28. 1/3の純粋な反応
タイムが解けて試合再開。魔曲が鳴り響く中、俺は花弁和歌山の六番打者と対峙する。
甘く入ったストレートを狙っているように見えるなぁ、なんて思っていると匠から早速、新技のサインが出た。
頷き、ランナーを牽制してからストレートより10キロ程遅い130キロ程度の球をストライクゾーンのど真ん中を狙って投げ込む。
「むん!」
バッターは待ってました!とばかりにフルスイング。
しかしそのバットの50センチ程下をボールは通過、ストライクがコールされた。
えっ?という顔をして、慌ててタイムをとるバッター。動揺しながらも一旦間合いをとるあたり、流石に鍛えられている。
今投げたのは今春より解禁した『フォークボール』だ。昨年は肘への負担と球速不足から封印していたんだが、冬のトレーニングで関節を鍛えて球速が増した事で晴れてお披露目できるようになった。
どんな球か簡単に説明すると、人差し指と薬指でボールの両横を挟み、そこから抜くようにリリースして投げる『速度があり回転数の少ない』変化球である。
この球は、今までの持ち球であるチェンジアップやドロップのように『ストレートより遅くし、タイミングを外して打ち取る』変化球とはコンセプトからして異なる。
そんなフォークボールのコンセプトは『早い速度でストレートに擬態し、ボールゾーンに落として空振りを奪う』だ。つまり完璧に制御された高度なフォークボールはまず打てないが、見逃せばボールになる。
しかしこのボール球を見逃すという行為が打者にとって非常に難しい。特に投手のストレートに威力がある場合は尚更。
なぜなら、マウンド上で投手がボールを放す地点からバッターが打つ地点までの距離は大体17メートルくらいしかないからだ。しかもフォークボールは指を離れてから7メートル地点まで、ストレートとほぼ同じ軌道を通る。
つまり残りは10メートル。
今の俺はストレートで140キロ、フォークでも130キロを超える球速を出す事ができるから10メートルなら0.3秒以内に通過する。つまりバッターは……
「プレイ」
おっと、試合が再開したな。
しかし、打者ははまだ動揺が抜けてないらしい。魔曲の後押しを受けても自信がなさそうな表情をしている。
まあ、そりゃそうか、 1/3秒以内の超短時間で ①ストレートとフォークを見極めて、②打つか見逃すかを判断し、③打つ場合は数センチ単位で正確に捉える、という全行程を完璧に遂行なんてほぼ無理ゲーだもんな。
少なくとも俺のストレートとフォークは高校生が純粋な反応で対応できるレベルにはないコンビネーションに仕上げているつもりだ。
ちなみに対策としては、腹をきめてヤマをはるか失投を狙い打つくらいしかない。でもパニックに陥っている眼前の打者にはどちらも無理そうだな。
てなわけで、次は140キロの直球をどーん!
「ストライーク」
そもそも、140キロ越えの純正縦回転ストレートは単体でも簡単に打てる代物はないのだ。冬に指を鍛えまくったから多分回転数だって昨年より上がっているし、フォークが頭にちらついた状態では反応すらできまい。
じゃあ、追い込んで直球を意識してもらったところで今度はフォークね。はい、空振り。
「ストライク、バッターアウト!」
それに指を鍛えたのはフォークボールにも役立っている。というか実は、このために鍛えたまである。ボールを挟む指の力が強いほど回転数が減り空気抵抗でよく落ちるフォークになるからな。
こうして、俺は次打者も三振に切ってとりこのイニングを終えた。すると次の回、本日ノーヒットだったニックが名誉挽回する。
チャンスで打席に立ち、応援歌として大人気忍者アニメのオープニングテーマ『GO!!!』が流れる中、弾丸ライナーをぶっ放した。
これがダメ押しとなって勝負あり。
八幡は4ー1で初戦を終える。
よしよし、一つ目標達成だ。シンプルに嬉しい。
甲子園の魔物を力づくで調伏できた事は昨年より成長できたという自信につながる。
あとニックもよかったな。昨冬に言ってた『彼女の真里愛にいいところを見せる』って目標も無事叶ったし。
ちなみにこれは余談だが、真里愛さんは吹奏楽部である。そう言えば、何年か後に野球部男子と吹奏楽部女子の恋愛漫画が大人気になるんだっけ。ニックのやつ、流行を先取った青春してんなぁおい。
リア充爆発しろ。




