30.はためく御旗
すげー、死亡フラグのチカラってすげー。
前の打者二人には力をセーブして投げていた感のあるマツケンだったが一発のある俺、匠、ニックのクリーンナップに対してはギアをあげ凄まじい球を投げてきた。その後も剛柔織り交ぜた投球に翻弄された八幡は、4回までパーフェクトに抑えられてしまう。
そして現在は五回の表、四番打者のマツケンを迎えたところだ。LP打線の中でも最強の打者であり、足も早く塁に出したくない先頭打者。
というわけで細心の注意を払い初球は目先を変えるドロップをボールゾーンに落とす事にした。一度遅い山なりの球に眼を慣れさせてからストレートで追い込み、最後にフォークで三振をとる組み立てだ。
「って、それを打ってくるんかい!」
思わず声が出てしまった。真ん中低めのボールゾーンに落としたドロップを、マツケンは極端なアッパースイングで強引に掬い上げてきたのである。金属音が響き打球は高々と上がりレフトへ。
……とはいえ体勢は崩している。
「あっぶね、ストライクだったら入ってたかも」
そう呟きながらレフトの動きを目で追っていると、レフト線沿いにバックしてバックして……フェンスに張り付きジャンプ。そのグローブの少し上を通過したボールはなんとポールに直撃した。
ホームランである。
「んなぁ?!」
ばっと、バックスクリーンに目をやる。
すると、スコアボード上に立てられた旗がバタバタと左側に向かってはためいていた。
「くそ、やられた!」
海と六甲山の位置関係により甲子園の上空にときおり吹く強風『浜風』、あるいは『六甲山おろし』というヤツだ。
マウンドに登る前に確認した時は無風だったから、投球練習中にでも吹き始めたのだろう。でおそらくマツケンはそれで飛距離が伸びる事まで計算に入れ、ドロップにヤマを張ってアッパースイングで狙い撃ってきたというわけだ。
機転とそれを実現する卓越した技術、やはりマツケンは凄い男だった。あと、さっきの俺のセリフってもしかしてまた死亡フラグだったか?
得点に沸くLP応援団。伝統的な応援曲『ウイニング』が鳴り響き、人文字が『LP』から『GO』へと変化する。嫌な流れだ。
で、でもまあそろそろこっちの打線も奮起するだろう。次は頼れる四番の匠からだしな!
***
そこから回はパタパタと進み気付けばもう七回裏。八幡はここまでの六イニングをパーフェクトに抑え込まれていた。一番から始まるこの回ゼロだと本当にヤバい。
「頼む細川ー!なんとか塁に出てくれー!」
味方の期待を背負い、応援曲『残酷な天使のテーゼ』が鳴り響く中、打席に入る高身長の細マッチョ。
輝いて神話となれるかという場面、その初球。
マツケンが投じたのはアウトコースへきっちり制球されたお手本のようなストレートだったが、細川はそれを三塁線のいい所にセーフティバントした。
今大会、初めてお披露目した細川の兵装にサードの反応がゼロコンマ数秒遅れる。
細川が一番打者に抜擢された理由は、足が早く選球眼がよく小技もできる汎用性の高さだからだ。打率や長打率は匠やニックに劣るが出塁率はその二人よりも高い。
そして、一番打者に抜擢されてからは自主練習の時間にセーフティバントや短距離を効率的に走るスプリント技術も磨いてきた。
その努力が今、花開く。
「セーフ!」
躍動感あふれるフォームで疾走し、最後は長い身体を投げ出したヘッドスライディングを決め見事出塁。チームに勇気を与える初ヒットだ。
それを真田キャプテンがバントで送る。
一見当たり前のプレーの様だけど、プレッシャーのかかる場面でマツケンとLP内野陣相手にきっちり一発で決めるの地味にヤバい。よっ、いぶし銀。
そして続くバッターは俺、という場面でLP学園は守備のタイムをとった。ちょうどいい、ここで一度思考を整理しておこう。
相手投手のマツケンは腕を斜めに振るスリークォーターの投手だ。コントロールが非常にいい上にギアを入れたときのストレートは140キロを超える。
さらに特筆すべきは、俺のフォークと同じく途中までストレートと全く同じ軌道から鋭く曲がるスライダーを三種類も持っている事だ。
ピッチャーの腕を振る角度と変化球には相性がある。
スリークォーターからだと斜め下に曲がりながら落ちるスライダーと相性が良いのだが、マツケンはその卓越したセンスと指先の感覚により横に小さく曲がる『カットボール系のスライダー』と縦に落ちる『Vスライダー』も高いレベルでマスターしていた。
持ち玉と球速をリスト化するとこんな感じ。
ストレート:140キロ
カット系スライダー:130キロ
斜め系スライダー:125キロ
Vスライダー:120キロ
つまりヤマを張って打つ場合はストレートを含めて1/4の確率。コースまで含めるとかなり分の悪い賭けになってしまう。
「と、いう訳でここは……」
それに対する戦略を立てた所でタイムが解かれる。
さあ、勝負だ。
おっと、その前にマネージャーから貰ったお守りを一度握りしめておこう。




