果がある。『他人がプレイしてるのを見てるだけ』って一番『俺もやりたい』って欲が溜まるんだ。エッチな動画と一緒だな。前世、控え選手の期間が長かった俺が言うんだから間違いない。
あと、未熟な高校生の中にはレギュラーになった途端に「ははは、お前ら控えは楽でいいよな」なんて調子こいちゃう奴が時々いるんだけど、正直半殺しにされても文句は言えないセリフだと思う。少なくとも俺は口が裂けても言わない。
前世、草野球の運営をしていた時にこんな経験をした事があった。
訳あって毎回の九人がギリギリ集まるくらいの正規メンバー数で活動していたところ、主力の若手が「もっと正規メンバーを増やしましょうよ。それで多く集まっちゃった日は誰か控えに回せばいいでしょ。怪我人への備えにもなるし」と言い出したんだ。
その頃、仕事で集まれないメンバーが何人かいて助っ人を呼ぶ試合がいくつか続いたから。
で、その場合どんな事になるか身をもって理解してもらう為に次の試合はあえて助っ人を1人多く呼んだ。
そして若手の子に「というわけで、今日は君が控え。誰か怪我や交代希望者がいたら代わりに出てもらうね」とベンチに座って貰ったら……
はい、二度と言わなくなりました。
皆、「あちー」とか「足いてー」とか「疲れたー」とか「今日だりーわ」とか言っていても、本気で交代して控えに回りたい奴なんていないのだ。
という訳で、過日は燃え尽き症候群に陥っていたAチームには控えのつまんなさを再認識させ、試合出たい欲を再燃させる為に一月半ほど試合を取り上げBチームのサポートにまわってもらったわけだ。
効果はテキメンで、無事野球熱も再燃し河野や菊池といった新戦力に経験も積ませられたから、結果的に大成功だったと思っていいだろう。
まあ、不満が噴出してチームが空中分解する危険もある劇薬だったんだが……
あー、ホントあの時は上手くいってよかった!
きっと真田先輩や匠達が陰で色々頑張ってくれてたんだろうね。八幡って、本当にいいチームだったわ。




