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その野球小僧、前世知識で鍛錬中につき  作者: いのりん


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25.5 事務処理だけって言ったじゃん!涙

 冬雪六花(とうせつりっか)は最近、少々焦りを感じていた。


 なにに?

 己の恋愛遍歴についてである。


 両親から『学生の頃は恋愛にうつつを抜かす前にやるべきことがあるはずです』とか言われ、それを真面目に守り女子大生へと進学した冬雪。


 女子大生時代は硬派な同性の友人達と遊ぶのが楽しく、カルーアミルクをちびちび飲み男に色目を使う女子たちを尻目に「やっぱ焼酎は芋ロックだわ!」と鰹のたたきを肴に粋がっていた。

 当時粋がりだったはずのオッサン風チョイス、それがいつの間にやら真の嗜好として定着してしまった残念な女でもある。


 恋愛は社会人になってからでいいやと若さに胡座をかいていたが、しかし、高校の養護教諭になっても職場間の恋愛は御法度で、根は真面目ゆえにハメを外す事もなく、気がつけばもう社会人三年目だ。


 人並みに恋愛への憧れや結婚願望があり容姿にも恵まれた冬雪だが、彼女は未だ男性経験ゼロのおぼこであった。


「私は運転免許です。もう社会人三年目なんで、色々と活動範囲を広げられたらと思いまして」


 ゆえに、素敵な出会いを求めて活動範囲を広げようと免許習得に励んでいたのだか……


「君にだから言いますが、現在校長先生から何かしらの運動部顧問をやってほしいと言われてましてね。」


 管理職の言う事もわかる。この時代、運動部顧問は休日返上で付き合ったりするから自分にお願いしたくなるのは自然だ。

 だが、そろそろ婚活に励みたい自分としてはプライベートの時間がガツンと減るのはちょっとごめん被りたい。


 そんな気持ちで、ついつい免許センターに居合わせた生徒にボヤいてしまった。自分よりだいぶ年下なのだが、妙に落ち着いていてまるで年上のような包容力のある不思議な男子だったから。


「運動部経験も覚悟も無いのに顧問など一生懸命やっている生徒に申し訳ない気持ちもありまして……」


 無論、己の事情をそのまま馬鹿正直に言わない程度の社会性はあるので、これも嘘では無い綺麗なオブラートに包んで、であるが。


 すると


「なら先生、顧問の代わりに野球部の部長をやって頂けないでしょうか。」


 件の男子生徒からそんなことを言われた。


「や、野球部ですか?ちょっと敷居が高そうな……」


 冬雪は野球についてとんと無知である。小学生の頃に野球、またはそれに準じるスポーツとは決別しているからだ。


 きっかけは三度あった。

 一度目は身体測定のソフトボール投げで一番手前の線にすら届かず「記録なし」となった時。二度目は休み時間、人数不足で駆り出された三角ベースで三塁側に向かって走り当時好きだった男子に爆笑された時。三度目はその後の守備でフライを額に受けた時である。


「指導は全て竹中先生がやって下さるんです。ただ、昨年甲子園に出たときには事務処理が結構大変そうで、強豪校みたいに部長が欲しいって嘆いていたんですよ」


 成程、それ位ならまあ……と思わないでもない。


「あー……ちょっと考えてもいいですか?」

「勿論、ただ僕は先生が欲しいです」

「うぺぇ!?」


 自分が欲しいとはどう言う事だ。そういえば彼、入学早々保健室の見学にきていたし、他の運動部員と違い手にマメが出来る度、律儀に保健室を訪れていた……もしかして、年上女性の魅力が彼をメロメロにしてしまったのだろうか、やだ私ったら罪な女。

 明後日方向への勘違いだが、男子生徒の発言も結構クソボケなのでお互い様である。


「さっきの話、僕は真剣なんでどうか前向きに考えて頂ければ」


 無論、職業倫理的に気持ちに応えるわけにはいかない。いかないが、求められて悪い気はしないので部長は引き受けてあげてもいいのかも知れない。


 校長の顔を立てつつ他の運動部顧問より大分プライベートな時間が確保出来そうだという打算もあった。


(……野球のことは詳しく無くても甲子園なんて何度も簡単に出られるものじゃないこと位は知っているしね。勿論、引き受ける以上部員達の事をちゃんと応援はするけれど)


 八幡の春の選抜甲子園出場が確定し、部長となった冬雪がどちゃくそ忙しくなるのはこの僅か二ヶ月後のことである。

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