27.八回裏の魔曲
一月末、春の選抜高校野球出場校に八幡が選ばれた。
大変喜ばしいことだ。ただ、秋季大会の結果的に選出がほぼ確定していたこともあり夏大会特有のお祭り感もないためチームは大して浮かれることなく練習に注力し大会に備える。
二月。メディアの取材が増えてきたが、その辺は部長の冬雪先生がキッチリ管理・対応してくれていた。陰で「まさかさっそく甲子園が決まるとは……思ってたより三倍は忙しい……」とぼやくのをきいてしまったが、それを決して表に出さないのも偉い。
日々の感謝を伝えるため、バレンタインデーにマネージャー二人に加えて先生にもこっそりチョコを渡したところ大変驚いていた。男から義理チョコ渡すのってそんなに珍しいかね?
そして三月中旬、春の選抜高校野球が開幕。
21世紀枠・神宮大会枠を含む各地区代表計32校による春の王者をかけた戦いが始まる。八幡は大会二日目、花弁和歌山高校との対戦が決定。
夏と違い投手陣は予選で消耗せず元気いっぱいで、打者陣は近着の実戦経験に乏しい状態で開幕する春大会は投手戦になりやすい。
俺達の試合も例に漏れず、緊迫したロースコアゲームとなった。
さて対戦相手の花弁和歌山高校、単純に超強いんだけどそれに加えてとある『必殺技』を持っている。現在、それが発動され嫌な流れを切る為に守備タイムをとったところだ。
「いやー、噂には聞いてたけど『魔曲』って本当にすげぇ迫力だな」
「対策はしてきたけど、この音がビリビリ身体に当たるのは流石甲子園って感じっすね」
それが、吹奏楽部と応援団がライフを削って演奏する『アレンジ版・ジョックロック』だ。
原曲よりもアップテンポなアレンジを施すことで押せ押せムードが出るように改変されたこの曲を、演者の消耗が非常に激しい事を逆手にとり花弁和歌山応援団は最終盤の勝負所に限定して流してくる。
この曲は過去、同校が甲子園をドラマチックに制した際に注目を浴び、以後「花弁和歌山のビッグイニングを演出する魔曲」として知られるようになった。
ゲンかつぎと侮るなかれ、これが発動するとかなりの高確率で『甲子園の魔物』が現れる。
そして魔物は花弁ナインにはバフを、対戦校にはデバフをかけるのだ……こう聞くと、なんか召喚魔法みたいだな。
プロと違い鳴物応援に慣れていない高校生、そしてメンタルスポーツの側面も強い甲子園での野球は、こういった無形の力もまた大切な力らしい。
今回もその例に漏れず、八回裏のワンアウトから相手の四番に二塁打を打たれたところで魔曲が流れた。すると続く内野ゴロをニックが悪送球して早速1失点。
まだ2ー1とリードしてはいるが点差が縮まった上に二塁にランナーが残り、昨夏の敗戦を思い出す嫌な流れと言える。
ちなみにこう言う時『気にせずいつも通り』と言うのは基本的に不可能だと思った方が良い。気にしない事を気にする、といういつもと違うメンタルになる事請け合いだからな。
プレッシャーがかかっている事をまず認め、その上でできる事を一生懸命やる事が大切だ。
「てなわけで、ここは新技解禁で三振狙うわ。匠、いい感じにリード頼んだ」
「気軽に言ってくれるっすねぇ……でも、了解っす」
昨年はこう言う場面で甲子園上位クラスの相手から狙って三振を奪う能力は無かった。
だから、『奪三振能力』をテーマにシーズンオフの間しっかりと鍛え上げてきたのだ。
「この試合、もう皆の前に打球を飛ばさせる気は全然ないけど、もし飛んできたら出来る範囲でボチボチ守ってくれ。勿論めちゃくちゃプレッシャーかかると思うから、エラーしてもいいぞ。」
「いや、つぎはしっかり守るわ!あとヘマした分はバットで返すし!」
よしよし、思ったよりニックも元気そうで安心した。強気で前向きなのがお前のいいところだよ。
さて……力試しだ。
今年度の入場行進曲にあやかり、甲子園の星になってみせるぜ。




