26.5 才能と努力と環境
現在、八幡高校に視察にきている木庭という男。彼はシーガルズの敏腕スカウトマンである。
高いレベルで鎬を削るプロの世界というのは、アマチュア時代大活躍しドラフト上位で入った選手でさえ輝く事が出来ず終わることも珍しく無い。
しかし木庭が推した選手は例え下位指名であっても概ね全員が結果を出しており、球団内外から高い評価を得ていた。
さて、そんな優れた眼力をもつ彼だが、今どう判断したものか悩ましい選手がいる。昨年、一年生ながら甲子園で大阪十陰の田中将を抑え込み頭角を現した湊鴎賀だ。
既に、一定以上の才能がある事は証明された。ただ、たまたまあの時期に絶好調だっただけかも知れない。
早熟で伸びずに終わる選手も、故障で一年生や二年生の時がピークになってしまう選手も、今まで数えきれないほど見てきた。
そんな木庭が選手を見る際に注目するのは、実は試合映像ではなく私生活や野球への取り組み方である。とは言え『模範的で真面目な球児がお気に入りです』なんてアマチュアと同じ目線で見ているわけでは無い。
人格的に少々問題があっても野球の才能に溢れたアマチュア選手というのは多い。天狗になるのは若者の特権だ。
しかし基本的なレベルが高く日進月歩で技術も更新されていくプロの世界で、『アマチュア時代のやり方』を貫いたまま大成できる選手は稀である。故に才能があるというのはプロ入りの必要条件だが、十分条件ではないのだ。
だから木庭は選手をスカウトする際、現在発揮しているパフォーマンスと同じ位、本質的な賢さや躓いた時に立て直す能力、そして伸び代がどれくらいあるのかを重要視している。
故に、私立強豪のような野球にかける名門ではなく地元公立を進学先に選んだ湊のことを懐疑的にみており、今回人物像を見極めようと足を運んだ次第だ。今のようなオフシーズン、少々気が抜ける時期にこそ選手の本質が出ると言うのが彼の持論だから。
「成程、成績は常に上位をキープしていると」
「ええ、商業科の教師からは授業中の集中力が素晴らしいと聞いています。普通科からいい大学を狙える学力もあったのですが、本人はプロになるために商業科を選んだと言っていました」
監督に確認してみると成程、どうやら将来について考える賢さはあるらしい。
「今まで彼、大きな故障や挫折を経験したことはあるのでしょうか」
「うーん、野球に関しては無いような気がしますね。ただ、それは苦労知らずというよりは躓かないよう細心の注意を払っているからという気がします。」
「何か具体例はありますか?」
こういう質問に『ウォーミングアップやクールダウンは誰よりも念入りに行っています』なんて返ってくると嬉しいのだが、さてどうだろうか。
「そうですね……先日はマスクと手洗いうがいについて部員へ注意喚起をしていました。風邪を引くと数日間トレーニングに支障がでるぞと。ああ、祝勝会の焼肉では食中毒対策についても語っていましたね」
「そ、そうですか……」
この返答はどう評価すれば良いのだろうか。判断に悩むが……まあ、マイナス査定はすまい。
「これはちょっとした雑談なんですが、才能や努力の重要性について本人が何か語っているのを聞いたことはありますか」
「ああ、最近ありましたね」
「それは興味深い。教えて頂けますか」
木庭の経験上、この質問に対して『やはり才能が大切』や『努力が全てです』という選手はあまり大成しない事が多かった。前者は挫折で折れやすく、後者は現実が見えていなかったりスカウトに忖度したアピール用解答というケースが殆どだ。
逆に、『両方大切ですが、結果を出すために必要な才能と努力の比率は概ね1:3が現実的なラインでしょう』なんて返答をする選手は結果を出す事が多い。
「先日、彼は原付の免許を習得したんですよ。それで家から近いのにどうしたと聞くと、こう返してきました」
曰く
『環境面への投資です。結果を出すために必要な才能と努力と環境の比率は概ね1:3:6なので』
「か、環境が6/10ですか……」
「ええ、ユニークな考え方だと私も驚きました。ただ、それにはキチンと根拠があってプロ野球やJリーグ選手は4〜6月生まれが非常に多く、1〜3月生まれは少ないそうなんです」
驚く木庭に、監督の竹中は話を続ける。
「持てる者は自然とさらに持てるようになるのを『マタイ効果』というらしいですね。極論として紛争地域の子供は才能があってもスポーツが出来ません。それと逆に、日本の四月生まれは小学生の頃に運動能力や体格で有利なため早くレギュラー選手となり活躍し、同級生よりも良い環境で練習できるようになるからプロになりやすいと言うのです。」
「成程、言われてみれば思い当たる節があります」
そして、それほど『環境』を重視する湊鴎賀が八幡を選んだのならば、それは甘えではなく自分にとって最適な環境だと判断した理由があるのだろう。
それが何か探るために練習をのぞいてみると、彼はこちらを一瞥することもなく黙々とトレーニングに励んでいた。大抵の選手はプロのスカウトが見学にくると浮つくものだがそんな様子は一切ない。また行っている種目は現在のプロ野球キャンプでは見ないものばかりで、それにも驚く。
ただ、湊の身体は昨夏よりも一回り大きく、大学野球の注目選手と比較しても見劣りしない機能性を兼ね備えているように思えた。
それを監督に伝えると、メニューは湊が独自に考えたものだという。再び驚く木庭。
なんでも八幡は自主練習に多くの時間を割いているそうだ。また、朝練がなく練習時間も短いが、裏を返せば自宅での自主練習に時間を取れるということでもある。
時代の頂点に立つにはコーチやトレーナーから与えられたメニューをこなすだけでなく、自らに必要な能力を考え取捨選択していく事が必要な時期が必ずくる。そういった視点でみると、湊はとてもプロ向きな選手に思えた。
彼への評価を上方修正してついた帰路。
そこで見直した資料にて、湊鴎賀は十月生まれというハンデを既に覆しており、また単純に考えれば肉体的なピークは四月生まれ選手よりも半年ほど遅くなるという伸び代にも気づくのだった。
次回より、しばらく毎週土曜日に掲載予定です(次回:5月9日)。
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