26. ストロングマンの鍛指
冬休みが明けて一週間がたった頃、冬雪先生が野球部の部長に就任した。皆喜んでおり、特に竹中監督は現場に集中できるようになったとホクホク顔だ。
そこから更に一週間後、野球部に意外な来客があった。ニックと細川が声をかけてくる。
「千葉シーガルズの関係者らしいね」
「やったな、オイ!」
プロ野球のスカウトが見学にやって来たのだ。どうやら、俺に興味を持ってくれているらしい。活躍を続けていればいつか来るだろうと思ってはいたが、まだ一年生の試合が無いこの時期にこんな田舎まで足を運んでくれるのは予想外。ありがたい限りだ。
「ん、サンキュー」
「リアクション薄いっすねぇ」
「まあ、俺に出来ることは変に浮き足立つ事なくいつもどおり一生懸命トレーニングすることだけだしな」
プロ野球のスカウトは原則、ドラフト会議で指名・交渉権獲得までアマチュア選手と直接話すことはできない。
そのため、試合や練習風景の観察、監督・指導者への取材、人間性や生活態度のチェックを通じて選手を評価し、ドラフト会議での指名に繋げるそうだ。結局、能力を高めてこの先の試合で結果出し続けることでしかプロへの扉は開かない。
……てなわけで!
今からピッチングのパフォーマンスアップのために柔道部が練習する武道場をお借りし『指を鍛えるトレーニング』をやっていく。
種目は『ロープ登り』に『五本指の先端部だけで体重を支える腕立て伏せ』、仕上げに『投球姿勢での片手新聞紙丸め』だ。
投球というのは全身の筋肉をバランスよく使う事が大切なんだけど、指は最後にその力を集約してボールに伝える役目を持っている。
車で言うとタイヤにあたる部分だから、強靭で高性能な指を持っておく事はとても大切なのだ。
そもそも人間は、繊細な動きをする手の操作に脳のリソースを多く割り当てている。だから、脳卒中などで脳に大ダメージを受けた時は脚より手の方が機能障害を負いやすく、回復にも難渋するケースが多い。
脳神経系の医学書には大体『ペンフィールドの脳地図』についての記載がある。
脳内の身体を動かす部位「運動野」と感覚を受け取る「体性感覚野」にて、身体のどの部分が広い脳面積を使っているかをわかりやすく表したその絵図において、手指はめちゃくちゃ大きい比率で描かれていた。
で、そんな高度な手指の運動は、脳からの指令に従って上腕骨から肘を跨いで指先まで繋がっている『総指屈筋、総指伸筋群』と手の中に沢山ある『手内在筋』が協調して動くことで遂行されている。
マシンの中に弱いパーツがあるとコントロールや最大出力が制限されるが、それは手の運動にも当てはまるのでこれらの筋群全てをバランス良く鍛える事が非常に大切だ。
だから今回の場合だと
『ロープ登り』→『総指屈筋群』
『指立て伏せ』→『総指伸筋群』
『新聞紙丸め』→『手内在筋』
とメインターゲット別にメニューを組んだ。まあ、それぞれの種目で他の二つの筋群や他の部位も補助的に使うんだけどね。
個人的に気に入っているのはロープ登りだ。通常の懸垂ではなかなか強化できない『素早い手の開閉』や『親指を握り込む力』までバッチリ鍛えられるし、高い所までスルスル登っていくのはキツイけど結構楽しい。
馬鹿と煙?知らない言葉ですねぇ。
差し当たり今日は脚を使わずに昇って降りての連続三往復を目標でいくことにする。成長期にガッツリ鍛えて寝てを繰り返しているおかげで結構筋肉もついてきたからな。
多分、前世の総合的な体力ピークは二十二歳時点だったんだけど、今世の俺は既に当時を超えている。このまま高校の間にどこまで伸ばしていけるのか、自分でも楽しみだ。




